『なんぞころびやおき 天球旅情篇』① | 『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

島根県松江市東出雲町、あれかし山の峠杣一日です。
島根半島(島根島)は勾玉宝船、山陰(東方鳥取瑠璃光藥師少彦名神、西方島根極樂阿弥陀大国主神)は瑤大蛇(たまをろち)。常の理(とはのことわり)あれかし大明神鎮まる意宇の古都から常の親子(085)の物語を書いてゐます。


『なんぞころびやおき 天球旅情篇(てんきうりょじゃうへん)』


峠杣一日・著

鏡の向かふの自分と、まじまじと向き合ふ。

其処(そこ)に居(ゐ)るのは累代(るいだい)の父母、即(すなは)ち命の自(はじめ)の意(おもひ)を受け継(つ)ぎ宿(やど)した常磐(とこいは)の三つ子の魂(みつごのたましひ)に他ならない。

天球と地球、大宇宙(神仏)と小宇宙(人間)。

鏡は耀(かがや)く三つ子の魂、其の常の命(とはのいのち・永久の命)を鑑(かんが)みる働きでもあるのだ。

三つ子の魂の本質は幸ひ世一(さいはひよいち)、栄える生命である。

自分の命の神鏡(しんきゃう)と、向き合ふ。

其処に感じられる氣吹(いぶき)は、幸(さき)の弥栄(いやさか)に他ならない。

「土」(ど)は五行(ごぎゃう・宇宙の運行)の中央(要かなめ)を意味するが、其の働きは二色(ふたいろ)、常の父母(とはのふぼ・永久の父母)である。

「土」を二つ、上下に重ねても「圭」(たま)、上部と上部とで重ねても「玉」(たま)。

そんな玉なす命を生(い)く生命(八・弥栄)を、「土」(の下部と下部と)に育まれる姿と示したのが「幸」(さき)。

即ち常の現し世(とはのうつしよ・永久の現し世)、幸ひ世一である。

命の自(はじめ)の意(おもひ)の味(あぢ)はひ、実地(じっち)には家の命を生きる事が人世(じんせい・人生)の核心(かくしん・意味)となってゐるのだ。

さて夜空を見上げれば、天球の鏡に煌(きら)めく神仏の鼓動(こどう)が私達の胸に迫(せま)るだらう。


【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】

いちよあれかし、さいはひよいち。

まほらよいちそはか、南無あれかし大明神!

それでは皆々様、よいお年をお迎へ下さい。

つづく。