板倉佳司の日々雑感 -41ページ目

先週、ジムにて。


先週ジムへ行った時のこと。風呂上がりの私のところへ、男子更衣室まわりのクリーニングスタッフで僕が密かにトドちゃんと名付けている(もちろんトドにちょっと似てるからです)アルバイトの女の子が突然にこやかに寄って来て
『なんか・・髪の毛、染めました?』と急に話しかけてきました。初めて話しかけられたのでちょっとびっくりしたけど
『染めたのはもうずいぶん前だよ。で二三日前にばっさりと短く刈り込んだからね、上のほうだけ茶色いの、残ってるかもね。』って答えたら。
その子は『え、なんか・・その、残ってる感じも・・なんか・・かっこいいです・・すてきです・・』と言ってまんまるっちい顔を赤らめてちっこい目をさらに細めてほほ笑んでくれました。
僕としてはその賛辞にたいして『ありがとう。僕の事を気に留めてくれて』というお礼の言葉を返し、紳士的に握手を求めました。
僕はこういう、極めてサムライ的な“屋根も垣根もとっぱらった感じ”的な交流がたいへん好きです。
雨でも・・走ってま~すゥ!!
でも・・今日は・・けっこう降ってるなぁ・・。良く降るなぁ・・しかし。

汗汗


走ってま~すゥ!



『道』だな


暑いです、毎日。
鈴木桂冶の一本負けは・・あまりにも残念だ・・。同じ“けいじ君”として俺は実に悔しい!(涙)
オリンピックは今回はなんだか色々と不都合な事項が続出で・・あまり興味が湧かなかったんだけど・・やはり始まってしまうと・・ね。
で、柔道には連日興奮させられてしまっています。内柴、上野、そして谷本の堂々の一本勝ち。かっこいいねェ素敵だねェ。
日本柔道に不利なルールを次々と課せられ続け・・谷選手はあの“野生”をそれに殺がれちゃってそんでもってアウェーの観客達にも同時に負けてしまったって感じだけど、
それでも『道』という事を理解していない方が多い海外の選手達に・・『一本勝ち』にて次々と落とし前をつけてくれる日本選手達に熱い喝采を送っております日本男児の私。
この“道”って意味ねェ・・これを理解できる国民は、日本以外にはおそらくイギリスあたりぐらいしかないんじゃないかな。(勝手に言ってますので)
武士道とか騎士道のこの『道』ね。海外の人々はTAUとかTOUとか言って“理解不能な東洋の思想”みたいな位置づけでリスペクトされているけど。
これはもうそれを理解する遺伝子を持っているかいないかでの理解力の差なんじゃないかと・・。解らない人には全く絶対に解らない、何を言ったって『勝ちゃあいいんだろ勝ちゃあ』か又は『なりふり構わずなんとしても勝ちたい』ってのが見え見えになってしまうあの・・時間稼ぎや点数稼ぎの為の作為的な試合運び・・等々の外国人選手同士の試合の図がそうだった気がする。
それに・・桂冶を倒したモンゴルのあの金の選手の技。もちろん柔道の技として成立はしてしまうのだからルール的には問題ないんだろうけど・・相撲なんかでもそうなんだけど・・勝つためだけに、それをやったら既にそれは『道』じゃないって気がしてしまうのは私だけでしょうか?う~ん難しいな・・。
言葉では言い括れない不思議な概念『道』。ドウでしょう?

それにしても、男子66kg級で北朝鮮のパク選手(良い表情でした)が銅メダル、そして女子52kg級で中村美里を押さえて北朝鮮アン・グムエ選手が銀メダルで検討していましたね。二人ともとっても実直で正統派な柔道をしていたように僕は感じました。
そして、受賞式のときに感極まって見せたアン・グムエ選手の涙がとても印象的でした。切磋琢磨を結実させてひとつの競技を競い合う個人の思いは北も南も上も下も右も左も三角定規も蜂の頭もありゃしませんよ、ねえ!
日朝実務者協議も再開している模様です。お願いだから国レベルの話はもうやめて・・。今度こそ嘘つかないで。『道』の気持ちを持って。お願いです。御両親がたは皆もうご高齢なのです。時間がないのです。一刻も早い解決を本当に・・心から。

