真我探求の中途にいるとき、自分が今どこら辺を歩いているのか分かりません。
最初の一瞥があってから、さらに探求を深めていくと、気が付かないレベルの一瞥がどんどん起こるようになります。
その間も自我はずっと残ってますから、自我が「私はもう悟っているんだ」と勝手に主張したりします。
しかし、悟り、つまり覚醒とは、自我は実在ではなく、意識が私であるという永遠の確信を獲得した状態になります。
その感覚は、言葉で表現するのは不可能です。なぜなら、言葉は自我に依存しているからです。
ですが、敢えて説明するならば、感覚の位置が「すべて」になっている状態です。いわゆるワンネスです。ヴィジョンが変化するのです。
私の中に世界とこの体と思考がある感覚です。これは体験しないと本当には理解できません。私の場合、最初の一瞥体験が起こるまで、全く理解できませんでした。
知識を深めている段階では、「すべては私」だと学ぶのですが、覚醒すると、「私の中にすべてがある」と分かるのです。
したがって、真我についての知識を深める前に、真我を体験してほしいわけです。それが、最短で覚醒する方法です。
真我を体験する方法↓
次回はすべては自動的を書いていきます。