まだ傷跡は痛々しいけれど転倒の痛みは徐々に消えて今日は随分回復した。
昨夜、田村正和の追悼であってた「疑惑」を見た。見終わってため息が出た。
昭和がどんどん消えていく。やはりすてきな俳優さんだった。

(友人よりいただいた写真)
見終わりて深い吐息の梅雨じめり
◉連載小説「夏の終わり15」
寛太の冷蔵庫が泣いている…。
こんなとき、寛太はよく拳で冷蔵庫を叩いていた。寛太が叩くと冷蔵庫は叱られた子どものようにぴたりと唸ることを止めて静かになったものだが、もうそんな子ども騙しも効かなくなったようだ。セツ子も寛太の真似をして叩いてみるが、電気のうねりはますます大きくなる。
セツ子はあれから寛太の冷蔵庫を一度も開けなかった。寛太の心尽くしの料理はおそらく冷凍の雪にまみれて凍り付いているだろう。だが、セツ子は恐かった。冷蔵庫を開けて食べつくしてしまえば、もうそれで寛太とのつながりは本当に何も無くなってしまう、そんな気がしていた。なのに、どうすれば良いんだろう、この冷蔵庫の命を断たなければ騒音は夢の中までついてくる。
水槽を覗き込む。
メダカが無心に水を切るさまは、嬉々としてメダカを見つめる寛太の純朴な顔を思い出す。寛太と暮らした日々が、思いもかけぬ早さで次々と浮かんでくる。何度、諦めようとしても、セツ子はどうしても合点が行かなかった。あの一本気な寛太が突然、掌を返すように自分を捨てた理由が分からない。確かに、十二も齢が違えば若い女に心変わりすることはあるだろう。だが、それならば、きちんとそれなりの事情を話すことの出来る男だ。
あんなに大事にしていた冷蔵庫に、セツ子の好物ばかりを入れて置いて行ったこと一つ取っても、寛太に裏切られた、という感覚はどうしても浮かんでこないのだ。