『なんぞころびやおき 女神御前篇』
⑨
峠杣一日・著
達磨嶋毛助(だるまじまのけすけ)を乗せて、臨時列車が木次駅(きすきえき)を動き出した。
はて、プラットホームから車窓の中を見た時には、沢山の乗車客と、確かにもう一人の毛助(けすけ)の姿があったのだ。
しかし、車内には毛助(けすけ)だけが、ぽつねんと立ち尽くすのであった。
「御乗車、有り難う御座います。
乗車切符を、拝見いたします」
何時(いつ)の間にか、毛助(けすけ)の目の前にふはりと車掌(しゃゝゝう)が立ってゐた。
恐るおそる乗車切符を差し出すと、車掌の瞳の中に浮かぶ灯火(ともしび)に切符が映(うつ)る。
「やあ、お見送りですか。
まことに、おめでたうございます」
毛助(けすけ)が乗車切符を受け取った時、列車はトンネルに差し掛かった。
すると、車掌の姿は忽然(こつねん)と消えてをり、俄(にはか)に沢山の人の氣配が立ち籠めて来るのであった。
つゞく。