9月ですね~。
「オメ、なんか起業宣言的なこと書いてオシマイってわけじゃないよな?」
と先輩に難癖つけられまして、書かなきゃと思いつつも今までのブログを見返してみたものの、
メッキリ赤面して書けなくなってしまいました。
ロ、ロマンティストすぎる・・・。
まあ独立して半年くらいになると、その時は気づかなかった、力みや強張りも少しづつ取れて
ようやくスタートラインに立ててきてる、というところでしょうか。
ロマンティックなブログを全部消し去りたくなる誘惑との戦いがここから始まるのですね、わかります。
ここ最近は、新規のサービスの立ち上げに勤しんでおります。
なんやかんやと、少しづつ少しづつ進めておりますが、色々な方のサポートを頂戴することばかりで
本当にありがたいなあと思ってます。
そろそろ9月末で、創業から6か月が過ぎます。
一期は変則期ではありますが、弊社は9月末決算ですので、1つの区切りですね。
この半年は、ほとんど1人で事業をする、会社というよりフリーのような形で動いてきました。
色々な制約条件の中でこの選択をしたのですが、本当によかったと思っています。
大きい組織の中でマネジしているときにでてくる、自負や見栄やおごりのようなもの、
それらは僕が未熟であったが故に気づかないうちに蓄積されていたようにも今は感じます。
他人を使うことに慣れる、それ自体が悪いわけではないですが、もう一度裸一貫で動き始めるには
そういったものの軋みを取っていく期間が必要だったのかもしれません。
そして何より、「自分1人で仕事をする」ことの限界をきっちり腹落ちできたことも、
大きな収穫だったと思います。
分かってますよ、頭では分かってました。
自分1人だけでは仕事できないなんて、頭では分かってます。
「経営ってのはね、」
と語ることくらいはしてたような気もします。(焼酎傾けて)
ただ僕はどうしても、俺が俺がのところがあったので、その意味を腹落ちできていなかったのだな、
と”今は”そう思います。
「社長」とは、自分1人で仕事ができない人の呼称です。
社長は、現場にできるだけ近く、最後の利益責任を自分で引き受けるべきであり、
その責任への施策引き出しを誰よりも持つべきである。
そう思います。
そうでありながらも、社長というのは”組織の中でのみ、組織として”成果をあげていくことを
予めインストールされている存在である、という当たり前の気づきは僕にとってとても大きなものでした。
しばらくの間、1人でやってて本当によかった。(寂しかったけど)
ココラブルは次のステージに向かいます。
と先輩に難癖つけられまして、書かなきゃと思いつつも今までのブログを見返してみたものの、
メッキリ赤面して書けなくなってしまいました。
ロ、ロマンティストすぎる・・・。
まあ独立して半年くらいになると、その時は気づかなかった、力みや強張りも少しづつ取れて
ようやくスタートラインに立ててきてる、というところでしょうか。
ロマンティックなブログを全部消し去りたくなる誘惑との戦いがここから始まるのですね、わかります。
ここ最近は、新規のサービスの立ち上げに勤しんでおります。
なんやかんやと、少しづつ少しづつ進めておりますが、色々な方のサポートを頂戴することばかりで
本当にありがたいなあと思ってます。
そろそろ9月末で、創業から6か月が過ぎます。
一期は変則期ではありますが、弊社は9月末決算ですので、1つの区切りですね。
この半年は、ほとんど1人で事業をする、会社というよりフリーのような形で動いてきました。
色々な制約条件の中でこの選択をしたのですが、本当によかったと思っています。
大きい組織の中でマネジしているときにでてくる、自負や見栄やおごりのようなもの、
それらは僕が未熟であったが故に気づかないうちに蓄積されていたようにも今は感じます。
他人を使うことに慣れる、それ自体が悪いわけではないですが、もう一度裸一貫で動き始めるには
そういったものの軋みを取っていく期間が必要だったのかもしれません。
そして何より、「自分1人で仕事をする」ことの限界をきっちり腹落ちできたことも、
大きな収穫だったと思います。
分かってますよ、頭では分かってました。
自分1人だけでは仕事できないなんて、頭では分かってます。
