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ごっちゃんのブログ

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・2006年

新卒の就活時に取った簿記2級がきっかけで会計に興味を持ち、TACの2年本科の門を叩く。

李の簿記の講義から始まったこの受験勉強が長い長いものになるとはその時は知る由もなかった。

当時は基礎マスターⅠ、基礎マスターⅡとカリキュラムが進んでいった。

2級を取得済みなこともあってか、授業内容の吸収もスムーズで授業が終わるとすぐに予備校をあとにし、バイトやサッカーなど好きなことをして日々を過ごした。

基礎マスターⅢに入ってもそれは同様で授業内容に特に疑問を抱くことはなく、講義中の例題演習でもつかえることはなかった。

そして、基礎マスターⅢが終了し総まとめとして特商の1時間問題が出題された。

そこで私のペンは全く動くことなく原価率を出すこともままならず1時間を終えた。

それが最初の危険信号だった。

→講義が分かることと問題が解けることは違う。問題が解けるようになるには日々の演習が不可欠。日々の演習は当然授業以外の時間にしなければならない。それを怠った私は基礎力を養成できないまま応用期に進むことになった。受験を長期化させたくない人は是非、最初からアクセル全開でいって欲しい。サークル?ゼミ?知らねーよといった感じで自習室に籠ることをお勧めする。


そのうち、理論科目の答練も始まった。監査論のはじめの問題は忘れもしない、適正性命題の導出過程の問題だった。ここでも講義でフンフン頷いていた内容なのに解答用紙に反映させることが出来ない。

ほとんど白紙で提出した答練の復習をやっている内に、すぐに次の答練の回がやってくる。

それは答練の復習のみならず、答練の前にやっておくべき講義の復習にも時間をとられるからだ。

予習の時間は復習の時間に奪われているため、ここでも答練は白紙状態。

白紙の答練を出す無力感に嫌気が差し3回目以降の答練を受けなくなる。

こうなると完全に短期合格のレールからは外れることになる。

→理論の講義も同様で、一度講義で分かったからと言って答練でそれがスラスラ書ける一般人はいない。ここでも当たり前のことだが、講義後に復習をして、つまりこういうことでしょ?と自分なりの解釈に置き換えることと、専門用語の暗記が必要となる。その作業を答練の前に済ませておくことで、

答練→答練の復習→次の答練というサイクルを作ることが出来る。

こうして、基礎力があるわけでもない、ゴリゴリ暗記したわけでもない、答練で実践力を身に付けたわけでもない裸の戦士はあっけなく短刀で散った。

→講義が終わった、さぁ帰ろうじゃ駄目。空いてる教室で計算なら演習、理論なら復習をしよう。


・2007年

2006年を惨敗で終えた私は予備校のカリキュラムに無理があったと早合点し、当時、ひそかに話題になっていたAXLという予備校に通うことに決めた。

大手でないこういう予備校であれば私の力を劇的に伸ばしてくれる魔法のようなテクニックを教えてくれるハズだ!と夢見ていた。もちろんそれは誇大妄想だった。ただし、それはAXLのせいではなく基礎力の欠如した私にも責はあったことは注記しておく。

AXLで私は上級コースという受験経験者向けコースに入った。

その時点で既に詰んでいたと言っても過言ではない。

基礎力のない私にいくら応用的な講義を施したところで、土台の無い場所に家を建てようとするのに等しい。

また、AXLの講義は総じてクセが強く人を選ぶと思う。そして、テキストの安っぽさ、受講生の少なさなどが微妙にモチベーションに影響した面は否めない。

さらに、私はこの時期パニック障害の影響で電車通学が困難な状態にあり、通信講座を選択していた。

これが私には不向き過ぎた。テレビ、漫画、ネットなど誘惑の多い自宅でも勉強は私には不可能に近かった。いつしか貯まっていく未消化の講義、答練の山。

インプットもままならないまま、直前期は短刀問題集を回し、

前日深夜まで勉強してやったぜ、という学生の中間試験のような謎の満足感の下で挑んだ二度目の

短刀もあっけなく撃沈した。

→アウトプットだけやっても無意味。葉っぱから木を育てようとするようなもの。アウトプットはインプットに穴が無いかの確認作業。そもそも問題集だけやって受かるのなら誰も苦労しない。




