宇宙山羊の地球(娯楽文化)調査日誌 -3ページ目

よくわかる・・・(仮題)

よくわかる現代魔法、の

OP曲が、23日に発売される。




それは、それは、

とても、とても、

楽しみである。



今回のように、

地球のアニソンで、

OPやEDのCD発売を

ここまで心待ちにしたのは、

ずいぶん前まで

遡らないといけない。




アニメの放送が終わってから、

店頭にならんでいるものを

たまたま手にとったり、

あるいは、なにかのキッカケで、

ふっと思い出して、

通販に手を出したり、という

パターンで、ワタシ個人は、

アニソンのCDを手にする

パターンが圧倒的に多い。




その例のひとつとして、

「残酷な天使のテーゼ」があり、

ずっと、欲しい欲しい、と思いつつ

日常に流されて、買わずに

放置などということに

なって、TV放送が終わった

10年後に初めて買った、という

ヲイヲイ、子供のころに買えなかった

アンティークと化したおもちゃ、を

欲しがる、大きな御友達症候群か?、

と、同僚の調査官に、冷たい目で

見られたこともあるが、

それは、それ。




欲しいから、すぐ買う、という

単純な行動パターンに

私が、あるいは調査官チームの

多くの者がならないのは、

「在庫がなくなる危険がない」

「今買わなくても、あとから

探せば買うことができるだろう」という

至極あたりまえの、発想が

常に働いているからである。




CDという商品は、

当然ながら、『生モノではない』し、

さらに、『数量限定』ではないから、
製造元会社が廃盤にしたり、

あるいは無くなって権利関係が

不明にならない限り、

あるいは、もともとの

生産数が極端に少なくない限り、

いつかどこかで、

キャッシュを積みさえすれば、

わりと簡単に手に入る。




現代地球、日本では

ネット通販が普及しており、

中古品すら、昔のレコードなどと

比べれば、見つけやすい。




いわんや、某Yオークションが

この地球では存在し、

中古品を探すことを、より容易にし、

某Aゾンが、さらに、

「いつでも」買える状況を

作りだしているから、

なおさら「今すぐ欲しい」と

ワレワレ調査チームが思える商品は、

この地球製の娯楽商品の中、

特にアニメ・ゲーム系では、

数多いとはいえない。



いわゆる「初回限定版」が典型の、
生産数限定品だろうが、

あとから、少々のキャッシュを

積みさえすれば、

買えてしまう現実現状は、

商品購入を、どんどん、

先伸ばしにする原因となる。


いわんや、生産数限定が(あまり)ない

いわゆる「通常版」の製品であれば、

購買意欲を強く促進しないのは、

必然といえば必然であろう。




また、「だっ好き。」の

第二回で始まったオリジナルグッズ販売も、

結局は、ネット通販が後で開始され、

こういう状況は、良くも悪くも、

「その場で、買わないと

手に入らなくなる」という心理を

生みにくくする土壌となり、

購買を遅らせる要因となる。




こういった、「購買」を遅らせる

要素が、あまねく存在する状況下でも、

「ライブのチケット」の類は、売れる。




これは、当然、人気のアーティストの

ライブであれば必然「売れる。」




なぜなら、「早く買わないと、

売り切れてしまうから。

さらに、ライブハウスのキャパは

限られており、ライブの日付が

終わった後に買うことは無意味だから。」と

いう必然的な要素があるからであるが、

これが、「購買を遅らせる要素」を

除去する手がかりになる。




しかし、同じ内容の公演が、

2回3回と、続くとすれば、

これは、話が変わってくる。




だからこそ、毎回毎回、

ライブの内容は、マイナーチェンジを、

トークの内容だったり、

曲目を変えることで、

「一回の公演ごとの、特性」を

強調し、それを主催側は、

演出することに心を砕く。




おっと、話がそれた。




本題は、CDという商品に、

ライブ・チケットのような

「早く買わないと手に入らない

価値」を付加できるか、という

質問を、ある人から受けたのだ。




これは、実は、可能である。




では、いったい、どんな方法で、

それが可能というのか?




(以下、次回以降に続く)

冬?

だっ好き。公式ブログ、に

「お久しぶりです!」 、という

記事が更新された。




前回の更新から、2か月ぶりに。




「寒くなる頃に」なる、

言葉が、とても気になる。



前回の間が、

(2008.7.4)→(2009.3.15)で、

39633→39887で、

254日である。




次回、これと同じ程度の

ブランクがあると仮定すると、

2009/11/24で、

かのK氏の発言が、

あたかも現実味を帯びる。



はたして、どうなるか。

ヌルイことが

まるで「標準」になりつつある

地球の娯楽、もとい

日本の娯楽全般。




「刹那(せつな)」的な、

「楽しい」という感情を求めるため、

大きな「なにか」を犠牲にしている、

人々が、芸能界(?)と呼ばれる

分野で活躍している人に

異常な速度で増殖している気がする。




「緩」「急」がない

芸風は、もはや「標準」と

なりつつあるようで、

かつて厳しい環境で

芸と技術を磨いた

ベテラン、大御所と呼ばれる

人々も、とてつもなく、

だらしのない「若手」に

甘くなっているようだ。




これは、どうやら、

「ヌルイ」芸風のほうが、

最終消費者や、業界や作品の

キャスティングを握る人々にとって、

「ウケル」という既成の現状が、

ベテラン、大御所の

自信を揺るがしている、と見て

間違いない、と感じる。




娯楽は、大衆のカガミ。

娯楽で受ける人の姿は、

大衆がココロで、

よし、とする見本(カガミ)。

自分が応援する人の姿は、

ファンがココロで

よし、とする見本(カガミ)。




ふと、想う。




自分が、良しとする姿が、

「ヌル」くて良いのか?と。