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You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

やっと紫陽花の時期が来ましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あじさいというと

 

 

例えば鎌倉だとか有名なお寺とか

それぞれの地域の名所を思い出す方も多いかと思いますが

 

 

 

ワタシにとってあじさいは

生まれ育った「代官山」の花です。

 

 

 

住んでいた家の周囲に沢山あじさいがあって

 

よくそこで1人で遊んでいたので

とても印象が強く残っていて

 

紫陽花イコール代官山・・・

 

(もちろんこんな綺麗に開発されてしまう前の代官山ですが)

 

 

今でも紫陽花を見るたびに生まれ育った家の感じとか

その周囲の景色をありありと思い出せます。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその紫陽花をよーく探すと

必ずかたつむりが沢山いたんです。

 

 

今はきっと数も減ってその辺じゃ見つけられないでしょうけど

 

 

 

そのかたつむりさんたちといつもひとりでおしゃべりをして

遊んでいました。

 

 

 

 

 

今思うと

「かたつむりとしゃべってた」なんて

 

まるで絵本とか「童話」みたいですよね。笑

 

 

 

 

多分、ひとりっこに動植物好きが多いのは

最初にコミュニケーションをとるのが人間以外の生き物だからかもしれません。

 

 

話し相手遊び相手がお人形・・っていう場合もありますけど

 

 

 

うちは買ってもらえなかったんで

「無料」の動物たちが子守をしてくれたんだと思います。

 

 

 

 

 

 

・・・って話しながら思うのは

 

 

幼稚園くらいの年齢の子供を

よくひとりで放置してやがったな、あの毒母め。

 

 

 

。。。ってことですね。笑

 

 

 

 

一緒に家の周囲を歩いてくれたのはおばあちゃんだけでしたね。

 

毒母が遊んでくれたシーンなんてまるで記憶にない。

 

 

 

 

そのおばあちゃんもずっとつきあってくれてるわけじゃないから

1人の時間がホントに長かった。

 

 

 

だからいつも隣には動物たちがいてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシが紀州のドンファンだったら、

 

 

全財産を

 

 

 

野生動物や自然を守ってくれるような基金に寄付しますね。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっきりしました。

 

 

すっきり、さっぱり、爽快です。

 

 

 

光化学スモッグや

PM2.5も

 

 

害のあるものはすっかり遠くへ・・・

 

 

大雨のあとの

雲一つない青天のように

 

 

 

やっとすっきりしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

必死に画策せずとも

 

必ず力を貸してくれるので心配無用。

 

 

 

 

 

気づけばちゃーんと良い方向に行っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミーティングでタリーズに行ったら

お目当ての甘いドリンクが売り切れ・・

 

 

 

普通にラテを飲んだらなんか物足りなくて

現地解散だったのでケーキを買って帰りました。

 

 

 

 

そしたらこの季節のケーキ、

思いのほか美味しかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらも好みでした、

(もちろんひとりで二個食べたんですよw)

 

ケーキ屋さんのケーキに勝るとも劣らない味でびっくり。

 

 

なんとなく買ったケーキが当たると嬉しい。

 

販売期間中にリピートします、きっと。

 

 

 

 

 

 

その代わり

スタバのマラサダは自分にはいまいちでした。

 

好みの問題なので

お口に合う方は合うと思いますが

 

 

ワタシはメロンクリームがそんなに合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全然話変わりますが、

 

 

ってかまず、読んでも何のこと言ってるのかわからんと思いますが

だいたい概要がわかっていただければ

大筋の言いたいことは通じるかと思うので

詳細は書きませんけど

 

 

 

とある場所で、

 

ワタシが思いついて

ある方に「これをこうしていただけたら嬉しいんですが」

 

とちょっとした提案をしました。

 

 

そしたらそれを快くやってくださったのですが

 

 

文言で提案したというより

目が合って

なんとなく通じ合って

「あ、こういうことでしょ?」とわかってくれて

 

それから言葉を交わして

気をきかせてくださったのですが

 

 

 

 

それを見ていた周囲の人たちが

(全然知らない赤の他人です)

 

 

なになに、

自分たちもそれに乗っかってしまえ、

 

別に興味ないけど、無料ならなんでもいただいてしまえ、

とばかりに集まってきて

 