この試験にこれから挑もうとする人に私が言いたいのは、この試験は理不尽なことだらけであると

覚悟してから挑んで欲しいということだ。

2011年の論文で私は持てる力の全力が出せて、合格を確信していた。

高校や大学受験の時と同じような手応えであり、同じような結果が出ると内心思っていた。

しかし、現実は違った。

本当にカイジばりに視界がグニャ~っとなったのを覚えている。

今年も財務第5問で白紙にしていないのに偏差値0になった人がいるらしい。

金融庁の思惑で合格者数はコロコロ変動させられ、そのたびに試験の難易度も変動する。

外部的要因が大きいあまり、自分の努力が反映されるとは限らない試験だと感じている。


一方で、そんなのは嫌だ、オレは努力に見合った成果が欲しいんだという人にもちゃんとそういう方法はある。

模試で成績優秀者になることだ。模試の優秀者はほぼ確実に受かる。

じゃあ優秀者になるにはどうすればいいのか。一日10時間勉強すればよい。これが意外に出来ない。

私の例でいえば、予備校に午前9時に着き午後8時に帰るという生活だった。

9時に着くもののすぐには勉強を開始しない。ロッカーから荷物を出したりスマホをいじったりで15分。

それから勉強開始。12時に昼食へ。なんやかんやで13時に席に戻る。勉強を再開するもすぐに睡魔に襲われ昼寝1時間。2時から5時くらいまでやると小腹が空いてくるのでコンビニへ。なんだかんだで6時から再開となり8時に終了。この中にさらにトイレ、スマホも入ってくるので、結果的に就業時間11時間のうち手待ち時間が約4時間にものぼり、正味作業時間は7時間程にしかならない。このような私の模試の成績はD判定だ。

優秀者になるには鉄の意志で手待ち時間を削り、昼食を早く切り上げ、スマホにも目もくれず勉強する必要があると思う。一般人ならば。それが出来れば理不尽さから自分を解放させることができる。

次回からは時系列で自分の受験生活を振り返ってみたいと思う。



こうして振り返ってみると、なかなか壮絶なものだと自分で思う。

あとで色々とダラダラ書くことになるが、結局、私の受験時代はこの図に凝縮されている。

B/Sみたいなものだ。

昔は12月短答というものは無かったし、願書出し忘れもあり12月短答を受けることは結局一度もなく受験生活を終えた。

また、たしか2007年くらいまで短答は週をまたいで2日に分けて行われていた。

あとは、私が受験生活を開始する直前まで管理会計は原価計算と呼ばれていたと思う。

他にも色々な改変が行われていたような気もするが如何せん昔過ぎて思い出せない。

こんなに時間を浪費して…と自分を責める気持ちはもちろんある。

だが責めたり、自虐的になることが自分の為になるだろうか?日頃から自分を厳しく律することは勿論大切だが、過去を責め立てて自分を傷つけても無意味だ。

それよりも、これだけ長い期間、諦めずに受験し続け、遂に合格した自分を承認してあげたい。

私は新卒就活時に自己分析の結果、「興味を持ったら最後までやり通す」が自分の長所だと気付いた。

そしてその長所をこの試験に生かそう、それが受験のきっかけのひとつだった。

2006年の会場はたしか日大のモノレールで行くキャンパスで、今とは違いまるでライブ会場かと思うくらいの人でごった返しており…と思い出が蘇ってきたところで主観的感想編に続く。










2015年11月13日金曜日


公認会計士論文式試験合格!


おって回想録

・客観的事実編

・主観的感想編


を綴りたいと思う。



明日からは大原の公開模試。

大原のイメージは租税は激難だけど経営はそうでもない。

コンスタントに点を取って本番に弾みを付けたい。


ところで今の息抜きは無料アプリで読んでる、きまぐれオレンジロード。

めぞん一刻と時代背景は同じくらいかな。

毎回のイベントはデート、誕生日、クリスマス、お正月、旅行とありきたり。

しかし、まどかちゃんの読めない気持ちがもどかしくて面白い。

読めないと言っても、もう腕組んだり既成事実だけどね。

ツンデレの走りだと思います。ほんとにツーンて擬音が出るからね。

そういうところが音無さんと似てて好きだなぁ。


で、あと一か月で本番か。

正直、運も味方してくれないと厳しいと思う。奇跡はいらないけどラッキーは必要になるだろう。

よく、あとで後悔しないように今頑張れって言うけど、今の自分の心境はちょっと違う。

本番が終わったあとでいくら勉強したくなったって、もうできないし点数に反映させることもできない。

だったら今勉強した方が感情論抜きで合理的。だからやる。