こんにちは、
心理カウンセラーのりんこです。
13回に渡り、私の人生の振り返りとして
改めて、幼少期から辿りながら
自分を見失っていくプロセスと
アダルトチルドレンからの回復の様子を書いています。
こちら↓からの連続となっています。
ここまでのあらすじ・・・
子どもの頃に、何度も繰り返された
両親からの暴力と支配で
いつの間にか自分を見失っていたことに
気づかないまま大人になり
15年のブランクがありながらもまた
親の言葉に支配され翻弄され
結婚し出産し、更に自分を見失っていきました。
やがて、言うことを聞かない息子に
手を焼いては、こみ上げてくる怒りが抑えきれなくなり
心理学を知り学んでいくのですが、
それでも、母からかかってくる電話に
おびえる様にもなっていたのです。
そして、いくつか心療内科を受診するのですが、
その度に増えていくだけの投薬に疑問を感じ、
やめてしまいます。
・・・とうとうある日の夜中に
急に、気が狂う程になり
夜が明けるのを待って、
「会いに行ってもいい?」と母に電話を入れました。
・・・
朦朧としながらも息子が寝ていることを確認し
実家へ行くと、玄関で迎えてくれました。
「大好きだったのに・・・」と
私が絞り出したように言うと
「悪かった、悪かった」と母
それは、いつも毒舌の母の
精一杯の言葉だと思いました。
そして、私の顔を覗き込んで
「どうしたんだ?」と父
あの父の精一杯の言葉だと思いました。
そして、勇気を出して、
姉を呼んでもらいました
姉とは、あのことで喧嘩して依頼
10年、会っていなかったのです。
本当は、子どもの頃から大好きだったのに、
そんなこともずっと言えなかった・・
物心ついた時から、仲が悪く、
いつも私の存在を脅かす敵だとも思っていたから・・。
私は、朦朧としていたため
母と姉が付き添ってくれて
病院で点滴をうけたのです。
点滴をしてもらいながら、
こんなにも会いたかったんだ
嫌いになりたくて、嫌いになったんじゃない・・
そう、実感しました。
・・そして、その夜、私は一人
実家に、泊めて貰うことになり
生まれて初めて、自分の胸の内を
両親に伝えたのです。
何で、言うことを聞かなかっただけで
あんなに叩いたのか、
何故、私ばかり怒られなければ
いけなかったのか、
何故、私だけこんな思いを
しなければいけなかったのかと。
すると、
「いい子になって欲しかった、
そんなに叩いた覚えはないんだけどな」
と父が言ったのです。
「え?そんなに叩いた覚えがないって!?」
と私が驚きながら責め始めると
2人で目を合わせて、
「何を言ってるんだ?」と言わんばかりに
解ったような解らないような顔をしたので
この温度差は何だろうかと
とても違和感を覚えました。
朝は、両親なりに、精一杯の言葉で
謝ってくれたと思っていたけれど、
あの頃のことをほとんど覚えていないんだ
私の気持ちはやっぱり解らないんだ
解かっていないんだと思いながらも、
けれど、
また絶縁するよりは、ずっとマシ・・
あの時の苦しみを味わうよりは、ずっとマシ・・
そう自分に言い聞かせて、
元に戻った振りをして
何もなかった振りをして
上部だけの親子関係を再開したのです。
そして、無意識にまた、
あの母へのご機嫌取りも再開していました。
けれど、母はその後も、
相変わらず毒舌で冷たくて、
その時に思った感情をそのまま私に
ストレートにぶつけてくると解っていながらも、
グサリと何度も傷つく。
ならば、
もう二度と傷つきたくないからと自分を守るために
毒舌には毒舌をと考えておいた言葉も
咄嗟に来ると返せない。
なぜなら、その度に私を
呆れて見下す言葉も嫌味も捨て台詞も、
コントロールしようとしてくる言葉も
想像を遥かに超えてくるため、
歯が立たないのです。
けれど、それでも、
あまりの酷さに震えるほどに怒りが湧いて
やっとの思いで返せたとしても、
今度は、口答えをしてしまったという
重い重い罪悪感と
嫌われてしまうんじゃないかという
大きな大きな不安が残ってしまう。
落ち込んでは、腹が立つ
腹が立っては、落ち込む
それなのに、嫌いになれない
その繰り返し。
(完全に依存状態)
嫌いになれたら、どんなに楽だろう
頭の中から消えたら、どんなにいいだろう
そう思いながらも、出口がなくて
同じことを、ずっとずっと繰りかえしている
終わりのないメビウスの輪。
それでも、
母と、少しずつ距離を取れるようにはなっていながらも
心の中に、大きなわだかまりとモヤモヤを
抱えながら時間を過ごし、6年が経っていました。
母の毒舌で、操られる・・
母の機嫌次第で、操られる・・
母の機嫌次第で、
私の心がコロコロと変えられてしまう・・
母ありきの私の心・・
このままでは、
私は、母の毒舌に操られる操り人形・・・。
もう、母に振り回されるのは
ごめんだ!!
抜け出す術を、
早く、持たければいけない
一刻も早く、見つけなければいけない・・・
そう模索していた所、
TVである人をみかけるのです。
ーあとがきー
両親が、解ったような解らないような顔をした時
今まで、私が苦しい思いをしているという事など
想像もしていなかった様でした。
両親と縁を切って2年、姉と10年・・
そこに何があったのかも
何故、そうなったのかも
全く、考えてもいなかった
振り返ったこともなかった様子でした。
いつもどんな時も、私が悪い
ということになっていたので
私が勝手に怒って縁を切ったと
私が我儘だからだと
それ位にしか捉えていなかったのだと思います。
そして、
こういった親は
子どもに振るった暴力や暴言を
覚えている人は、ほとんどいません。
なぜなら、そもそも、
子どもを一人の人格を持った人間である
尊重すべき存在であるということを
認識出来ていない、理解出来ていない
あるいは、
親だから、何をしてもいいと思っていたり
所有物だと思っていたりと境界線がない
してあげている、育ててあげていると思っているため
子どもを下に見ている
また、その時の感情だけで
行動しているから覚えてない
自分のすることに
そもそも責任を持っていないから
覚えていないのです。
私も、息子を育てている時に、
これと同じでしたが、
途中で大きな違和感を覚え自覚していったのです。
そして、
特に母は、あんなに父に暴力をふるう様に
けしかけていたのに、
今では「私は一切そんなことはしていない、
お父さんが気が短くてすぐ暴力をふるう人だった」と
あたかも自分は潔白と言わんばかりに
完全に父のせいにしています。
そして、大分、温和にはなりましたが、
それでも、あの時にこう言われたけど覚えてる?
と冷静に聞いても、
「私は、そんなことは言っていない!」と
急にヒステリックにキレて返してきます。
急に、キレるということは、そこに、
「自分を守らなければいけない何かがある」
「過去の傷がある」「心の闇」
があるということ。
そもそもそこに大きな自己否定や罪悪感などを
抱えているからこそ
自分の過去を見つめることが出来ない
これ以上、罪を認めることが出来ないということです。
認めるということは、
自分をもっと下げることになってしまうので
自分を保つことが出来なくなってしまうからです。
だから、いつも目の前の自分のことしか考えられず、
自分ばかり守っているということ。
つまり、
母も、私と同じように、
子どもの頃に、親に(周りの大人に)、
守られてこなかった、
だから、今でもこうしてキレてまで
自分を必死に守る事しか出来ないということです。
母も相当、子どもの頃に、
感情を抑圧しを麻痺させ解離した
自己愛型パーソナリティなのだと
改めて思います。
【第10話】に続きます。