その件に無関係な人たちまで一緒になって恩恵を受けてしまいました。

 

 

 

若いカップルの男女が一組、

小学生の男の子供を連れたお父さんお母さんが一組、

母娘(中学生くらい)の一組

と、買い物帰りみたいなおばちゃんがひとり。

 

 

 

合計8人の人がいました。

 

ざーーっと

遠くからこの状況を発見して走ってきて

 

自分たちもおいしい思いをしようという魂胆。

 

 

 

人が見ていて集まってくるというそれは仕方ないのですが、

場所が公共の場所なので

 

 

 

 

でも終わった時にワタシがその相手の方に

「ホントにお気遣いどうもありがとうございました!」

 

と深く頭を下げてお礼を言ったら

 

 

その、便乗して恩恵を受けた人たちは

知らん顔してさーーーっと離れていくんですよ。

 

 

いやいやいや、

あんたたちもいい目にあったんだから

 

やってくださった相手の方に

ありがとうくらいいったらどうなん??

 

 

と、腹が立ちました。

 

その方は好意でやってくださっていて

何の見返りもないわけで

 

 

ワタシにお礼を言えとまでは言いませんが

 

せめてそれに乗っかったのなら

やってくれた方にお礼くらい言っても損はねえだろうよ

と思うわけですが

 

 

便乗した人たちの誰一人としてお礼を言う人はおらず

 

むしろ

知らん顔しておいしいところだけとって

関係ないとばかりにさーっといなくなったその姿が

 

なんとも・・・

 

 

 

たまたま性格の悪い人が8人、

そこにいたのかもしれませんが

(他の場所ならお礼を言ってくれる人がいたのかもしれないという意味)

 

 

 

 

 

それにしても

 

人が10人近くいて

 

誰一人ありがとうの一言も言わないって

 

 

 

 

それも

若き~おばちゃんまで色々な年齢層の人がたまたまいて

 

手本になるべき行動をするはずの親まで

子供の目の前なのにお礼を言うこともなく

 

カップルなら相手に良い印象を持たれたいだろうから

どちらかが率先してお礼を言ってもよさそうなもんだし

 

 

 

 

その人たちは

自分が思いついて言い出したわけでもなく

ワタシ(マハ)がたまたま尋ねたら相手がやってくれた

という状況を観察しててよくわかっていた上で乗っかったわけで

 

 

終わった瞬間に何事もなかったかのように

 

気配を消して無言で立ち去っていくってなんなんこれ。

 

 

 

 

 

これが今の日本の縮図のような気がして

(たかが8人ですが)

 

 

とてもいやーーな気分になりました。

 

 

 

 

つい勇気がでなくてとかそんな状況じゃないですからね、

どう見ていても普通に自然にありがとうと言ってもおかしくない状態で

 

自分には関係ないという体でそっとごまかして去ろうとする人たち

 

 

 

 

ワタシ独りとのコミュニケーションだったはずなのに

 

自然と集まった人の分までやらせてしまうことになり

ワタシはその方に申し訳なくて

何度もお礼を言いました。

 

 

 

何度もお礼を言ってる間にもう

 

周囲には誰もいませんでしたけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残りの人生で

この8人と絶対遭遇しませんように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エニシダが咲き始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば

日めくりカレンダーがもう半分の薄さに・・

 

 

 

 

 

 

ちょうどエニシダの季節に実家(一軒家)に越したので

引っ越しはこの時期だったなとこの花を見ると必ず思い出します。

 

 

 

今思えば

こんな「毒一家」でも

あの頃が一番幸せだったんじゃないでしょうか。

 

 

ワタシ個人は常にヤングケアラーとHSPの生きづらさを感じて

常に色々厳しい現実や辛さと戦っていたので

特にこの頃が良かったというわけではありませんが

 

一家全体としては多分一番平和だった頃。

 

 

毒父毒母は毒を思い切り吐き出し続けていて

性格、性質はなんら今と変わりませんがw

 

それでもまだ、もう少し夫婦仲が良かった時期でした。

 

 

 

毒母はまだ自分の美貌を誇っていて男にもモテていたし

毒父は仕事が一番脂がのっていた時期だったのもあり

経済的にも安定して

いざこざが少なかった時期で

 

 

彼らの中では一番平和だったと思います。