『なんぞころびやおき 女神御前篇』
⑳
峠杣一日・著
其の頃、あれかし山(あれかしやま)の峠杣屋敷(たうげそまやしき)。
地下座敷牢(ちかざしきらう)の中で鼻の下を伸ばしたまゝ端座(たんざ・正座セイザ)する、一日翁(いちにちをう)と余一(よいち)親子の姿があった。
牢(らう)の格子(かうし)の外には、一日翁(いちにちをう)の妻で余一(よいち)の母である螢火のお総(ほたるびのおふさ)が、澹々(たんゝゝ)と木太刀(きだち・木刀ボクタウ)を振ってゐる。
恰(あたか)も舞ふかの如く優雅(いうが)に振るふ太刀筋(たちすぢ)、然(さ)れど其れは木太刀(きだち)で空氣を操(あやつ)る螢火のお総(ほたるびのおふさ)必殺の剣術(けんじゅつ)であった。
忽(たちま)ち地下空間に疾風(はやて)が吹き荒れ、渦巻(うづま)きとなって座敷牢ごと二人を呑み込む。
「いつまでも、のぼせてんぢゃあないわよっ!」
今、唸(うな)る大風(おほかぜ)が鉄拳となって座敷牢に叩き込まれんとしてゐた。
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つゞく。