こんにちは、
心理カウンセラーのりんこです。
13回に渡り、私の人生の振り返りとして
改めて、幼少期から辿りながら
自分を見失っていくプロセスと
アダルトチルドレンからの回復の様子を書いています。
こちら↓からの連続となっています。
これまでのあらすじ・・・
子どもの頃に、何度も繰り返された
両親からの暴力と支配で
いつの間にか自分を見失っていたことに
気づかないまま大人になり
15年のブランクがありながらもまた
親の言葉に支配され翻弄され
結婚し出産し、更に自分を見失っていきました。
やがて、言うことを聞かない息子に
手を焼いては、こみ上げてくる怒りが抑えきれなくなり
心理学を知り学んでいくのですが、
それでも、
母からかかってくる電話におびえる様になって
いったのです。
そして、この苦しさから抜け出すためにと
両親と絶縁するのですが、
日々、得体の知れない重苦しさに
消えたくなっていったのです。
・・・
散々、迷った挙句、
心療内科を受診することを決心し、
子どもへの思いと
この苦しみは、私が悪いんじゃないという思いを
支えにして、向かったのです。
症状を伝えると
「パニック障害」「不安障害」「不安神経症」
と病名を付けられ、
処方された薬を飲み、副作用で寝込むということを
数か月、繰り返していましたが
苦しさは、全く変わりませんでした。
これではダメだとクリニックを替え
今度は、母とのやり取りも含めて話すと
「お母さん?気のせいでしょう?」
「そんなことは、ないでしょう?」
と一掃され、虚しさと不信感で
いっぱいになりながらも、
仕方なく、また出された薬を飲んでは
やり過ごすことしか出来ませんでした。
その後、3ヶ所程
新しいクリニックを見つけては
今度こそと思い受診し、少しだけ母との出来事を話しても
誰もが、大人のあなたが今頃、お母さんのせいにしてるの?と
でも言いたげな表情のままパソコンに向き
私の心の中を診ようとしてくれない・・・
今現在の表面だけを診て、目の前の症状だけを診て
どうして、そうなったのかというの心の中を
診る医師がいないのなら
増えていく投薬だけでどうこうなるものではないのだと思うと
全く無意味だと思う様になっていました。
心理学を学び、私のこの苦しさは
両親との過去で出来ていると
そっちが真実だと確信していたからです。
けれど、
辛さの原因を知り心の仕組みを知り
何故そうなったのかというプロセスは解ったのに
どうやっても、そこから先がわからない
解決方法が解らない
抜け出し方が解らない。
やっとここまで来たのに
中途半端で投げ出された気がして、
やっとやっと小さな光が見えたのに
また真っ暗闇に投げ出された気がして、
悲しくて苦しくて悔しくて虚しくてたまらず
自分を持て余しては、また深く沈んでいきました。
そして、
沈んでいく理由が
もう一つありました。
通院には、
夫に、付き合ってもらいましたが、
いつも車で待っている夫は
こんなにも苦しんでいる私に全く、関心がなく
「どうだった?」「大丈夫?」などと
受診の結果を聞くこともなく
いつも無言で帰路に着く日々・・
この苦しさを解って貰えず、
解ろうともしても貰えず、
私の心は一人孤独の中で
余計に虚しさに包まれたのです。
せめて、側にいる誰かに、
少しでも解って欲しいこの気持ちが
宙に浮いたこの悲しみが
この分け合えない辛さが
私を余計に、孤独にしていったのです。
誰にも頼れず、
本当に、たった一人の
孤独の戦いでした。
・・・そして、
両親と絶縁してから2年程経った
8月5日 夜中の3時・・
寝ていた時に一生忘れられないことが起きました。
心臓の鼓動が激しく
顔面蒼白になって、目が覚めたのです。
・・・そうだ、
両親と絶縁したけど
そうしないと壊れそうな自分だったんだ・・
けれど、
本当は、絶縁などしたくなかったんだ・・・
大好きだったのに
大嫌いにしたのは誰?!
どうして、こんなに苦しい思いを
しなくてはいけないの・・
私は悪くないのに・・・
そう思うと、
虚しさと悲しみと怒りが
急に心の底から湧いてあふれ出し
得体の知れない震えに襲われ、
自分でも、これは尋常ではないと思い、
人は、こうして心を壊していくんだ
人の心は、こうやって壊れていくんだ
そう実感する程でした。
隣で寝ている息子を、起こさない様に
そっと部屋から出て一番離れている洗面所へ行き
襲ってくる怖さにブルブルと震え、
このままでは、
壊れてしまう・・・
このままでは気が狂って
息子のことが、解らなくなってしまう・・・
そしたら、
息子が悲しむ・・・
もう精神科に電話をして
入院させてもらうしかない・・・
そう思いながらも、
入院したら息子が私に会えなくなって
悲しむ・・・
この現状をいつか知って
息子が悲しむ・・・
と、ギリギリの精神状態の中で
両方を考えては、一人葛藤しました。
けれど、
もう、どうしようもなくなり
気が狂うよりマシ・・・
息子のことが解らなくなるよりマシ・・・
そう思い、震えながら電話帳で精神科を探し、
電話で入院させて下さいと何度も訴えたのですが、
(ホント、訴えた)
「今は、夜中だから入院できないので、
明日、改めて来てくださいね」
と言われてしまったのです。
今思えば、
後先考えずに夜中に電話をして訴えている時点で
正常な精神状態ではなかったのだと解ります。
それ程までに、追い詰めらていたのです。
・・・夜が明けるまで数時間あると思うと
余計に怖くて怖くてたまらなくなり
もう、限界・・・
もう壊れてしまう・・・
そう思うと、
急に、両親に会いたくなっていました。
こんな時でも、
両親に会いたかったのです
あんなに傷つけられたのに
それでも、両親に会いたかったのです。
今思えば、
何があっても、どんなことがあっても
それでも、両親を愛していたのだと思います
そして、同時に、
完全に依存していたのだとも思います。
夜中の3時半・・・
今、両親に電話をしたら驚いてしまう、そう思い
そのまま、必死に2時間をやり過ごし
外が明るくなってきたことを確認し
震える手で、母に電話をしました。
「会いに行ってもいい?」
そう聞くと
「どうした?すぐおいで」
と言ったのです。
ーあとがきー
8月5日・・
一生、忘れられない日となりました。
自分が、このまま壊れてしまうのではないか
息子のことが、解らなくなってしまうのではないか
そう思いながら、得体の知れない恐怖にブルブルと震え
けれど、そうなってしまったら
息子が悲しむのではないか
それだけは絶対に避けたい、そう思うことで
自分の精神をギリギリ繋ぎとめていたのです。
今思えば、
間違いなく、息子の存在がなければ
繋ぎとめることは出来なかったと思います。
何故なら、壊れてしまった方が
まだ楽になれる解放される、そう思うまでに
追い詰められていたからです。
そして、
夫は、私や息子が、
何を話しても、ほとんど関心がなく
どうして、いつも無関心なんだろう?
と漠然と思ってはいましたが、
この頃は、自分の精神を保つことに精一杯で
夫が、ほとんど感情がない自閉症スペクトラム障害
ということにまだ、気が付いていませんでした。
【第9話】に続きます。

