ココロコの頭の中の楽しい計画
ココロコの生活の中には遊びは欠かせない。
子供の頃、育った環境がそうだったから
だと思うが、
それは、ご飯を作りながら、お風呂に浸かっている時、夜 寝床に入って寝付くまでに、
そんな時に頭の中で色んな楽しい計画が、繰り広げられている。
次はこんなことしたい。あんなことしたら楽しいだろうな、そうだ、次はコレだ!、、、やりたいことがどんどん溢れ出てくるのだ。
それをココロコは「小さな夢」と言っている。
そんな小さな夢の実現は簡単だ。ちょっとがんばればいいだけだ。
今考えていることその1。
夜covo2。
covo2の家の周りや中にランプやキャンドルを灯して、ナイトフリマを開く。
静かな音楽を流し、店番は縁側で。豚の蚊取り線香立てを傍に置き、風鈴の音を聞きながらビール片手に、、、ひとりじゃ怖いから友達呼んで。静かに語りあいながら来ない客(笑)を待つ。😅
その2
夜のフクロウ座に行く。
フクロウ座とは、相模原にあるおしゃれなカフェだが、その店主のみほちゃんとお友達になったので、みほちゃんを訪ねて夜の部に行きたいのだ。
昼間はカフェだが夜はバーになる。
たまにミュージシャンが来たりしてライブをしたりする。
ライブのときにも行きたいけど、静かな夜のバーカウンターでみほちゃんとお話しもしたい。
その3
我が家で、くくりなしのホームパーティー。その日は昼頃から始まり夜更けまで続く。その間誰でもいつでも来て良い。家族みんなのそれぞれの友達にパーティーやるからおいでよ〜!と声をかけ、ごちゃ混ぜメンバーで、我が家の二階も一階も庭もベランダも車庫も全部の部屋を解放し、往き来自由。料理は私が延々作りまくり大皿でどんどんだし、バイキング形式。飲み物持参、差し入れ大歓迎。っていうパーティー。
あ〜〜、楽しそう〜。(о´∀`о)
この3つは近々必ず実現させたいと思っている。
さ〜て、その次は何を、、、。
体の悲鳴
お久しぶりでございます。
早いもので、もう3月も終わりですな。
昨年から今年の初めに渡り、超絶多忙な過酷な日々を過ごしてきたココロコであるが、
風邪を引くこともなく体も壊さずなんとかやってきた。
ところがこの3月に入ってすぐに帯状疱疹になり、医者から安静が必要ですよ、と言われたにも関わらず、安静にしなかった。
幸いなことに帯状疱疹は、早期対処によりとても軽くすみ噂に聞くほどの痛みは体験せずにすんだからだ。
ばばが亡くなってからこの数ヶ月、色々な手続きやら片付けやらをしながらも、やはりひとり居なくなるとだいぶ楽になり、調子に乗っちゃって、ココロコのスケジュール帳は遊びも含めてどんどん埋まっていき1日も体を休める日がなかった。
やりたいことがありすぎて、体が悲鳴をあげているのに聞こえないふりをした。
ここ数年寝込むことなどなかったので過信もしていた。
ところが、もう限界が来ていたのだろう。
生まれて初めてインフルエンザにかかってしまった。
今まで家族がインフルエンザになりその看病をしても絶対に移らなかったのに。なんだか悔しい。
金曜日に一日中庭仕事をして、クタクタになった、その翌日。
なんか、咳が出て肺に違和感があった。
「昨日マスクもしないで一日中庭仕事したから花粉にやられたかな?」節々も痛かったがそれも庭仕事での筋肉痛か?と思っていたら寒気もして来た。
それでもその日の午後はまた出かける用事があり、とりあえず出かけたがどんどん具合が悪くなってった。用事を済ませ早々に帰宅し
次の日は実家に行く予定だったがそれはやめて一日中寝ることにしよう決め床に着いたら、熱が出てきた。
ただの風邪では熱が出たことがないココロコは、あら?これはひょっとして?インフルエンザ?と、ピンときて翌日休日診療所に行った。ビンゴだった。
その場でイナフルという薬を吸入し、治療はそれでおしまい。後は解熱剤だけもらった。
解熱剤を飲んでも熱が下がるのは一時だけでまたあがってくる。
今日で3日目。ようやく熱が上がってこなくなったが、体はめちゃめちゃしんどい。
それでもじじの面倒は見なくちゃいけない。
夕飯の支度はどうにか夫や息子に買ってきてもらったりして2回はサボったが、じじの朝食準備と、洗い物と洗濯だけはどうしてもしなくてはいけない。
夫もじじも、無理するな休んでくれという割には容赦なく食器を使い洗うことなくそのまま放置。
うんこじじぃは、またベッドにウンチをつけるし、ポータブルトイレも、容赦なく使うし。結局その始末するのはココロコで。
じじは自分の飲む薬も把握していないのでココロコが管理しているのでそれもどうしてもやらなくちゃいけないことで。
結局体の悲鳴は聞こえないふりをせざるを得ないのである。
神は決してココロコを休ませてはくれない。
ばばロス
あまりにも突然にばばが亡くなってしまってので、まだ信じられないような、ピンと来てないココロコでありますが、
買い物に行ってもばばの好物があれば目に留まり、そして、「あぁ、そうか、もう居ないんだった。」を繰り返す。
ココロコでさえもこんなんだから、夫やじじの心中はそれはココロコの想像を超えるものであろう。
それから予想以上にダメージを受けている人がもう1人、息子である。ばばの入院中から臨終、葬式時と、始終号泣していた。
今でも、「ばばのこと思うと息が苦しくなる、、、。」と言っている。
じじの気落ち様は、目に見えてわかる。
常にぼーっとしてる。テレビを見ていてもぼーっとしてる。
食欲もあまりない。くよくよくよくよ。
ばばの葬儀の前日、棺に入れるものを用意していた時のことである。
ばばが生前、棺桶にはこれを入れてと言い残していた物がいくつかあり、その中のひとつ、ばばの部屋に飾ってあった日本人形、これはばばが嫁入りの時にお母さんが持たせてくれたものだそうで、その顔はばばによく似ている。
それをガラスのケースから取り出し、準備していると、じじがまた口を挟んで来た。
「俺はそれ、入れて欲しくないんだよなぁ、、、何でもかんでも無くなっちゃったら寂しくてしょうがない。」とダダをこねる。
何でもかんでもは入れていないし、他にまだまだ色々そのままだし、第一その人形に今まで興味を示したこともないくせに、また何をいいだすのか、、、😒
まぁ、気持ちは分かるが、その人形については、ばばが元気なころからずっと言っていたことなので、それは遺言としてばばの言う通りにしてやりたい、と夫が説得し、じゃあ写真を撮ってパソコンに保存する、ということでやっと納得してくれた。
そんな一悶着もあったが、無事葬儀も終え、ひと息ついたので、レンタルしていた介護ベットや車椅子など引き上げてもらうよう手配した。
するとじじはまた、「ベット返しちゃうの?!」とすがるような寂しいそうな顔をして言う。
そりゃそうだ。レンタル品なんだから。
😒
そんなレンタル品にまでばばの面影を追う
じじ、、、
こりゃ、じじが生きているうちは
ばばの物、処分できないな、、、。😔