「経営ってのはね、」
と語ることくらいはしてたような気もします。(焼酎傾けて)
ただ僕はどうしても、俺が俺がのところがあったので、その意味を腹落ちできていなかったのだな、
と”今は”そう思います。
「社長」とは、自分1人で仕事ができない人の呼称です。
社長は、現場にできるだけ近く、最後の利益責任を自分で引き受けるべきであり、
その責任への施策引き出しを誰よりも持つべきである。
そう思います。
そうでありながらも、社長というのは”組織の中でのみ、組織として”成果をあげていくことを
予めインストールされている存在である、という当たり前の気づきは僕にとってとても大きなものでした。
しばらくの間、1人でやってて本当によかった。(寂しかったけど)
ココラブルは次のステージに向かいます。
ココラブル設立趣意
H・G・ウェルズやドラえもんによって描かれる「タイムマシン」は、
現実化されないが故に、常に “未来のモノ”であり得ました。
もちろん技術発展著しい現在においても、見果てぬ夢の代名詞となっています。
ウェルズの小説から約百年後の現在、世界は更に大きな変革の中にあると言われます。
デジタルデバイスの発達とその上にある情報量の爆発的な拡大は、様々な新しいサービスや
コンテンツを産み出しました。
デバイスが変わり、それによりシチュエーションが変わり、人の意識や行動が変わり、
そして世界が変わっていく。
そのような時代の変わり目とも言えるチャンスに私たちは立っている、
そして相も変わらず見果てぬそれぞれの「タイムマシン」を追っている、
そんな思いこそが私たちを突き動かす原動力の1つであることは確かです。
一方で、いくら情報が膨らみテクノロジーの進化が進むとしても、人間は相変わらず
食事をし睡眠をとり生活を営んでいくことに変わりはないのだとも思います。
何万年も変わらず、喜び、悲しみ、楽しみ、またそれらを受け継いで人間は生きてきたし、
これからもそうやって生きていく。
それぞれの人間のそれぞれの人生がまさにかけがえのないものであり、
そしてその人間というものの生活の、その刹那にある、キラキラした、思いのつまった、
何十年か後でも思いだすような感動を呼び起こすこと。
そういったものをお客様のために創ることができれば何にも勝るものはない素晴らしいことだとも思うのです。
それは例えばロックフェスで目当てのアーティストのステージに小走りに駈けていく瞬間。
それは例えば子供の頃、ある朝積もった窓の外の雪を見て奇声をあげる瞬間。
それは例えば旅で出会った友人と、遠く離れた別の土地で偶然出会った瞬間。
世界中の人が、物が、情報が加速度的につながっていくこの時代の中で、
私たちの生み出すサービスやコトが少しでも誰かに対し輝きを持てるものでありたい。
さらには、デジタルの力により世界の“つながりかた”すらを変えることで、
世界をよき方向に進めたい。
そんな思いを込め、株式会社ココラブルを立ち上げました。
必ずしも未来をバラ色の夢物語のように想像することはできないかもしれないけれど、
それでも不確かな未来をドキドキワクワクしながら作り上げる権利はまだ私たちにも
残されているように思います。
そして、初めてインターネットに触れたときに感じた、「世界はもっと面白くなる」
というインスピレーション、そのインスピレーションこそが私たちの旅の始まりであり、
私たちの全てでもあると考えています。
「世界を僕らの遊び場に。」
http://www.cocolable.co.jp/
現実化されないが故に、常に “未来のモノ”であり得ました。
もちろん技術発展著しい現在においても、見果てぬ夢の代名詞となっています。
ウェルズの小説から約百年後の現在、世界は更に大きな変革の中にあると言われます。
デジタルデバイスの発達とその上にある情報量の爆発的な拡大は、様々な新しいサービスや
コンテンツを産み出しました。
デバイスが変わり、それによりシチュエーションが変わり、人の意識や行動が変わり、
そして世界が変わっていく。
そのような時代の変わり目とも言えるチャンスに私たちは立っている、
そして相も変わらず見果てぬそれぞれの「タイムマシン」を追っている、
