ここは百合園市ー
都心からちょっと外れたのどかな街に一軒の小さなおにぎり屋「じゃんけんぽん」がある。この店では女主人が一人で店を切り盛りしているが、人手不足に加えて借金に追われており、まさに経営危機だった。今日も彼女一人でおにぎりを作っている。しかし一向に売れず、売れ残りが出るばかりでもったいないけど処分に困っている。しかも毎月取り立て屋が借金返済の催促に来るのだが、とても払えずそのうち店を畳むしかないと考えていた。が、この店は祖父から守ってきた。何としても守らないと、の気持ちが強かった。そこにある少女と出会った。少女は住み家がなく、日雇いのアルバイトをしながら生活をつないでいる。両親は彼女が3歳の時に交通事故で他界。以後、児童養護施設で育てられ中学卒業まで過ごした。中学を卒業すると高校には進学せず、バイトをしながら生計を立てていくと決意、ネットカフェなどを住み家として安定した職を求めていた。ある日、彼女がバイトから帰る途中、見知らぬ女性から声をかけられ振り向くと、
「あなた、野絵ちゃん?」その女性は上品で落ち着いた感じだった。
(え?あなたは誰ですか?見たことがないや…)少女はきょとんとしながら女性を見つめていた。
「すみません。誰なのかわかりませんが…」
「ごめんね。いきなり声かけちゃって」少女は女性を不審者と思いこみ、
「キャー、助けて!」と叫んだ。周囲の人たちも女性を怪しい者のように見つめ、すると彼女は、
「私は怪しい人ではありません!皆さん誤解しないでください!」と言ったが、少女に、
「私のこと、覚えてる?まさか、忘れちゃったの?」
「え?知らないよ、あなたなんか」
「私ははっきりとと覚えてるよ。あなたがまだ幼かった頃にね。顔の輪郭や口元、眉の形など面影があるの」彼女は少女の特徴をつかんでいたが、少女も彼女の顔をじーっと見つめ、だんだん思い出すようになった。
「あ、もしかして絵美叔母さん?」
「あったり~!やっと思い出してくれたのね。ところでどうしちゃったの?」
「パパもママもいなくなって中学まで施設で暮らしてたの。施設を出て高校も行かずにバイトしてるんだ」
「お家は?」
「家は借家だったから、住むところなくなったんだ。ネットカフェで泊まったり公園で野宿したり…」
「公園で野宿なんて危ないよ。まして年頃で可愛いのに誘拐でもされたら怖いよ」
「うん。知らないおじさんに声かけられて連れ去られるところだったよ。怖かった」
「うちね、おにぎり屋やってるけど、一人だから忙しくて”ナントカの手を借りたい”くらいよ。野絵ちゃん、さっそく手伝いに来てくれる?」
「いいですよ。難しくない?」
「慣れれば簡単よ。私の言う通りにすればできるようになるよ。それから私と一緒に暮らさない?狭いけど部屋が空いてるよ」
「いいのですか?ありがとうございます」
少女の名前は七村野絵。17歳だ。「じゃんけんぽん」の女主人・川山絵美は野絵の叔母で、子供はいない。夫とはDVで離婚後、祖父から受け継いだ店を細々と営んでいる。
「それにお風呂もあるから」野絵は絵美との同居に喜ぶ一方で店への不安もあった。
「叔母さん…言いにくいけど、おにぎり屋って儲かってるんですか?」
「それがあんまり…しかも家賃が滞納してて…借家だし、それまでは祖父の遺産でなんとかしのいできたけど、底をついちゃって…」
「家賃が払えてないって、ヤバいですよ!そのうち追い出されるよ」
「そうね。この店もあとどれくらい続けられるか…しかもコンビニが近くにあるから、そちらに流れていく。だから売り上げも思わしくなくて…」
「場所が悪いのかも」二人はどうしたら売り上げを伸ばせるか、家賃はどうすれば払えるのかを考えているが、もし売り上げがなく家賃も払えなくなると店を畳むことを視野に入れていた。だが、食堂を営んでいた祖父の店を易々と手放せない。歩いているうちに「じゃんけんぽん」に着いた。偶然にもこの日は休業日だった。
(”じゃんけんぽん”…ここが叔母さんのお店…?)「じゃんけんぽん」は小さなおにぎり屋だが、その種類は意外に多く、看板メニューは明太子とクリームチーズのおにぎりだ。
「思ったより品数が多いですね。これだけ作るのに一人では大変でしょう」メニュー表を見て、野絵はそのおにぎりの種類の多さに驚いた。シャケや昆布、おかかといった定番はもちろん、大葉とちりめんじゃこの味噌和えやきざみアーモンドと肉そぼろといった変わり種もある。だが値段はコンビニの倍はある。
(そんなに品数あっても売れないのはどうしてだろう…高すぎるのかな…)材料費、すなわちコストがかかりすぎている割に売り上げがない。それも借金を重ねている一因だろう。
「今日はもう遅いから、明日に向けて頑張りましょ。店の朝は早いわよ」と絵美は翌日の準備に向け、野絵に夕飯を食べさせ風呂にも入らせて休ませた。
「叔母さん、おやすみ。何年ぶりだろう、この温もりは」野絵は叔母・絵美の優しさに、すんなり家族として溶けこんでいた。絵美はおにぎり用の米を研いだりなど仕込みをしていた。
(つづく)