ヌルイことが | 宇宙山羊の地球(娯楽文化)調査日誌

ヌルイことが

まるで「標準」になりつつある

地球の娯楽、もとい

日本の娯楽全般。




「刹那(せつな)」的な、

「楽しい」という感情を求めるため、

大きな「なにか」を犠牲にしている、

人々が、芸能界(?)と呼ばれる

分野で活躍している人に

異常な速度で増殖している気がする。




「緩」「急」がない

芸風は、もはや「標準」と

なりつつあるようで、

かつて厳しい環境で

芸と技術を磨いた

ベテラン、大御所と呼ばれる

人々も、とてつもなく、

だらしのない「若手」に

甘くなっているようだ。




これは、どうやら、

「ヌルイ」芸風のほうが、

最終消費者や、業界や作品の

キャスティングを握る人々にとって、

「ウケル」という既成の現状が、

ベテラン、大御所の

自信を揺るがしている、と見て

間違いない、と感じる。




娯楽は、大衆のカガミ。

娯楽で受ける人の姿は、

大衆がココロで、

よし、とする見本(カガミ)。

自分が応援する人の姿は、

ファンがココロで

よし、とする見本(カガミ)。




ふと、想う。




自分が、良しとする姿が、

「ヌル」くて良いのか?と。