そんな思いこそが私たちを突き動かす原動力の1つであることは確かです。
一方で、いくら情報が膨らみテクノロジーの進化が進むとしても、人間は相変わらず
食事をし睡眠をとり生活を営んでいくことに変わりはないのだとも思います。
何万年も変わらず、喜び、悲しみ、楽しみ、またそれらを受け継いで人間は生きてきたし、
これからもそうやって生きていく。
それぞれの人間のそれぞれの人生がまさにかけがえのないものであり、
そしてその人間というものの生活の、その刹那にある、キラキラした、思いのつまった、
何十年か後でも思いだすような感動を呼び起こすこと。
そういったものをお客様のために創ることができれば何にも勝るものはない素晴らしいことだとも思うのです。
それは例えばロックフェスで目当てのアーティストのステージに小走りに駈けていく瞬間。
それは例えば子供の頃、ある朝積もった窓の外の雪を見て奇声をあげる瞬間。
それは例えば旅で出会った友人と、遠く離れた別の土地で偶然出会った瞬間。
世界中の人が、物が、情報が加速度的につながっていくこの時代の中で、
私たちの生み出すサービスやコトが少しでも誰かに対し輝きを持てるものでありたい。
さらには、デジタルの力により世界の“つながりかた”すらを変えることで、
世界をよき方向に進めたい。
そんな思いを込め、株式会社ココラブルを立ち上げました。
必ずしも未来をバラ色の夢物語のように想像することはできないかもしれないけれど、
それでも不確かな未来をドキドキワクワクしながら作り上げる権利はまだ私たちにも
残されているように思います。
そして、初めてインターネットに触れたときに感じた、「世界はもっと面白くなる」
というインスピレーション、そのインスピレーションこそが私たちの旅の始まりであり、
私たちの全てでもあると考えています。
「世界を僕らの遊び場に。」
http://www.cocolable.co.jp/
僕的起業論 8
リベンジをするために。
という思いを、仕事の大義としていた時期があった。
それが悪かったとは思わない。その日々がくだらなかったとも思わない。
むしろ、素晴らしき日々だったと思う。
でも、今はそうでないと、心からそう思う。
今、オフィスにいるのは1人でも、ここに新しいメンバーがいつか来る、
まだ何も持ってないけど、頭の中にあるサービスができあがる、
まだお取引先様は少ないけど、そのうちまだ見ぬお取引先様と仕事をするようになる。
そういうまだ見ぬ何かと共にありたいと思う。
そして、そういう自分こそ、愚かしくも悲しき事業家の1人だとも、そして
世界に存在を許される事業家でありたいと強く願う。
会社は利益があって始めて存続できるのだ。その通りだ。
成長させなければ、社員の給与すらあげていくことすらできない。それも全くその通りだ。
だけどその上で、僕と会社に集うメンバーが、悲しくも切ない自己実現を追及できる、
そういうチームでなければ、僕が起業する意味など、これっぽっちもないのだ。
誤解を恐れずに言えば、僕はハウスユニットを組むように、
ロックバンドを結成するように、経営をしたい。起業をしたい。
アーティストがキャンパスに色をつけるように、サービスを作りたい。
それは自分よがりでありたいという意味ではない。
いい仕事だけをしたいというわけではない。
金儲けを重視しないというわけでない。
ただ、いつか出会ったあのアーティストのように、
その企業の、外との接点の1つ1つが奇跡である、という謙虚さをもって事業をしたい。
その奇跡と利益の積み重ねの上に、自分の生き様があるのだ、と信じて事業を行いたい。
それが、僕の生きてきた人生に対してのケジメであり、そして僕自身の限界であり、
今までの出会いに対する感謝であり、なにより唯一の出発点だと思っています。
つまり、長々と書いてきたが(ご高覧ありがとうございます)、
これが僕の起業論であり、ココラブルの起業宣言というわけだ。
(終わり)
という思いを、仕事の大義としていた時期があった。
それが悪かったとは思わない。その日々がくだらなかったとも思わない。
むしろ、素晴らしき日々だったと思う。
でも、今はそうでないと、心からそう思う。
