数日後「スカイペガサス」では、モデル不足のため新たなモデル発掘に全力を注いでいた。

 (有望な人材は大手に流れていくもんな…うちにいるモデルの流出だけはなんとしても食い止めないと)

 そんな時、裕一郎はある案を思いついた。彼と並ぶ看板モデルだった目崎まりあの遺品をオークションに出すことだ。彼女が亡くなって一年になろうとしている。だが、親が許してくれるとはとても思えない。そして両親を説得するためにピコとそらとともにまりあの自宅を訪れた。

 

 「ピンポ~ン」とインターホンを鳴らすと、

 

 「こんにちは。急にお邪魔してすみません。このたびはご愁傷様でした。親御さんも寂しいでしょう」

 

 母の美雪は、

 「ありがとうございます。娘には随分お世話になりました」彼女は愛娘がいなくなってから、抜け殻のようにやつれていた。

 

 「突然のことですみません。彼女の遺品をオークションに出すのを考えてるのですが…例えば、読モ時代に着ていた衣装とか…難しいでしょうか」

 

 「遺品?それは困ります。形見として残したいので…」

 

 「やはり無理でしょうね。そういえば、入院中、ずっと絵を描いていたそうですが、その作品をうちの事務所で展示するのはいかがでしょうか」

 

 「それはいいですね!娘は幼い時から絵を描くのが好きで将来は画家になりたかったそうです。学生時代に何度も表彰されて、その才能と実力を認められてデビューも果たし、夢を叶えられました」

 

 「すごいですね!モデルだけでなく画家でもあるなんて!」そらは眼を丸くした。

 

 「娘の作品を見てもらえますか」と、美雪はまりあの部屋に行き、壁・本棚・机・タンス・クローゼットと至るところに彼女の絵画が飾られていた。それらを見て、裕一郎たちは固唾を飲みこんだ。

 (す…すごい…さすがプロになれる実力だけあるわ…)

 

 「こんな素晴らしい作品ばかりを部屋で眠らせておくのはもったいないです。ぜひとも我が事務所で遺作展を開かせていただきたいです!」

 すると美雪は快諾し、

 「実は個展は一度も開いたことがなかったのです。主人も楽しみにしてると思います。もし開くのであれば日時など連絡をくださいね」

 

 「はい!」裕一郎たちはまりあの絵画作品を社用車に積み込んで事務所に持ち帰った。その数は百点近くある。

 (これだけ持ち帰るとなると…積めるかな…)

 

 「お父さんもお母さんも気を落とさないように。何かあったらいつでも連絡してください」と、三人は美雪に挨拶をして事務所に戻った。事務所に着くと作品を車から降ろして、翌日から準備を始めた。

 

 数日後に「スカイペガサス」にてまりあの遺作展が開かれることが決まり、彼女の両親にも伝えた。

 

 唯子と玉恵は会場の装飾をし、入り口の立て看板は裕一郎とピコが、そらはビラを作った。

 「これでいいかな…【伝説のモデル・目崎まりあ遺作展”FOREVER”】」

 

 「素敵ですよ!僕も手伝うよ」

 

 「じゃ、ビラ配りをお願い」そらはビラ配りをピコに頼んだが一人では心細いと、

 「やっぱ、私も一緒に配るわ」彼女もいっしょにビラ配りをした。

 

 「よし!これでOKだ!」準備が終え、当日が待ち遠しくなった。

 

 そして遺作展当日を迎え、会場である「スカイペガサス」では、「EMILS」読モ仲間やファンが集まっていた。まりあの両親・姉夫婦も来場していた。

 (ビラの効果って、すごいな…)そらは満足そうだ。

 

 「親御さん、お姉さん、このたびはありがとうございます」と社長のそらがお礼の挨拶をすると両親は、

 

 「私たちはこの日を楽しみにしてました。思ってる以上に盛況してますね」と笑顔がほころんでいた。その後もにぎわいを見せ、

   

 「やってよかったです」と、ピコも喜んでいた。まりあの遺作展は、結局大成功に終わることができた。

 

 「天国のまりあさんもきっと喜んでるでしょう。今日はお忙しいところありがとうございました」

 

