あれかし大明神
~扨抑物語 第二幕
峠杣一日・著
三十九、
転何(ころびなんぞ)は、薬師堂に住み着いて居た。
展望台からの見晴らしに、大地に、星空に、一向(ひたすら)に心を鎮め続けて居た。
壺舟和尚(こしうをしゃう)の導きで、常(とは)の理(ことわり)を学んだ。
ずっと、種の儘(まゝ)で苦しんで居た命が、感涙に芽吹く。
朧(おぼろ)げにも、常の理に縁遠かった父母の悲しみや、何時(いつ)も差し延べられてゐた一(いち)の見えざる手に、氣付きつゝあった。
さて、寺を訪れる人は次々あった。
だが、壺舟和尚は無論、何(なんぞ)の姿を見る者はなかった。
いづれ、山中(さんちゅう)で彼の白骨が見付かるかも知れない。
或(ある)いは、お兆(とき)達が何処(いづこ)かへ運んだかも知れないが、ともあれ、転何は既(すで)に此(こ)の世の者ではなかった。
つゞく