『なんぞころびやおき さいはひよいち篇』
(28)
峠杣一日・著
私なるものは、環境の産物に他ならない。
いはゆる、宿命である。
そこに変化を加へるものが、運命。
自分で、自分の命を運ぶのだ。
好運を得る鍵は、心(みつごだま・父×母=子・未来×過去=現在・無×空=相……)にある。
文字通り、心は三つ子の合鍵なのである。
心の鍵を開く方法は、ただひとつ。
モノを敬(うやま)ふ。
姿形あるモノを、大切に扱ふことしかない。
それが心であり、命そのものの働きだからである。
つまるところ私達の存在そのものが、千引石(ちびきのいは)ともなり、天石戸(あまのいはと)ともなるのであった。
命は、死と生との境界を司(つかさど)るさいのかみであった。
私達が皆、勘違ひの迷妄(めいまう)を持ってゐるのは道理(だうり)。
いざ、心魂振(こころたまふ)り、陽(ひ)が昇る。
八岐泉(やまたのいづみ)と檍石境(あはぎのいはさか)が、十寸鏡(ますみのかがみ)と輝く。
【好い子の皆の合言葉を唱へよう♪】
〽️
いやさかえ
いのちいやちこ
さいはひよいち
まほらとこいは
みつのたま
南無あれかし大明神
南無あれかし大明神
南無あれかし大明神
つづく。