父の影響もあってか、僕は風呂屋が好き。疲労がたまった時やら気分転換したい時なんかに一人でフラっと行く。
先日も例のごとく通い慣れたスーパー銭湯に行った。電気風呂やらジェットバスやら露天風呂やら、バリエーションが豊富で飽きひん。
気のおもむくままに色んな風呂を転々としてると気付けばいつも2時間近くは経ってる。
風呂屋において特にこだわりは無いんやけど、一つだけ、僕の中で絶対的なポリシーがある。
それはフィニッシュの決め方、『サウナからの水風呂コンビネーション』。
これをクリアせん限り、僕は悠然と風呂場をあとにすることはできひん。
その日も心ゆくまで風呂を堪能して、一人えびす顔で大団円を迎えようとしてた。
さて、そろそろサウナに参ろうぞ。
僕は満を持して聖域に足を踏み入れた。その日は休日で、広いサウナは人でいっぱいやった。
室内は階段状になってて、皆が一定の方向をむいて座るようになってる。前方にはテレビがあって、その時はプロ野球の阪神戦がやってた。
僕は後方にある出入口から入って、テレビ付近のわずかに残ってるスペースを陣取った。
ここからは耐久力の勝負。己との戦い。心身のデッドラインに近づけば近づく程、それに比例して水風呂時の解放感は増して行く。
僕は修行僧のように座禅を組んで目を閉じた。サウナ内は皆テレビに釘づけで、会話もなく、人数の割には少し異様なぐらい静かやった。僕としてはその静けさが心地良かった。
でも、すぐにその静寂は僕の近くから発せられたオッサンの声によって引き裂かれた。
オ「今のタイミングはセーフやろ!!...のぉ!?」
皆「.......。」
オッサンの声だけが室内に響いた。
僕は皆の無言が不自然に感じて、思わず目を開けた。
僕(今のはオッサンの独り言なん?独り言として処理していいんか?明らかに答え待ちの口調やったぞ?)
僕はできるだけ自然なそぶりでまわりを確認した。周囲は皆オッサン達。汗だくでテレビ画面を睨みつけてる。
どのオッサンや?どのオッサンが言ったんや?
目を開けた時にはサウナ内は元の静けさを取り戻してた。まぁいいか。僕には関係ないことや。
僕は目を閉じて座禅を再開した。
ところが、ほんの数分後、またしても同じオッサンの声がとどろいた。
オ「おぉーうまいこと打ちよるわ。...なぁ!?」
僕は反射的に目を開けて、声のする方に目をやった。
第一声のボリュームやら雰囲気で、薄々はわかってた。確信はなかったけども、やっぱりか...。
そのオッサンは僕の左隣りに座ってた。かっぷくのいいハゲオヤジ。
今度も周囲の人間はだんまり決め込んでる。僕は困惑した。
もしかして僕に言ってんのか!?なら、さっきから僕がシカトしてることになってんのか!?
いや、皆に向かって言ってるんやろ!?
ってか、やっぱ独り言なんか!?言葉の最後に問いかけの一言を添えてまう、というエキセントリックな癖の持ち主なんか!?
僕の目はスイスイ泳いだ。
ハゲオヤジも他のオッサン達も何事もなかったかのように中継を観てる。
でも、心なしか「近ごろの若者は会話もできんのかね」みたいなオッサン達の批判的な視線が背中に刺さってくる、ような気がした。
僕はモヤモヤした気持ちをぬぐえんまま、背後からの無言のプレッシャーを感じていた。
そんな僕の気も知らずに、鳥谷の流し打ちのリプレイを観ながら「うわぁー、うまいなぁ。」とハゲオヤジ。
座禅に集中できひん。腹が立ってきた。なんで見ず知らずのオッサン連中をこんなにも気づかわなあかんねん!!
そんな状況がしばらく続いた。
...キリがねぇ。
僕は途中から、開き直りの思考回路に強引にシフトチェンジした。
エキセントリックな癖説はひとまず置いといて、ハゲオヤジの口調的に独り言ってのは、もはや考えられへん。誰かしらに話かけとる。それは僕かもしれんし、同じくサウナ内で熱さに耐え忍ぶ全オッサン達かもしれん。
一つ確かなのは「ハゲオヤジは悲しんでる、可能性がある」ということ。誰一人として答えてくれない。一方的なキャッチボール。投げても投げても球が返ってこないことに、ハゲオヤジは寂しい思いをしている、可能性がある。
ならば小生、サウナ内の同胞達を代表し、誠意を持ってお答えしよう。全身全霊をかけてド真ん中ストライクで投げ返してやろうぞ。
次、ハゲオヤジが口を開いた時、僕の働きでサウナ内はファミリーのような一体感に包まれるはずや。万事OK。
僕は気を落ち着かせて虎視眈々とその時を待った。
阪神は大差で勝ってた。八回、マウンドにはストッパーの藤川は上がらず、先発が続投した。
その時、ハゲオヤジは口を開いた。
「球児見たかったなぁ。...えぇ!?」
待ってましたハゲチャビン。いざ、出陣じゃ。
僕は自然なトーンで微笑みながら答えた。
「見たかったですねぇー。最近ストレート全盛期みたいに走ってきてますもんねぇ。ただ、この点差やと...ねぇ?」
...キマった。少し長台詞やったけど確実にキマった。ハゲオヤジはさぞ嬉しかろう。僕は返答を待った。
ところが意外にも、変な沈黙の間ができた。僕は不思議に思ってハゲオヤジを見た。
僕はハゲオヤジの、一瞬の怪訝さ全開の顔を見逃さんかった。
オヤジはあわてて相好を崩して、
「そう、やねぇ。」
とだけ言った。
ん?なにこの感じ?思ってたんと違うぞ。もっと食いつくんちゃうんか?
