IKEAの軽さ
南船橋でシンガポール時代の友人たちとランチをし、帰りに、一人でIKEAに寄った。
お馴染みの青と黄色の概観。
中は白で統一された、いかにも北欧っぽい清潔な空間。
入り口付近のカフェ・スタンドと食料品売り場。レジの向こうに広がるDIYの建材の空間。二階の家具売り場とカフェテリア。
IKEAの店舗の作りは、見事に万国共通だ。
数年前に何度か行った、シンガポールのアレクサンダー通りのIKEAを思い出し、懐かしくなる。
そうだ、パリのモンパルナス広場にもIKEAがあったな。
グローバルに展開するIKEAは、実にユニークな企業で、大都市に住むグローバル・ノマドにとって、なくてならない存在だ。
たとえば、学生、海外駐在員や単身赴任者。
比較的短期間で予期せぬ引越しのリスクを抱えた人々にとって、家財にそれほどお金をかけるのは、割に合わない。
安くスタイリッシュな家具、といえば、IKEAである。
IKEAの家具や什器や雑貨は、温かく、モダンで、シンプルで、しかも驚くほど、安い。
インテリアの知識などなくても、とりあえず、IKEAで調達できるだけの家財を調達すれば、それなりに調和の取れたモダン・リビングが速攻で出来上がる。
IKEAのソファ、IKEAの電気スタンド、IKEAのシーツ、IKEAの歯ブラシスタンドに、IKEAの植木鉢。
安い分、使い込んで味が出るということもなく、チャチな作りのものも多いのだが、2~3年というレンジで生活が変わっていく人々にとっては、それで十分だ。
むしろ、高価なもの、重いものは、足枷になる。
引っ越すときには、ガレージ・セールで売り、売れなくて捨てても、IKEAなら胸が痛まない。
IKEAの店内には店員の姿は稀で、すべてセルフ式で、無機的な雰囲気だ。その無愛想さや不親切さが、最初は必ずしも好きではなかった。でも、慣れればIKEAの「匿名性や自由さ(安さ=経済的自由も含めて)」が好きになった。
シンガポールでは、買い物が終わると、激安のカフェテリアで北欧式のミートボールやニシンのサンドイッチを食べた。北欧の食文化をさりげなく紹介するこうしたやり方は、ちょっと意表を突いた、楽しい仕掛けだ。
南船橋のIKEAも、店内の雰囲気も品揃えもシンガポールと瓜二つだった。
だが、そこには、シンガポールにいたときと違い、IKEAで買いたいものは何もない自分がいた。
東京のマンションは、すでに、必要な家具や什器類は揃いすぎるほど揃っている。それは、時間をかけてじっくり選んだもので、一生使い続けることができる。
そもそも、シンガポールのマンションの半分ほどの大きさだから、無駄なものを置く余裕はない。雑貨や台所用品も要らない。
そうか、もう、IKEAで買い物をする生活は終わったんだ。移動する生活は終わったんだ。もしかしたら、永遠に。
それは、結構寂しいことだった。
IKEA的生活の、軽やかさ。IKEAの安風情の家具の風景は、国境を越えた移動やコスモポリタン的生活によく合っていた。
IKEAを出て駅まで歩く途中の南船橋の景色は荒涼としていた。長引く不況からか、駅前の開発は中途半端に終わり、マッチ箱のような低層の古い団地が点在するほかは、だだっ広い空き地が広がっていた。
それは、私が逃れることのできない、日本の光景だ。
IKEAの出口を出て、そこが南船橋ではなく、アレクサンダー通りだったら、どんなに嬉しいかな、と思った。
アレクサンダー通りのIKEAを隔てたホーカーでアボガド・シェークを飲んで、肉まんを買う。クーラーの効いたバスに乗って、蛇や青い鳥がいる、シナイ山の自宅に帰る。
シンガポールの生活の軽さが、どうしようもなく懐かしい。
実際には、何も買わなかったわけではなく、赤い折りたたみ式洗濯物入れを買いました。598円。
体系的に知ること
物事を体系的に知ることの大切さを教えてくれたのは、意外や意外、この本だった
。
村上隆は、現代アートを理解するには、「(欧米で作られる)作品の(美術史上の)文脈」が極めて重要で、それが作品の商業価値にもつながっている。なのに、日本の美術界はそうしたことにあまりに無知だ、と批判している。