今、オフィスにいるのは1人でも、ここに新しいメンバーがいつか来る、
まだ何も持ってないけど、頭の中にあるサービスができあがる、
まだお取引先様は少ないけど、そのうちまだ見ぬお取引先様と仕事をするようになる。
そういうまだ見ぬ何かと共にありたいと思う。
そして、そういう自分こそ、愚かしくも悲しき事業家の1人だとも、そして
世界に存在を許される事業家でありたいと強く願う。
会社は利益があって始めて存続できるのだ。その通りだ。
成長させなければ、社員の給与すらあげていくことすらできない。それも全くその通りだ。
だけどその上で、僕と会社に集うメンバーが、悲しくも切ない自己実現を追及できる、
そういうチームでなければ、僕が起業する意味など、これっぽっちもないのだ。
誤解を恐れずに言えば、僕はハウスユニットを組むように、
ロックバンドを結成するように、経営をしたい。起業をしたい。
アーティストがキャンパスに色をつけるように、サービスを作りたい。
それは自分よがりでありたいという意味ではない。
いい仕事だけをしたいというわけではない。
金儲けを重視しないというわけでない。
ただ、いつか出会ったあのアーティストのように、
その企業の、外との接点の1つ1つが奇跡である、という謙虚さをもって事業をしたい。
その奇跡と利益の積み重ねの上に、自分の生き様があるのだ、と信じて事業を行いたい。
それが、僕の生きてきた人生に対してのケジメであり、そして僕自身の限界であり、
今までの出会いに対する感謝であり、なにより唯一の出発点だと思っています。
つまり、長々と書いてきたが(ご高覧ありがとうございます)、
これが僕の起業論であり、ココラブルの起業宣言というわけだ。
(終わり)
僕的起業論 7
なんと、2ヶ月以上もの更新をさぼってしまいました。。
重いエントリーはヤメですな。
周りからは「僕的起業論」のネタがつきはじめたのではないかとご心配いただいてますが、
あながち間違いではありません。。^_^;
起業して3か月が過ぎましたが、予想通りのこともあり、予想と全く異なることもあり、
まあ面白い毎日ですが、ようやく少しづつリズムが慣れてきたようにも思います。
今は、個人事業主とほぼ変わらぬ感じですが、この3ヶ月で感じたことを少し。
【予想通りどおりだったこと】
・雑務が多くなりました
→ま、でもしょうがないので効率化すればOK
・気を抜くと情報のインプット量が減ります
→情報ネットワークをどう構築するかをまず考えるのが重要
・とにかく考える時間が多くなりました
→以前は考えてなかったのか、と・・
・華々しいビジネスモデルよりニッチな泥臭い商売に意識がいきます
→まあ、弱者中の弱者ですから
・どんなものでも拾うという意識がより鋭敏に
→意地汚い、とも言いますw
・次は人材の採用がキーであることは間違いない
→だって、今は、誰もいませんから・・・ 泣
・そして、その人財→投資→収益化のサイクルを成り立たせる基本的な財務基盤の確率が必須
【予想と違ったこと】
・予想以上にフリーダムな性格になってしまった
・予想以上に寂しがり屋だったことが判明してしまった
・予想以上にロマンチストだった
・そして、予想以上に商売が好きだった・・・
うーーん、ろくなまとめではない・・w
とにかく今は、正論の中で産まれてくる真っ当な投資判断よりも、
僕たちでしかできない事業の価値をみつけることを大切にしたいと思うようになりました。
そうそう、前回は確か、経営と自己実現と恥の話をしてて、そのまま退職のきっかけを書いたのでした。
自分でやる、ということ、自分がやる、ということ、結局僕はそれを起業という決断に求めたのでした。
そして、それはなんとも愚かしくて恥ずかしい、自己表現や自己実現でしかないということでした。
そう、だからマグマのような祈りのようなこの自我と、バランスを持つような謙虚さと規律を、
僕は持たなければいけないのだ、と思います。
表現者は作品をもって、現在のそして将来の観客に認められることによってのみ、懺悔できる。
ならば起業家はサービスをもって、現在のそして将来の顧客とメンバーのために
全てをかけることによってのみ、”存在を許される”。
「今度は、何のリベンジですか?w」
