夏きたりなば冬とおからじ
先日、某人物が主催する、
個人企画ライブの
抽選があった模様である。
その「暴挙」ともいえる行動は、
ワレワレの調査隊の失笑を買った。
かの人物の、
現在における実力(ひょうか)と、
声優としての、人気、
そして、技術、「ゆるいキャラ」に、
あぐらを書いたかのような、
ブログがアップされてから、
かの人物に対するワレワレの評価、
そして、「だっ好き。」に関しての評価は、
明白に、変わったといえる。
では、どう、変わったか?
まず、ひとつには、
送られてきた、本当に、
かの人物の歌を聞きたいファンに、
(その中には、高額転売目的で
取得をめざしたものもいようが。)
わざわざ普段てにとることもない
往復ハガキと時間を使わせた上に、
その想いを、まるで、
女王様きどりだろうか、
自分に人気があることを
確認して愉悦に浸っているとも
とれてしまう、挙動 。
「だっ好き。(第一回)」、
E.S.I.の第二回であった、
チケット騒動で、心を大きく乱した
ファンが少なからずいたことを
完全に失念しているとしか、
いう他ないだろう。
あれが、もしも本当に
ファンのための「公平 」を図って
抽選を決定した行動ならば、である。
足のひっぱり合いの多い業界であろうに、
あのような行動に出るとは、
あまりも、どう考えても、
危険な賭け、といわざるを得ないだろう。
普段から、下ネタを含め軽い言動の
ユルイキャラであることを、
さらに印象づける危険が
あまりにも高過ぎる。
まぁ、どこかのネジがゆるい
ファンが多い地球現代では、
広く受けること間違いないが、
反面で、全(まっとうな)心あるファンは、
間違いなく心離れるであろう行動。
(Mならば、別論である。)
しかし、である。
あれが、一枚一枚のハガキに、
それぞれ宿っているであろう、
重みが、どれだけのものかを、
想像しての行動なのだろうか?
結果的に、ワレワレの
かの人物への評価は、
ふだんから、ゆるいが、
演技と、歌だけはまじめに
取り組んでいる、
柔と剛を兼ね備えた
実力ある人気声優であるという印象が、
わずか一夜にして、
もろくもくずれさり、
人気(カリスマ?)と、
持前の声質(さいのう)に、
あぐらをかいているだけの、
本当に、ただの飲んだくれ一歩手前?
という評価が突然に固まりつつあり、
まるで、これまでの天地を
ひくっりかえす、こととなった。
本当に、人を感動させる
歌唱には、心がこもっていなければ
ならないにも関わらず、
あのような心ない行動を、
ファンに見せるというのは、
もはや営業戦略上の
「キャラ」というレベルで、
済ますことはできず、
歌を人前で歌う資格があるかすら、
極めてアヤシイものであろう。
これまでの、「だっ好き。」に関しては、
牽引役だったという印象もあったが、
単なる客寄せ役を担っただけでは?
という怪しい噂すら出てきており、
果たして、本当の中心人物は、
誰だったのか、を慎重に
もう一度、検討するべき時期である、という
結論が大勢となりつつある。
おそらく、地球の現代的には、
また、かの人物のキャラの面から見ても、
あんなハガキの扱いにも、
「寛容」な態度をとるファンが
決しては、少なくはないだろう。
(そう、決して少なくない。
きっとMが多いのだろう。)
しかし、あのような態度を
今後もとり続ける限りは、
かの人物の未来は決して明るくはなく、
著作権侵害が問題となるなか、
先細りであろうアニメ業界で、
いままでのような活躍を
永く期待するのは、
かなり難しいのではなかろうか?
ともあれ、今回、抽選を、
ハズレたとしても、悲しむべきではない、
というのが、ワレワレ調査チームの
一致した意見である。
歌を聞く機会を得ることができなかった
ファン達への配慮が薄すぎる
今のような、かの人物では、
第一回の、だっ好き。、
第二回の、だっすき。、
さらには、以前の、E.S.I.で、
生みだされたハーモニーを、
いまの状態の、かの人物から、
1%レベルですら生みだせるとは、
いくらタキオン演算機を用いて、
複数の機関が、なんども計算したのだが、
100%不可能である、と
結論づけられているからだ。
はたして、かの人物のハートに、
復活はあるのだろうか?
ところで、今再び、
ワレワレが考えてしまうのは、
たった二回目で、
2500人も入る会場を選んだ、
だっ好き。メンバーの
英断と、勇気である。
そのときの、彼らの、勇気と、
熱意と、やる気には、
ワレワレは、称賛をおしめない。
「だっ好き。」は、二回目で、
終了という話がされており、
(復活の可能性はあるようだが、)
だっ好き。ファンには、「冬」が
訪れているといっていい。
しかし、冬来たりなば、という言葉もある。
今は、「だっ好き。」の第三回目と、
かの人物のハートの復活を、
ただ待つしかないのだろうか、と
心、震える今日この頃である。
ライトな罠
この星には、シリーズ物の
ライトノベルというものがある。
それこそ、容易に数えきれない程。
しかし、このライトノベル、という
娯楽媒体は、とても厄介である。
なぜなら、他のコミックと同じように
保管用の、①「すぺーす」が
必要である。
最近、この日本という地域では、
割りと増殖した、複合カフェでは、
当然のように、置かれていないので、
読むには、買うことが必要になり、
結果①の、問題を、さらに
深刻なものとしがちである。
また、ライトノベルが原作の
アニメ作品は、先に原作を読むと、
②アニメに、なぜだか不満をもってしまう
(キャストだとか、演出だとか)
症状を引き起こしやすい。
さらに、作品自体が、面白いと
③続きが出るまでに、非常に大きな
時間的なストレスを感じることが多い。
また、④きちんと、本棚にしまって
おかず、床に積んだり、あるいは、
扉がない本棚に置いておこうものなら、
なんとなく手にとってしまい、
時間を、いつのまにか食べてしまう。
(これは、コミックも同じだが。)
しかし、買ってしまうものは、
買ってしまうのであろう、きっと。
この星の、そんな恐ろしい
娯楽文化に驚愕している今日
このごろであるが、
最近、あるシリーズが、
ワレワレの故郷に輸出された、という
噂をきいた。
なんでも、狼と、なんとか、いう
シリーズものらしい。
商人と、狼の耳をもった少女が
活躍しているとか、いないとか。
この地球で、
その作品のアニメの2期が、
この7月から始まるらしい
メインキャストは、
現在放映中の、ある麻雀
アニメだとか、ということも聴いた。
しかし、今回、いいたいこと、は、
それではない。
そう、「ミミ」である。
タユタマ、というアニメや、
この狼と、なんとか、という作品に、
共通すること。
それは、「ミミ」、である。
ついでに、あと、
ヒトと、ヒトにあらざるモノ、の関係。
調べれば、
この星には、古くは、
「雪女」にまつわる話があるくらい、
で、それの現代版という
こともできるのかもしれないが、
現代では、教訓性が強いわけではなく、
むしろ「萌え」なる概念が
作品の中で強く強調される傾向がある。
よくよく考えれば、
(こじつけ、かもしれぬが)
「雪女」は、
昔版の、短編の
ライトノベルだった、と
いえなくもない、の
かもしれない。
そう考えると、やはり、
「(特別な)娯楽のDNA」が
この星には、宿っているのでは?、と
考えてしまうのだ。
さて、話をもどそう。
ライトのノベルが持つ、
ライト(ノベル)の罠の一つに、
部屋の整理に、
「重い」問題を生みだすことが、
含まれているのは、
否定できない事実である。
(続く)