『なんぞころびやおき』
(58)
峠杣一日・著
毛助(けすけ)の身の上に何があったのやら定かではないが、今や迷ひの大蛇(まよひのをろち)に呑(の)まれむとしてゐる。
私達の常の命(とはのいのち)は順行して常の理(とはのことわり)を現すがしかし、逆行して迷ひの大蛇(まよひのをろち)を生み出すのもまた常の命(とはのいのち)なのである。
此の命を如何(どう)生かすかは、私達一人ひとりの心馳(こゝろば)せに掛かってゐるのだ。
時折(ときをり)、毛助(けすけ)の体がどたんと宙に跳ね上がっては落ちる。
全身を被(おほ)ふ黒光る体毛が、忽(たちま)ち血染めに喘(あへ)ぐ。
迷ひの大蛇(まよひのをろち)などに呑まれてなるものかと、決死の氣力を振り絞ってゐるのだ。
はて何時(いつ)の間(ま)にやら、毛助(けすけ)を取り囲む木々の上には異変を察知した烏天狗(からすてんぐ)の一団が音も風も無く集まってゐるではないか。
事の成り行きにじっと目を光らせ、手に手に錫杖(しゃくぢゃう)を構へてゐる。
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つゞく。