 「こんな素晴らしい企画を考えてくださって私たちは嬉しいです」と、両親も感謝していた。遺作展が終わり、スタッフたちは片付けに追われ、絵画作品をまりあの形見として大切にするように両親に伝えると、次の日にそら・ピコ・裕一郎の三人は作品を車に積み、返しにいった。作品を降ろし、事務所に帰ろうとした時、

 

 「あの…」両親が待ったをかけると、

 「どれかお気に入りがあったら持ち帰ってもらっても構いません。遠慮なくどうぞ」

 

 「いいのですか?」

 

 「いいですよ。たくさんあってもそんなにいらないな、って」

 (そういえば、翼の生えた白馬が満天の星空を翔ける絵があったような…)

 

 「では、これを貰っていいですか?まさにうちの事務所のイメージにピッタリです」

 

 「そうですか」

 

 「まりあさんと思って大事にさせいただきます。今日はありがとうございました」と、三人は目崎家を後にして、事務所に戻った。  

 

 

 (つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 発信先は”本命”の彼女、朝海絵麻からだった。裕一郎がサプライズ出演していたミュージカル”猫のみやこ”の主演女優だ。

 

 「実は俺…」彼は白い歯をのぞかせながら、

 「近いうちに会って、生まれ変わった俺を見てほしいんだ」と話した。

 

 「まぁ、楽しみね。私がいつも行ってる駅前のカフェでいいかしら」と、二人は数日後に会う約束をした。

 

 そして数日後、二人は絵麻が常連になっている駅前のカフェで久しぶりの再会をすると、彼女は裕一郎の変わりっぷりに驚いた。

 

 「ゆうちゃん、歯が綺麗になってる。それに歯並びも!まるで別人ね。輪郭もシュッとしてるし。それまではちょっと下膨れだったもの」

 

 裕一郎は満面の笑みで、

 「えへへへ…もうドラキュラじゃなくなったよ。でも、またサプライズがあったら呼んでくれよな」

 

 「その時になったら、役柄を考えておくわ。ドラキュラ演じられなくなったのは寂しいけど、笑う時に口元隠さなくなったから魅力爆上がりよ」

 

 「喜んでくれるだけでも嬉しいよ。人生バラ色になりそうだな。それから禁煙もしたよ」

 

 「そういえば、ゆうちゃんヘビースモーカーだったもの。よく止められたね。顔の色つやも瞳の輝きもぐっと良くなったみたい。ゆうちゃんの顔色もバラ色だよ」

 

 「ハハハ…上手いこと言ってるな。それより長年いた事務所を畳んで、新しい事務所を立ち上げたんだ」

 

 「どうして?」

 

 「トラブルがあってね。俺の専属だったスタイリストが週刊誌に取り沙汰されてね。恥ずかしかったよ。しかも奴が大事なショーもブチ壊してね。そればかりじゃない。読モからやってたモデルも先日、亡くなったんだよ」

 

 「えっ?知らなかった。私、読モのことはあまり知らないから…」

 

 「この界隈では結構名を馳せてたんだ。彼女もショーに出る予定だったけど、そのスタイリストが台無しにさせてさ。だから専属を切ったんだよ」

 

 「ひどいことをしたんだね…謝りもしなかったの?」

 

 「謝るどころか、社長はかばってたよ。あるまじき行為じゃないだろ?しかも、いきなり事務所をやめちゃって。あいつ、すぐにキレるから正直苦手だったよ」

 

 「よかったじゃない。で、新たに決まったの?」

 

 「ああ。新しい事務所の社長になった人だよ」すると、そらが二人の前に現われ、

 

 「そら、どうしたんだ?」

 

 「こんにちは。ちょっと抜け出しちゃった。たまの息抜きもいいでしょ」と、彼女は二人にいるカウンターの隣に座った。

 

 (もしかして、この人が社長…?なんかハーフというか外人というか…)

 

 「はじめまして。”スカイペガサス”の天馬そらと申します」

 

 「私は”劇団にーきゅっきゅ(299)”の朝海絵麻です。ミュージカル女優をやっています」

 

 「彼女が俺の専属スタイリストになったよ。でも外人じゃないよ。髪や瞳の色でそう見えるけど、れっきとしたニホンジンだよ」

 

 「一人前になるまでまだまだ時間がかかるし、皆の足を引っ張らないようにしなければ」

 

 「飾りっ気のない素朴な方ですね。私は好感が持てます」

 