それにしても・・追われる者は常に油断と奢りは大敵だって事ですかね

先週ご招待して頂いた、下北沢・楽園公演。劇団13号地『瓦礫と勲章』不思議な不思議な芝居でした。
芝居の世界は本当に“なんでもあり”なんだな・・と。で、これはどうやら“何を言うか”って事よりも“継続して何かを言い続ける”って事のほうに本当に重要な意味があるような気がしてきたな・・などと考えながら観ておりました。そして舞台照明界の重鎮、小関英雄さんの“腕”に感服いたしました。

こちらも同じく、継続する事の強み・・『いらっしゃいコントライブ』で笑わせてもらいました。
みんなどうもありがとう。初めて会ったオオグシのしっかりものの奥様は奴にはもったいないくらいとってもと~ても感じが良い人でした。で、もうちょっとで娘に身長が抜かれるかなちゃんも相変わらず“頑張ってる感”が良い感じだったし。何年ぶりかに復帰したつぶらさんも上手だった。女性陣万歳!でした。
(なんて書いてたら、沢崎から観劇ありがとうございました・・のメールが来ました。)

で先週はようやくようやく『深海獣レイゴー』も下北沢タウンホールで鑑賞いたしました。
しん平師匠は、本当はもっと時間やら金やらいろいろな弊害がなければ、多分もう少し違うものを作りたかったんじゃないのかな・・という感想を持ちました。パート2の成功を祈ります。

今月は、それこそ今年初めからずーっと待機していた事柄が色々と動きを増してくるはずなのだが・・ちょっと牛歩状態にて若干ヤキモキとしている気持ちをぐっと抑えてロバート・B・パーカー。久々の好漢スペンサーが嬉しくてニヤニヤしながら『突然の災禍』。読書。
で、就寝前には藤沢周平『用心棒日月抄』を一話ずつ堪能し青江平八郎のめっぽう強くて実直な侍ぶりにしびれて。
そしてなぜかここへ来てあえて『新潮現代童話館』を読んで、童心に帰り、素直なわかりやす~い文章に心和ませ。
でまた帝王ジム・トンプソンの傑作『死ぬほどいい女』(このへんがなんだか妙に落ち着く私・・)なんかを読んでとてもとてもダークな気分になりながら、又また変化球。あの我らがVANの創始者であった石津 謙介著『人間的な』
を読んで、人生をもっとゆっくりとゆるやかに生きていく事について考えたりして・・。
相変わらずの“分裂症読書”状態なるもやはり毎日の『ビール』は絶大に爆発的に旨すぎる!
なので、日々体重と体脂肪・内臓脂肪などをこまめにチェック。はいこれも内柴選手の言う『オヤジの仕事』なのよ。
そして夕方になり日が沈む頃、この暑い時期だからこそ毎日のウォーキング&ジョギングを欠かさずして体力を維持。

                              で最後にこれ・・お勧め。サッポロ・エーデルピルス
          この渋さがマイウ~!ああそれにしても桂冶!けいじ君は実に残念だぁ!
          だから今夜は、エーデルピルスと二階堂とさんまのみりん干しで“一人残念会”を行うとしよう。

逸品



私の梅干しです。
私の梅干しは昔ながらのしょっぱーいい混ぜものなしの愚直で骨太な味わいの、あの梅干し。
とりあえず成功みたい・・です。どうだぁ!!
あ、今唾を飲み込んだあなたは・・それはもう限りなく正常かと。













昨夜はヤス率いるバンドのライブ、『シャバダ3~ロンドン編』ライブ。三軒茶屋・グレープフルーツムーンにて。
このライブ自体のコンセプトっつうかコンセントっつうか、なんつうか・・みたいなものが今一よくわかんね~感じだったけど・・いやいや楽しかったよ。
ヤスのサックス・・良い音出すようになったな~。ドラムスのノリと切れが抜群だったよ。
で、スペシャルゲストTHE GOOD-BYE(ザ・グッバイ)のよっちゃんの泥酔ギターにしびれました。
で・・「方隆さんに捧げる歌」で泣きました。
で・・方隆さんを偲んで涙を流すのはひとまずこれで最後にしようと決めました。
で・・今日、携帯に登録してあった方隆さんの携帯番号を・・『うしっ!』と大声あげて勢いつけて、ようやく・・削除しました。

で・・今日も暑かったっすねェ!!
まだまだ猛暑は続く模様だ。
うし!クエン酸で・・乗り切って・・まいりましょう!

