こんにちは、

 

心理カウンセラーのりんこです。

 

 

 

今回から13回(予定)に分けて、

 

アダルトチルドレンだった私の人生の

 

振り返りを書いていくことにしました。

 

 

 

というのも、

 

10年程前にも「回復への道・私の歩いて来た道」として

 

書いてはいたんだけど、

 

その時は心理学を学び心屋を学び、

 

日ごとにどんどん変化していく

 

自分がただただ嬉しくて、

 

 

あくまでも、自分自身の為の振り返りのつもりで、

 

思うまま吐き出すままに一日で一気に7記事を書き、

 

読み返すこともなくブログをアップし

 

それから10年・・・

 

 

 

 

今になって改めて読み返したら、

 

まだ親の洗脳や呪縛やトラウマから

 

解け始めたばかりだったため、

 

上っ面だけの文章で、肝心なことが書いていない・・

 

 

その上、文章を書くのが苦手だと自覚してはいるものの

 

余りにも文章になっていないし誤字脱字だらけなので

 

自分の振り返りのためにも

 

改めて書いていこうと思ったのです。

 

 

 

 

下書きを書きながら、

 

あんなに親との関係で苦しんでは

 

どん底を味わって

 

自分の人生を終わりにしたい

 

この世から消えたいと思っていたのに

 

人ってこんなに変われるんだ

 

親と健全に分離できるんだと

 

改めて心から思います。

 

 

 

そして、幼い頃からの親との関係が

 

良くも悪くも子どもの人生にこんなにも

 

影響を与えるのだということも改めて思います。

 

 

 

なので、

 

私の中にあるものの全てを赤裸々に出すことで

 

私の経験が、どなたかのお役に立てることを

 

心から願っています。

 

 

 

 

これから書いていくものは、

 

今の記憶と何年も前にメモしていたものとを

 

照らし合わせ確認して書いています。

 

ブログを始めた当初に下書きとして

 

書いていはいたけれど、余りにもリアル過ぎて

 

アップできなかったものも含んでします。

 

 

 

 

そして、文章の最後のーあとがきーには、

 

心理学を学んでからの振り返りもありますので

 

私と似たような経験をしているどなたかの

 

ご参考になればと思います。

 

 

 

これから13回(予定)に分けてアップしていきますが、

 

その中の2つ程、内容が内容だけに1日数時間とし

 

その後は、アメンバー設定とさせて頂きたいと思います。

 

アメンバー対象は、面識のある方

 

お付き合いのある方

 

過去にカウンセリングをお受けいただいた方

 

とさせて頂きますので

 

事前にご了承の上でお読み頂けたらと思います。

 

 

 

 

 

 

では、早速・・・

 

 

 

親とのやり取りで記憶にある一番小さい時、

 

小学生の低学年の頃のことから

 

書いていこうと思います。

 

 

 

私は活発で、よくケガをして泣いていた

 

けれど、それに対し両親は

 

「そんなもの痛くない!」と必ず言い

 

 

痛いのと解って欲しいのとで余計に泣くと

 

「えーい、この弱虫!いつまで泣いているんだ!」

 

と今度は笑ってバカにした。

 

 

 

それを悔しく思いながらもグッと我慢し

 

自分で絆創膏を貼っていると

 

「大げさだ、このガキ!」と更にバカにし、

 

私を否定し、見下してきたのです。

 

 

 

こんなこともありました。

 

私は、月刊”小学〇年生”の付録が大好きだった。

 

(型紙を切り抜いて、組み立てるもの)

 

 

けれど、難しい箇所があると父にやって貰うしかなく

 

頼めば、やってはくれるのだけれど、

 

父も、細かいことが好きな為

 

そのまま取り上げて返してくれず、

 

 

「返して!」と泣くと、

 

「それ位のことで、何で泣くんだ!」と怒鳴られ

 

それを見ていた母までもが

 

「いつまで泣いているんだ、この泣き虫!」

 

とそこに被せて来るのです。

 

 

 

「私は悪くない!!」と叫びながら歯向かうと

 

「親に向かって、反抗するんじゃない!」と今度は叩かれ、

 