 「だろ?努力もせず、金の力だけで生きてきた前任とは大違いだよ」

 

 「二人ともそう言ってもらって嬉しいです。ますます仕事への意欲が湧いてきました」

 

 「そらちゃんでしたっけ?これからも、ゆうちゃんをよろしくお願いします」

 

 「こう見えても我が事務所の社長だよ」

 

 「そうなんだ。若いのにしっかりしてるね」

 

 「駆け出しだから、まだわからないことだらけだし、皆に助けられながらこの事務所を育てていきます」

 

 「頼もしいですね」と、絵麻が言うと、

 

 「とてもそのレベルになるまではほど遠いですよ」そらは謙遜するが、

 

 「心配しなくても大丈夫。あなたは一人じゃないのよ」

 

 「その一言に心を打たれました。自分一人では何もできない。だから一丸となって事務所を名前の通り発展するのが私たちの願いです」

 

 「ありがとう。頑張ってくださいね。私は応援しますよ」

 

 「こちらこそありがとうございます。お互いに頑張っていきましょうね。私はこれで失礼します」と、そらは店を出た。

 

 

 (つづく)

 日々時は流れていき、「スカイペガサス」では、裕一郎が長年コンプレックスだった歯並びを直し、皆の前で口元を隠さずに笑うことができるようになると、モデル仲間はもちろんのこと、スタッフたちも喜んでいた。

 

 「俺、イメチェンしたんだ。これで人前で堂々と笑えるよ。抜いた時は痛かったし、なんかもったいない気がしたけど、生まれ変わった気分になってサイコーだね」と満足そうだ。

 

 「よかったですね。イケメンがさらにイケメンになってますよ」と、そらも大喜び。

 

 「あの歯並びのせいで随分損してたもんな。親は直す気なんて全然思ってなかったんだよ。どんだけ無関心だったか。直すのなら子供のうちにやっておけよって。そらちゃんは歯並びが綺麗だから羨ましいよ」

 

 「ま、それだけが自慢なんですけどね」

 

 「それから煙草もやめたよ」

 

 「だから歯が白いんだ。清潔感もあっていいですね」

 

 ピコとそらは、

 「やっと最高の親孝行ができたね。僕もそらちゃんも両親いないけど、天国できっと喜んでるだろうな」

 

 「私も恩返しができたわ。これからは事務所の名前みたいに二人で、いやここにいるモデルさんスタッフたちとともに、もっともっと大きくしなければ。まだまだ頑張らないと」

 

 そらの母・五美は昨年、持病の悪化と過労がたたり、急逝した。葬儀はごく身内だけでひっそり行われ、仕事関係者は呼ばなかった。彼女を知る者の話によると、昔クラブのホステスだった頃、とある外国人男性が客としてやってきた。彼は貿易商社の社員で片言のニホン語を話しジェスチャーを交えながらコミュニケーションを取ってきた。二人はやがて意気投合し、交際を始めた。その後、五美は身ごもり、娘を出産した。その娘がそらだった。しかし、彼とは入籍せず内縁関係で、そらはいわゆる”私生児”である。彼の名前は”ジャック”だったが、はっきりしていない。そして、そらが歩き始めた頃に交通事故に遭い帰らぬ人となった。

 (母さんが話さなかったのは、そのためだったんだ…私は私生児だったとは…)そらは事実を知らされると、五美が最期まで教えなかったのがやっと理解できた。父親が外国人だったこと以外、顔や名前、経歴は一切わかってないそうだ。もし、彼が生きていれば五美やそらの人生も大きく変わっていただろう。

 

 「そらちゃんのおふくろが亡くなってたって知らなかったよ」裕一郎は驚いていた。そして彼は、

 

 「ピコ、お前は随分逞しくなったな。素晴らしいパートナーも手に入れたし、大事にしてくれよな」

 

 「はい!」ピコは元気よく返事した。

 

 「みんなありがとう。あなたたちがいなければ私たちはこのまま消えていたかもしれません。あの時、皆の励ましや後押しがあったからこそ、ここまで立ち直ることができました。感謝してます」と、そらも喜びを隠しきれなかった。

 

 すると、裕一郎のスマホが鳴った。

 「ゆうちゃん、あれからどうしたの?音沙汰がないから心配してたよ」

 

 

 (つづく)