足りない


今年は初めて自分で梅干しを漬けてみた。
昨年までは亡父が毎年漬けていたものを食していたが、今年はいよいよ自分で漬けてみた。
梅干しデブュー。
こつこつと、丁寧に丁寧にこまめにせっちょうして、けっこういい感じでやってきて。いよいよ大詰めの段階。
で、いよいよ梅雨も明けたって事で、さていよいよ干す段階なのだが・・天気予報が微妙に悪いほうに変わってきて・・なんたって日差しが足りないのよ。
なかなか燦燦とした真夏のあの強い日差しになってくれない・・のです。
ummmn~如何ともしがたいものがあるが・・。もっと日差しを!!

月末締切の企画書が、夜も眠れず昼寝して・・ようやくひとつのかたちを取った模様。やれやれ・・。
題して『立川ワイルド番地』 どうだぁ~この野郎め!!面白れェぞ~!!
・・・それにしても・・自分のオツムをこれほど疎ましく感じたのも久しい・・。
脳みそが・・ummmn~足りない。

休演


7月7日 七夕の日の朝、俳優の中村方隆さんが他界されました。67歳でした。
7月8日と7月9日に行われた通夜(前夜式)と葬儀は大勢の俳優や関係者が駆けつけました。
京王線明大前駅から徒歩五分程度のところにある、方隆さんご自身が育ったご実家の隣にある朝顔教会にての
キリスト教式の葬儀でした。

明大前改札付近で水野さんの顔を見たとたん、なにかが込み上げた。
水野さんはご家族以外で方隆さんの余命を知らされていたごく限られた友人の中の一人。
もう本当に辛くて辛くて鬱のような状態に陥ってしまい、先日の笹野さんパーティーにも行かれなかったの・・本当にごめんね・・と。

通夜(前夜式)は清楚な花とパイプオルガンの演奏に彩られ、司会の師による上品で思いやり溢れる進行と参列者の賛美歌斉唱により粛々と、とり行われました。
水野さんはじめ、武岡さん、三宅さん達「アの会」のメンバーが語る方隆さんの思い出を聞きながら隣で涙を拭いているいる亜耶ちゃんに俺は何もしてやれず・・自分の涙を堪えるので精一杯。
そうだ・・みんな、それぞれが自分で対処しなければいけないのだ・・。
そして・・親しい人間の死というのは・・どう考えても、何度経験しても、もういい加減に“悲しみ”に慣れてしまいたいといくら願ってみても・・そんな事は・・今回もやっぱり無理なんだな・・などと考えておりました。

献花を済ませ三々五々と教会を出た参列者達は皆一様にそこから去りがたい思いで、しばらくの間教会の玄関前にたむろしてそれぞれに方隆さんを偲んだ。
あちらこちらに見知った顔や諸先輩方がいらっしゃり、ゆっくりと・・とも思いましたがやはり、ごく限られたご挨拶しかできなかった方のほうが多かったのではないかと・・。
久し振りに会った洋さんと、とにかく俺達も大変久しぶりなのだからどこかその辺の店で「お清め」をやろうという話を、昨日も会っている者同士のような顔をして話しあい、
自由劇場関係者と東京壱組関係者及び二兎社関連の方々にそれぞれ連絡を回し、まずは洋さんと俺が先遣隊として駅前の居酒屋に席を取り、最終的には総勢40~50人にもなるかと思われる大宴会に。
しかも一部の壱組若手連は店に入りきれず、よその店に移動するしかなくなってしまうといった大所帯。
方隆さんの思い出を語りながら、中には20数年ぶりに再会する仲間もおり・・再会を喜びあう賑やかなその宴は間違いなく、呑ん兵衛だった方隆さんが仕組んだものだ。