退職するとき、苦笑をもって聞かれたセリフでした。
「いいえ、今回は何のリベンジでもないんですよ」
その時、答えるセリフは、いつもこうでした。
(続く)
重いエントリーはヤメですな。
周りからは「僕的起業論」のネタがつきはじめたのではないかとご心配いただいてますが、
あながち間違いではありません。。^_^;
起業して3か月が過ぎましたが、予想通りのこともあり、予想と全く異なることもあり、
まあ面白い毎日ですが、ようやく少しづつリズムが慣れてきたようにも思います。
今は、個人事業主とほぼ変わらぬ感じですが、この3ヶ月で感じたことを少し。
【予想通りどおりだったこと】
・雑務が多くなりました
→ま、でもしょうがないので効率化すればOK
・気を抜くと情報のインプット量が減ります
→情報ネットワークをどう構築するかをまず考えるのが重要
・とにかく考える時間が多くなりました
→以前は考えてなかったのか、と・・
・華々しいビジネスモデルよりニッチな泥臭い商売に意識がいきます
→まあ、弱者中の弱者ですから
・どんなものでも拾うという意識がより鋭敏に
→意地汚い、とも言いますw
・次は人材の採用がキーであることは間違いない
→だって、今は、誰もいませんから・・・ 泣
・そして、その人財→投資→収益化のサイクルを成り立たせる基本的な財務基盤の確率が必須
【予想と違ったこと】
・予想以上にフリーダムな性格になってしまった
・予想以上に寂しがり屋だったことが判明してしまった
・予想以上にロマンチストだった
・そして、予想以上に商売が好きだった・・・
うーーん、ろくなまとめではない・・w
とにかく今は、正論の中で産まれてくる真っ当な投資判断よりも、
僕たちでしかできない事業の価値をみつけることを大切にしたいと思うようになりました。
そうそう、前回は確か、経営と自己実現と恥の話をしてて、そのまま退職のきっかけを書いたのでした。
自分でやる、ということ、自分がやる、ということ、結局僕はそれを起業という決断に求めたのでした。
そして、それはなんとも愚かしくて恥ずかしい、自己表現や自己実現でしかないということでした。
そう、だからマグマのような祈りのようなこの自我と、バランスを持つような謙虚さと規律を、
僕は持たなければいけないのだ、と思います。
表現者は作品をもって、現在のそして将来の観客に認められることによってのみ、懺悔できる。
ならば起業家はサービスをもって、現在のそして将来の顧客とメンバーのために
全てをかけることによってのみ、”存在を許される”。
「今度は、何のリベンジですか?w」
退職するとき、苦笑をもって聞かれたセリフでした。
「いいえ、今回は何のリベンジでもないんですよ」
その時、答えるセリフは、いつもこうでした。
(続く)
僕的起業論 6
経営はアートだと言われる。
つまり、経営者はアーティストだというわけだ。
僕もそのとおりだと思う。
僕の拙くて短い、経営経験(とやら)を振り返っても、経営という能力は、
科学や論理というよりも、経営者の感覚や知見が成果に結びつくという意味で、
アートに近しいのではないかと考える。
もっと言えば、この成熟した時代に起業するなんて、自己実現以外の何物でもない。
そういう意味でもアートに近いということだ。
戦後の食えない時代ならいざ知らず、今更自分で会社を興したいなんて、
単なる金儲け、社会貢献だけではなく、自己実現・自己表現の意志がなきゃやりゃしないでしょう。
なんとも、業の深いことだ。
自己実現のために起業ですって。
もう、キャーッ!!である。
社会貢献とか新しい時代へ、大河ドラマ見て熱く語るのはいいが、
そりゃもう、己の生き様をこの世界に残していきたい、というそれはもう、
熱くも悲しい自我の世界なのだ。
もう恥ずかしいったらありゃしない。
まあ、自分で勝手に言い切って恥ずかしがっていれば世話はないが、僕は思うのだ。
OK、自己表現であることは認めよう、であれば少なくとも表現者が持つべき謙虚さを、
現代の起業家は持つべきではないかって。
そう、旅で出会ったアーティストは恐ろしいくらいに皆、ストイックで謙虚でした。
「イラストレーターは、イラストを描くことが仕事なの。
アーティストって、何をするのが仕事だと思う?
