『なんぞころびやおき 御魂ケ島篇』(23) | 『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

島根県松江市東出雲町、あれかし山の峠杣一日です。
島根半島(島根島)は勾玉宝船、山陰(東方鳥取瑠璃光藥師少彦名神、西方島根極樂阿弥陀大国主神)は瑤大蛇(たまをろち)。常の理(とはのことわり)あれかし大明神鎮まる意宇の古都から常の親子(085)の物語を書いてゐます。


『なんぞころびやおき 御魂ケ島篇』

(23)

峠杣一日・著

「それでは皆々様、亦(また)お会ひしませう」

新年宴会(しんねんゑんくわい)が終り、筑前国(ちくぜんのくに)の竈門太子(かまどたいし・竈門山地蔵尼の息子)と心星蔵(しんのほしざう・七福神の寿老人)が帰途(きと)に就(つ)く。

太子が纏(まと)ふ御光(ごくわう・グローリー・ブロッケン現象)に包まれた甲冑(かっちう)は、其(そ)の儘(まま)心星蔵と共に月天馬(ぐわってんば)に跨(また)がって天球世界(てんきうせかい・宇宙)をも翔(かけ)る事が出来る、沖柱博士(ちゅうちゅうはかせ)の新作であった。

今回太子が遣(や)って来たのは甲冑の受け取りともう一つの用向(ようむ)きがあったのだが、其れは亦別のお話である。

「其れ程(ほど)の氣持ちが有るのなら、力を貸(か)さう」

ほっと胸を撫(な)で下(お)ろすお幽(おいう)の前で朗(ほが)らかに頷(うなづ)いて居るのは、やあ久々登場、島後(だうご)は五箇(ごか)の里に住まふ矢五郎(やごらう)と其の妻お弓(おゆみ)である。

其の名に負(お)へる弓術(きゅうじゅつ)の達人、そんな二人に憧(あこが)れるお幽の弟子入(でしい)りが此処(ここ)に許(ゆる)された。

「とすると、二人のお幽(お幽とお錚)さんは伯父(をぢ)さん家(ち)に行く事となるが、圓彦殿(まどひこどの)はどうなさる」

と聞く沖柱博士に、此処に留(とど)まって機関摩天楼羽団扇(からくりまてんろうはうちは)の完成を待ちたいと答へるつぶら天狗(てんぐ)。

そんな訳で沖柱力研究所(ちゅうちゅうりょくけんきうじょ)には、住人(ぢゅうにん)である沖柱博士とおたね、其の息子の茶柱(ちゃばしら)と帆柱(ほばしら)兄弟、博士の両親丸蔵(まるざう)とお墨(おすみ)の夫婦(ふうふ)に加(くは)へて、迴門號(くわいもんがう)の修理を待つ一日翁(いちにちをう)、孫(まご)の来迎(らいかう)と一目(かずま)兄弟、一枝(ひとえ)と三葉(みつば)の一三子(ひみこ)姉妹、そして豆鼕翁(とうとうをう)、小蛇八郎(ころちはちらう)、胡蘆駒福兵衛(ころこまのふくべゑ)の一行(いっかう)、更に鬼の拳骨(げんこつ)と河童の魔凛(まりん)夫妻(ふさい)、白鷲天狗(しろわしてんぐ)の圓彦が暮らす事となった。

亦、丸蔵の兄が矢五郎で、矢五郎とお弓の娘が鬼火のお鈴(おにびのおすず・一日翁の息子余一の妻で来迎一目一枝三葉の母)である。

お鈴は弓術を余(あま)り好まなかったので、矢五郎とお弓は此の見処(みどころ)の有る若いお幽にこそ奥義(あうぎ)を伝授(でんじゅ)せむと張(は)り切るのであった。

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【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】

いちよあれかし、さいはひよいち。

まほらよいちそはか!

南無、あれかし大明神!

つづく。