あれかし大明神
~扨抑物語 第二幕
峠杣一日・著
四十、
月明かりの下、笛の音が聞こえる。
一管(いっくわん)、篠笛(しのぶえ)を吹く初老の男。
其の調べは風と戯(たはむ)れ、川面を撫(な)で、木々と囁(さゝや)き、月に舞ふ。
此処は神原(かんばら)、神財(じんざい)の里なり。
文字通り、祖(おや)の源(みなもと)、祖(おや)の宝で、即ち常(とは)の理(ことわり)を名(な)に負(お)ふ地である。
神在(かみあり)の祭(まつり)といふのも無論、常の理を崇(あが)め、斎(いは)ふものであった。
男は、里の神主にして笛の名手。
名を、斎角(ゆづぬ)といふ。
『斯(か)くも、逆行の幽霊船が現れるとは何事であらう。人の心が常の理を見失ひ、魂の火を吹き消さむとしてゐる』
斎角の笛は、世(よ)に一(いち)あれかしと、深く、深く夜のしゞまを染めて行く。
つゞく