翌日の本葬の最後の献花の時に見た方隆さんはずいぶんと小さくて頼りなさげな顔になっていた・・。
有福さんは献花の前に“顔に触ってもいいんだよな?”と俺に聞いた。
先に献花を済ませ子供のように泣いている女優さんたちを見ている時に既に“来て”しまっていたので“とにかく涙を我慢する”事に気持ちを集中。
2~3人前で献花をしていたデコさんは「今回の儀はキリスト教式なので、遺影やご遺体に向って仏式に手を合わせて拝むのは控えていただきたい」
という注意をハナから聞いていなかったのか、忘れたのか(多分その両方??だろう)・・方隆さんの顔と胸のあたりを丁寧に丁寧に愛おしそうに花で包んだそのあとに・・しっかりと充分に間を取って両手を合わせて合掌して拝んでいた。
「あ~デコさんやっちまったぁ」という思いとともになにかこの状況にいる自分達全てがなにやらわけが分からん滑稽な出来事に変化して・・。ユーモア劇の一シーンの中に居るような、随分昔にこういうシーンに立ち会った事があるような・・不思議な感覚に陥って・・・「そうかそうか、こんな風に思わず微笑みが浮かんでしまうような・・こんな最後のお別れっていうのも、これもやっぱりあのヤンチャな方隆さんが仕組んだ絶妙なタイミングなんだな・・」と考えた。

奥様のお話・・・いつだったか、自分が死んだら何人ぐらいの人間が来てくれるんだろうか、というようなことを本気で考えて、いろいろな人物の事を頭に浮かべ「あいつは来ないな。あの人は来てくれるだろうな・・」等と指を折りながら考えて、結果・・「30人ぐらいは来てくれるだろうな」と奥様に話していたという方隆さん・・。その見積もりはあまりにも、低すぎましたね方隆さん。

7月7日七夕の朝・・静かに眠っていた方隆さんが目を覚まし病院で傍らに付き添っていた奥様に酸素マスクをはずしてくれと身振りで示したと言います
そこで奥様がマスクを外すと
「こんなもんしてちゃセリフが言えないじゃないか」と、か弱い声で怒ったといいます。
奥様は「今はこんな状態なんだから芝居は無理ですよ。ね?・・ちょっとの間“休演”にしましょ・・・ね?」
と声をかけたそうです・・。
すると方隆さんは「うん」と穏やかに素直に従いまたマスクを着けて静かに目を閉じたといいます・・。
そしてそれが方隆さんがこの世で発した最後の言葉だったそうです・・。

中村方隆という・・繊細であり、またとても骨太な精神を持った素晴らしい俳優と同じ時代を共にさせていただいた事への感謝を込めて・・
たとえ、一俳優の愚にもつかないブログの記事の一ページに記するだけのちっぽけな読み物だとしても・・優しくて素敵な大先輩であるこの俳優の・・お別れの時の事を残しておきたいとの・・勝手な思いだけで、あえて本日、記事にさせていただきました。
ありがとうございました。

“方隆さん!みんな、頑張ってなるべく早いうちに悲しみを忘れるから・・そしたら、又安心して・・そちらで、休演中の芝居の続き・・再開してくださいね!”
                                   2007.7.8新宿「てっぱん屋」にて

A Drinking Life


月曜日は久々にKB3と・・お互いにOFFでしたのでぶらりと吉祥寺に出てランチタイムにまったりと飲み。平日昼間から・・サンダル履きで・・贅沢だ~。
リニューアルしたての伊勢屋
午後1時の時点で既に一階席は満席。二階席も我々が入ってから間もなくほぼ満席状態に・・。愛すべき呑ん兵衛達!東京、捨てたもんじゃないな兄弟。
で、例によってKB3ことN氏より『REM』『the B-52S』『Radiohead』The ting tingsそしてMADONNAの新譜『Hard candy』のCDやLed Zeppelin一夜限り再結成の2007年ロンドンライヴのDVD等々レアで嬉しいプレゼントが一杯。
で今回のスペシャルプレゼントはこれ。iPod shuffleの初期バージョン!
ありがとう!さっそく寸暇を惜しんで聴いてるョ。で、まずはうちのお姉ちゃんのコレクション・・BEATLES全アルバム・・から。

で、焼き鳥を焼く煙が心地良く漂う伊勢屋本館二階にて、この五月に他界した北海道警察OBで、生前は最後まで自分にも息子たちにも非常に厳しい人であった彼の父の話。お互いの父について・・親子の“思い”について・・家族について。そして老いていくという事について等々時間を忘れ語る。
但しここはあの伊勢屋公園店の名物、もっちりジューシーな餃子が無かったのが残念でした。
次回はやっぱ公園店だ。

先週末も実は飲みなのでした。パーティーと日にちのバッティングしなかったので予定どおり行った『デコさん囲む会』。今回は先日のパーティで“パンドラの箱”を開けてしまったという由佳ちゃんも参加。
デコさんはじめ谷やんや諸先輩方と久しぶりにいろいろとゆっくりと話が出来た・・実に楽しいひと時でした。


まあ、そんなわけで先週からがっつりとした飲みが続いておりまして・・さすがの私の鋼鉄の胃と肝臓もちょっとバテ気味・・です。

よって今日からREHUBです!オス!ヒキシメマス!