難しいでしょ?w
だから、私に仕事をしてっていうオーダー、その1回1回が奇跡なの」
彼女は、香港のドミトリーの入り口一面に作品を描いてくれって宿の主人に依頼されたあと、
今日一泊分の宿泊費でねって交渉し、そう僕に言ったのでした。
彼女は徹夜で絵を描いて、そのまま早朝の便で旅立っていきました。
残されたのは、青空と雲の下で女の子がダンスしている絵でした。
僕は、彼女や彼らみたいな才能はないけれど、
こんなステップで人生をダンスしたいと強く思ったのでした。
「ストレイトストーリー」という映画があります。
デヴィッド・リンチが監督をした、爺さんが病気で倒れたお兄さんに会うために、
時速数キロの遅いトラクターにのって何百キロと離れた街まで旅を続ける、
というロードムービーです。
その中で、色々な人が爺さんをもっと早く到着できるように
手伝ってあげようとするのですが、爺さんは
「自分で行くことに決めたんだ」
と、そのままトラクターに乗っていきます。
この映画を観た時まだ二十代だった僕はこの言葉に衝撃を受けたのでした。
僕は、この数年間のイエルネットから続く、僕の転職を思い出しました。
旅で出会った多くのアーティストを思いました。
IMJで出会った、仲間と戦友のことを考えました。
そして、いくつかの試みに挫折したある夜に、自分でやろうと決めたのでした。
深夜三時でした。
(続く)
つまり、経営者はアーティストだというわけだ。
僕もそのとおりだと思う。
僕の拙くて短い、経営経験(とやら)を振り返っても、経営という能力は、
科学や論理というよりも、経営者の感覚や知見が成果に結びつくという意味で、
アートに近しいのではないかと考える。
もっと言えば、この成熟した時代に起業するなんて、自己実現以外の何物でもない。
そういう意味でもアートに近いということだ。
戦後の食えない時代ならいざ知らず、今更自分で会社を興したいなんて、
単なる金儲け、社会貢献だけではなく、自己実現・自己表現の意志がなきゃやりゃしないでしょう。
なんとも、業の深いことだ。
自己実現のために起業ですって。
もう、キャーッ!!である。
社会貢献とか新しい時代へ、大河ドラマ見て熱く語るのはいいが、
そりゃもう、己の生き様をこの世界に残していきたい、というそれはもう、
熱くも悲しい自我の世界なのだ。
もう恥ずかしいったらありゃしない。
まあ、自分で勝手に言い切って恥ずかしがっていれば世話はないが、僕は思うのだ。
OK、自己表現であることは認めよう、であれば少なくとも表現者が持つべき謙虚さを、
現代の起業家は持つべきではないかって。
そう、旅で出会ったアーティストは恐ろしいくらいに皆、ストイックで謙虚でした。
「イラストレーターは、イラストを描くことが仕事なの。
アーティストって、何をするのが仕事だと思う?
難しいでしょ?w
だから、私に仕事をしてっていうオーダー、その1回1回が奇跡なの」
彼女は、香港のドミトリーの入り口一面に作品を描いてくれって宿の主人に依頼されたあと、
今日一泊分の宿泊費でねって交渉し、そう僕に言ったのでした。
彼女は徹夜で絵を描いて、そのまま早朝の便で旅立っていきました。
残されたのは、青空と雲の下で女の子がダンスしている絵でした。
僕は、彼女や彼らみたいな才能はないけれど、
こんなステップで人生をダンスしたいと強く思ったのでした。
「ストレイトストーリー」という映画があります。
デヴィッド・リンチが監督をした、爺さんが病気で倒れたお兄さんに会うために、
時速数キロの遅いトラクターにのって何百キロと離れた街まで旅を続ける、
というロードムービーです。
その中で、色々な人が爺さんをもっと早く到着できるように
手伝ってあげようとするのですが、爺さんは
「自分で行くことに決めたんだ」
と、そのままトラクターに乗っていきます。
この映画を観た時まだ二十代だった僕はこの言葉に衝撃を受けたのでした。
僕は、この数年間のイエルネットから続く、僕の転職を思い出しました。
旅で出会った多くのアーティストを思いました。
IMJで出会った、仲間と戦友のことを考えました。
そして、いくつかの試みに挫折したある夜に、自分でやろうと決めたのでした。
深夜三時でした。
(続く)