『あれかし大明神 (扨抑物語 第二幕 100)』 | 『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

『さいはひよいち』日本古来の人生観 常の理三つ子の魂 島根半島は勾玉宝船 山陰(島根鳥取)はたまをろち瑤大蛇 あれかし山の峠杣一日・著

島根県松江市東出雲町、あれかし山の峠杣一日です。
島根半島(島根島)は勾玉宝船、山陰(東方鳥取瑠璃光藥師少彦名神、西方島根極樂阿弥陀大国主神)は瑤大蛇(たまをろち)。常の理(とはのことわり)あれかし大明神鎮まる意宇の古都から常の親子(085)の物語を書いてゐます。

あれかし大明神
~扨抑物語 第二幕 100
峠杣一日・著

百、

当たり前の世の中にしよう。

端的(たんてき)に言って、生きて居る事は一(いち)なので、一(いち)がないと辛く、つまらないのである。

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縦(たて)の環(わ)は種(たね)と稔(みのり)で、常(とは)。
横の環は助け合いで、今(いま)。
其の真ん中に常の今(とはのいま)、中今(なかいま)がある。

人には、余力が肝心要(かんじんかなめ)。

親の働きを現して行く事にこそ、甲斐(かひ)があらう。

等と金言(きんげん)を交はしつゝ、二人の老翁(らうをう)。

茅葺(かやぶ)きの庵(いほり)に、差しつ差されつ烏鷺(うろ)の手合はせ。

音蔵(おんざう)と言蔵(ごんざう)は幼馴染(をさなゝじ)みである。

庵の空には、黄金(わうごん)の天の川が横たはって居る。

「見事な輝きぢゃなう。
豆仙人(まめせんにん)達は上手くやった様ぢゃ」

言蔵(ごんざう)が言ふと、水鏡の向かふの音蔵(おんざう)が頷(うなづ)く。

何と、黄金の天の川と見えたのは無数に舞ひ降りて水田(みづた)に浮かぶ、黄葉(くわうえふ)した銀杏(いちゃう)の葉であった。

其の水面の中に、庵と銀杏の大木がしいんと映って居た…此れ、金言銀杏(きんげんいちゃう)なり。

此処は、出雲国(いづものくに)馬木(まき)の里である。

つゞく