室内にファミリー感は全くなかった。むしろ「でしゃばったね若者よ」感が充満してた。
状況を理解できんかった。困惑が深まった。
どういうこと?僕は悲しみに暮れるハゲオヤジを孤独から救ったんじゃないんか?まさかあれが独り言とか言うんちゃうやろな。癖説は正しかったんか?
わけがわからんまま八回は三者凡退で終わり、中継がCMに入った時、ハゲオヤジは再び口を開いた。
「熱い!!もう無理や。出よか‼...えぇ!?」
...はぁ?出よか、やと?
言葉の意味がよくわからんかった。わからんかったけどすぐにわかった。
ハゲオヤジの言葉に合わせてオヤジの左隣りのオッサン、後ろのオッサン、僕の後ろのオッサンがおもむろに立ち上がった。
ハゲを筆頭にした四人のオッサン達は「アッチィー」とか「くらくらするわ」とか言いながら満足気にサウナの出口に向った。
...うっっっそぉォォォーーーーン(T□T;)!!!???
まさかの団体様。
僕の周りは四人分のスペースが空いていた。僕は分かりやすくポツンと孤立した。
いやいやいやいや...。ありえへんやろ。
僕の中に怒りと恥じらいが猛然と込み上げてきた。
「まぁぁーたんかいっ、ハゲオヤジィ!!!ツレがおるんなら言わんかい、タヌキ野郎が!!どんだけ気つかった思てんねん‼ってか、ツレども!!なんで無反応やねん!!ハゲが喋とったやろが、答えたれや!!気づかったれや!!おかげでこっちは完っ全に『でしゃばった奴』になったやんけ!!全っっっ力で詫びろ!!ってか、オッサン四人で銭湯来るかね!?アホどもがぁぁぁあっ!!」
渾身の腹式呼吸で叫びたかった。まぁ当然僕はそんなワイルドな男じゃない。
僕は真っ直ぐにテレビ画面を見ながら石仏のように硬直してた。
ハゲオヤジ御一行がなき後、サウナ内はよりいっそうドアウェイに感じられた。
僕はスッ裸ながら、残ったオッサン達に魂をこめた演説をしたかった。
「少しだけ、お時間頂けますでしょうか。熱さに耐えるご列席のオッ様方、事の顛末をご覧になられたと存じ上げます。まずは一言。私は決して、決して、『でしゃばった奴』ではございません。事の始まりはですね、あの憎きハゲたぬきオヤジめがですね....」
とうとうと熱弁をふるいたかった。
でももし、何かの間違いでまじで演説してまうと、『熱さで頭がイカレ飛んだ奴』に昇格してまう。
僕は脱獄するようにサウナを出た。すぐにでも帰りたい。勢いで風呂場を出そうになったけど踏みとどまった。
あかん、『サウナからの水風呂コンビネーション』だけは譲れへん。
なんだかんだでサウナには10分も入ってなかった。まだ体の芯まで暖まってないから、水風呂に入る気はせえへん。でも、これはポリシー。これだけは貫かないと。
水風呂を前に僕は固まった。
ハゲオヤジとその仲間たちが和気あいあいと水風呂を占拠していた。
一人ずつ、丁寧に沈めてやりたかった。僕が青キジなら、確実にアイスエイジをしてるとこや。
しばらく僕は水風呂から遠からず近からずの場所を挙動不審に素っ裸でさまよった。御一行は相当サウナで長居したらしく、水風呂を離れる気配がない。ハゲが...。
体が冷えてきた。もう水風呂には入れない。凍え死んでまう。そしてはよ帰りたい。悩んだ。
悩んだ挙げ句、僕は初めてポリシーを曲げた。
替り湯にチャポンと体をつけてから、唇を噛み締めてそそくさと風呂場をあとにした。
もう、しばらく風呂屋には行かん。
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