はい、海獣映画です


はい、雨ですね今日も。
はい、この野郎何を血迷ったか、まあずいぶん又頻繁に更新しやがるな・・と仰られても返す言葉は見当たりませんが。
はい、昨日の当愚ブログのアクセス数を見て面ん玉が飛び出して大いに気を良くして・・ゆえの即行更新でございます。

皆様本当にありがとうございます。

昨日は地元の喫茶店で現在『深海獣レイゴー』の上映会が各地で行われていて今、マニアの間で静かに話題になっている落語家・林家しん平師匠が監督をされたこの映画の、製作にまつわる苦労話などを面白可笑しく聞かせていただいた。
さすが、当たり前だけど面白~くお話を聞かせてくれるのは、プライベートでもやっぱ旨い!
撮影予算や撮影期間にびっくりしたり大笑いしたり、又予算を捻出するための苦労話に驚かされて笑わされて・・短い時間でしたが楽しいひと時を過ごさせていただきました。
しん平師匠は、何を隠そう(隠すこたあない?)僕の地元の二つ上の先輩なんですね。
で、昨日はご両親が住む実家に用足しに来たついでとはいいながら夕方からの高座も控えているというお忙しい時間の中でお付き合い頂いて、ついでに年末に撮影予定の『深海獣レイゴー』の続編へ出演させていただくというお話までいただきました。
プロの落語家として既に30年以上頑張って来た人間独特の気骨。そしてそれゆえの人あしらい等々。少年の頃と全く変わっていない一面ものぞかせながらサービス精神旺盛に面白おかしく話をしてくれる姿に、元気と勇気をいただきました。ありがとうございました。
おし!俺も映画撮ろう。芝居企画を実現させよう!てなところです。

深海獣レイゴー公式サイトです。
みなさん観にいきましょう!頼まれもしないのに宣伝です(笑)

今夜は新宿で飲みです。頑張れ肝臓!!

さて今日はこれからジムで若干疲れ気味な肝臓に喝を入れてまいります。

サプライズっつうか・・。


昨夜、先輩の俳優である笹野高史さんの還暦を祝うサプライズパーティーが万事滞りなく行われました。


やはり思ったとおり・・今回出席できない奴がご丁寧に笹野さんに今回出席出来ない旨のお詫び電話などをして図らずもばらしてしまうという間抜けな事をしてしまったり、昔から『ここだけの話』をここだけにしておけないお方がやはり情報をリークしていて・・
もはや既にサプライズではない状況ではあったが、ご本人の登場に合わせて我々の付け焼刃バンドがハッピーバースデイを演奏して迎えるや、やはり期待どおり感涙にむせんでいただき、参加者総勢50人の役者達(元役者も含む)は大変満足いたしました次第。

乾杯の発声をデコさんにお願いし、乾杯後は大変久し振りに集まった自由劇場の関係者達の話が尽きることはない状態。

でそこに大谷・高橋&私のほぼぶっつけウクレレムード歌謡『ワンコーラスバンド』があまり面白くないギャグ等をはさんで約15分程のライブ。
久々に客の前でのドラムは若干緊張するかと思いきや・・お二人のとてもわかりやす~いリードによってなんとも楽しく身体が動き結構ノリの良いリズムを刻めたのでは・・と自画自賛。

そしてその後は自由劇場オリジナルバンドのラストバージョンブラス隊のメンツに笹野氏の息子さん達がトロンポーンとオオボエで、そして大谷氏と私がそれぞれウクレレとパーカッションで参加して『ウェルカム上海』と『貴方とならば』をデコさんが熱唱。