これ以上どうすることも出来ず、

 

 

結局、最後には完成品を渡され、

 

この理不尽な悔しさと怒りを

 

ギュッと握りしめたままいつも終るのです。

 

 

 

 

 

 

 

こんなこともありました。

 

 

小学6年生のある夏の夜、

 

シリーズもののTV番組があり

 

それを観終わったらお風呂に入ると

 

父と約束していた時のこと

 

 

いつもは、怖い系ではないけれど、

 

その日は、たまたま怪談風のもの。

 

 

 

それを観て、とても怖くなり

 

「怖いから、お風呂に入れない・・」と伝えると

 

「約束は守れ!」と怒鳴りながら腕を掴まれ、

 

 

「入れない!」と泣きながら壁やドアに

 

必死につかまって抵抗しても

 

「親の言うことが聞けないのか!約束は守れ!!」

 

と力ずくで無理やり引きずってお風呂に連れていかれ、

 

怖さで泣きながら湯船につかったのです。

 

 

 

どんな時も、絶対に許されることの無い絶対的支配と

 

必ず最後に「敗北」が待っていました。

 

 

 

 

この頃に、こんなこともありました。

 

 

いつもの様に、怒られた日の夜

 

怒っただけでは、気がすまなかったのか、

 

家から、徒歩15分ほどの川沿いに

 

父に、捨てられに行った時のこと

 

 

 

「言うことを聞かないんだったら、

 

ここにおいていくけど、いいな!」と父、

 

私は、躊躇なく「うん、わかった」と応えたのです。

 

 

 

この時のことをよく覚えているんだけど、

 

とても冷静で、この暗闇にこのまま

 

1人になってもいいと腹をくくっていた。

 

 

なぜなら、今まで親にされてきた理不尽なことで

 

親と離れてもいいと、心の底から思っていたからです。

 

 

 

 

すると、父が私を置いて帰って行ったのだけど、

 

「今日のところは許してやる!」と途中で戻ってきたので、

 

 

私は、え?勝手に捨てに来て勝手に許すって

 

どういうこと?と思い

 

「このままで、いいよ」と返すと

 

「親の言うことは聞かなきゃいけないんだ、解ったな!」

 

と父。

 

 

 

帰らなくてもいいと心の中で決めていましたが、

 

父の言うことを聞かないと

 

また余計に罰が待っていると思うと

 

仕方なく、父の後ろをついて

 

帰ったのを覚えています。

 

 

 

 

 

こんなことばかりの繰り返し、

 

それが、私の日常だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

ーあとがきー

 

 

そもそも、

 

子どものものを、取り上げておきながら

 

怒鳴られたり叩かれたりする、

 

理不尽なやり取りの繰り返し。

 

 

 

そして、

 

確かに、お風呂に入るという父との約束を

 

破ったかも知れないけれど、

 

ちゃんと「怖いから」と理由を伝えても

 

絶対に、許して貰えなかった。

 

 

 

親が、自分の気が済まないからと言って

 

子どもに強要したりするのは、

 

やはり、目の前の子どもに問題があるのではなく、

 

それをどうしても許せないとする

 

親の方に問題があるのではないか

 

親の心理状態に何かあるのではないかと

 

親に、焦点を当てる方が間違いないと思います。

 

 

 

どちらにしても、

 

悔しさと悲しさをギュッと握りしめた

 

やるせない敗北感を、

 

この頃から、いつも心底味わっていました。

 

 

この度重なる「敗北感」から来る

 

我慢と諦めの積み重ねもベースとなり

 

私を苦しみの中へ連れて行ったのです。

 

 

 

 

そして、

 

川に捨てられに行った件ですが、

 

父は、そもそも置いていくつもりは

 

なかったのだとは思いますが、

 

今、振り返ってみても

 

その頃、私が親に対してどう思っていたのか

 

よく解る出来事だったので

 

ここに書いておくことにしました。

 

 

 

 

 

 

・・・今でも、あの川を見かける度に、

 

この時のことを思い出しては

 

あの頃「親から逃げる」「助けを求める」

 

という手段があると知っていたら

 

私の人生は、違ったのだろうかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第2話】に続きます。