あれかし大明神
~扨抑物語 第二幕
峠杣一日・著
三十八、
『これ、何(なんぞ)。転何(ころびなんぞ)よ』
誰かゞ、彼を呼ぶ。
虚(うつ)ろな目を開くと、闇夜に丸い月が掛かってゐる。
ぽつり、と月から雫(しづく)が落ち、何(なんぞ)の口に入った。
喉(のど)に沁(し)みるは末期の水(まつごのみづ)か、と目を閉ぢる。
『これ、何(なんぞ)。転何(ころびなんぞ)よ』
再び目を開きかゝると、灼熱(しゃくねつ)の炎と燃え渡る太陽が視界を埋(う)め尽くした。
目を皿にした、転何。
闇(くら)がりで良く分からないが、仏像らしき朧(おぼろ)が浮かんで見える。
仏堂であるらしい。
『まだ、生きて居るのか』
静かにさう思ひ、起き上がらんとするも、全身が重く、力が出なかった。
『また、眠りをったか』
和尚の言葉に、二人の童子が頷(うなづ)く。
つゞく