この方もいらしてました。乾電池の綾田さん。ホントに酒が似合う人です。で、またいつも絶妙に良い位置にいるのよこの方。

             コヒさん久し振り。ホントいい人。

実に楽しいひと時でございました。
一次会終了時、奇しくも同日6月18日に発刊になった笹野さんの自叙伝的な本
『待機晩成 日本一の脇役が語る人生の美学』
を皆に一冊づついただきました。

たそがれ酔人日記


六月に入った途端に周辺がちょっとばたばたとし出してしまい・・ようやく更新いたしました。
五月末に観た壱組印『小林秀雄先生来る』はなんとも不思議であり、演技者としても又観劇者としても今までに経験したことがない“原田宗典ワールド”でしたし、又大谷氏の“静の演技”の凄味を楽しませていただき満足いたしました。
噂には聞いていたけど・・知らないうちに(元?)アイドルの子と結婚なんかしちゃってた草野君は・・壱組印の看板背負ってから、演技の食い付きが良くなったようで出身地故にお得意の津軽弁を駆使して力強く熱い演技を披露してくれた。
それにしても・・あの小林秀雄先生は・・本物?偽物?だったの?
ラスト、最後の最後の二瓶さんのナレーションによって、この芝居が急転し不条理劇となった。実に不思議な作風でありました。

客席には有福さんや元SETの役者さんや『わ』の店長の久賀君などもいらっしゃいました。久賀君はこれから風間杜夫さんの芝居打ち上げの準備があり、故に本日は貸し切りにつき是非又別の日に・・との事で早々に引き揚げて行った。
土曜マチネの終演後、夜の部も控えたちょっと賑やかな状態の客席にてご挨拶に忙しい大谷氏をつかまえてパーティー当日の演奏の件や余さんへの連絡等々について簡単にお願いし、又ロビーで待機していた原田氏に簡単に挨拶し暇した。

午後四時・・『KIRIN CITY』にて“とりあえずビール”からモルトウィスキーへと移行し、約束の高橋さんの店『てっぱん屋』
の開店時間である午後6時に入店の時点では既にかなり良い調子。でもってお調子こいて、ご自慢のハウス日本酒に色気を出してしまってからはガッツリと酩酊状態。
店を出た時間は定かではないし、また久し振りの『どん底』へ入った頃の記憶は若干曖昧模糊としており・・
このあたりについては翌日、黒川君から来店のお礼のメールをいただいてやっと詳細な記憶を呼び覚ましたりした次第で・・。
そして、その後はサザンやエイちゃんショーケンを歌い・・。
いずれにしても、大変久し振りに・・芝居アフター4件ハシゴにて“紳士的(どこが?)呑兵衛”を自任するに相応しい・・実に楽しい一日になりました。当然、翌日はアルカセルツァー御用達。

チャンネル銀河『利家とまつ』いよいよ佳境に入ってきております。
毎回必ず涙しております。佐々成政とその妻はる役の天海祐希のふたりが涙を誘いました。
で、このチャンネルでは2008/6/21 (土) 16:57~から放送の『藤沢周平の人情しぐれ町』
を大変大変楽しみにしております。藤沢氏のものは『読んでこそ!』だと思っております故映像化したものはあまり観たくないのですが・・2001年放送当時、さわりだけちょっとだけ観てその後は見逃してしまいましたし・・これは色々な意味で実にタイムリーでもあり、ま特別扱いって事で・・ひとつ。

台風接近の今週初めは・・所用を足す為に横浜及び湘南方面と自宅付近を何往復か運転する事になり・・激しい雨風の中、中原街道へ抜ける近道の・・多摩市あたりから川崎市麻生区近辺及び緑山ST付近の山越えは結構神経を使いました。

藤沢周平『暗殺の年輪』読了。連作短編の中の三作目『ただ一撃』に度肝を抜かれる・・凄いとしか言いようがないこの作風。凄い!
次回『たそがれ清兵衛』or『秘太刀馬の骨』はたまた、ちょっと時代物をはなれて色川武大『怪しい来客簿』or『百』か『狂人日記』の再読を計画・・・Ummmmでもこれは・・読みだしてしまったら・・号泣必至なのだ。

気温や湿度の変化が激しいですね。体調管理が難しい季節です。
ちょっといやな風邪も流行っているようですね。
皆さんお気をつけて!!