<文脈を知る=体系知を持つ>ことが大事だということは、古美術を習い始めたばかりの私も感じている。
元染付(中国元代に焼かれた染付けの壷など)が世界中で信じがたいほど高価なのには、具体的、歴史的理由がある。
単に綺麗だから、珍しいから、ではない。
それを知るには、まず、イギリスの20世紀の著名な中国研究家にして古陶蒐集家のデヴィッド・パーシヴァル のことを知らなければならない。
李朝磁器を鑑賞しようと思えば、柳宗悦 を知らなければならない。
その著作を読み、彼が唱えた「用の美」がどんなもので、民芸運動はどんな運動だったかを理解しないと、「骨董」は分からない。
仏像を知るには、仏教を知らなければならない。インドの仏教と、中国の仏教と、日本の仏教を。
もちろん、何も知らなくても、「これ綺麗」と感じることはできるし、「これ好き」とも言える。
でも、体系的知がなければ、作品の評価はできないし、情報発信もできない。受身にはなれるが、能動的にはなれない。
茶道具などというのは、究極で、そこは「文脈」と「約束事」しかない世界、とさえいえる。
大名物とか、千利休好みとか、香合番付だとか、宗匠による箱書きだとか、広範なバックグラウンドの知識がなければ、道具の価値はまったくチンプンカンプンだ。
というか、そもそも茶の湯は茶道具観賞のために発祥した技術だと考えれば、お茶を習う、ということそのものが、茶道具が持つ特殊な文脈、茶の湯の体系知を段階的に学習していくことにほかならない。
「美を見る目」がある人、「目利き」、などと、一般に言われていて、私はそれを、単に美的センスがある人、というようなことと思っていた。
でも、今はそれは間違いだと分かった。目利きとは、美術品の文脈について該博な知識を持っている、ということとほぼ、同義だ。
と、ここまで書いて、ふと、体系知、文脈の大切さについて今頃、語っている私って、恥ずかしい?と思った。
こんなことは、もっと若いころから当たり前であるべきだったのだ。
考えてみれば、大学こそ、体系知を学べるはずのところだった。でも、そこでは、全然、体系や文脈の大切さは習えなかった。
「政治学」専攻だったのに、アリストテレス も、ヒューム もロック も、読まないで卒業してしまった。
政治学がどんな学問で、どのようにして発展し、どのような学者が、どのような主張をしていて、その主張は大まかにどのような流れに分類できるか、といった「概観」を提示して、学ぶための「ロードマップ」を教えてくれる先生は誰もいなかった。
政治仏書では、いきなり、「戦後の独仏軍事関係」についての専門書の講読が行われ、英語の時間には、「イーディッシュ文学」の講義が行われ、社会主義経済学では、「ユーゴスラビアの社会主義政策」が教えられ、マスメディア論では、マクルーハン を読んだ。
タコツボ化された学術分野の先生方は、自分の専門分野を、文脈抜きに、いきなり、学部生に教えようとした。
それは、古美術を学ぶのに、そもそも、青磁とは何か、白磁とは何か、ということを学ばないまま、高麗茶碗 の細かい分類を学ぶようなものである。
学生は、それが面白い知識だったら、学ぼうとするが、面白くなければ、学ぶ理由が分からくなって放りだしてしまう。
文脈、体系知というものを意識しており、今学んでいることがその中でどこに位置づけられているかを理解していたら、感覚的に「面白い」「面白くない」という基準ではなく、「これを学ばないと次に進めない」と思って勉強したはずだ。
こんな感じだったから、私が大学で学んだのは切り貼りの付け焼刃な知識ばかりで、卒業したらあっという間に忘れてしまうものばかりだった。
「人生の意味」を求めて、ニューアカデミズムの哲学書などを読んでみたりしたが、これも、単なる知識の消費に終り、身につかなかった。
今思うと、やはり非は大学にあったと思わざるを得ない。
政治学を学ぶ学生がヒュームもロックも学ばないなんて、やっぱりありえない。
村上隆が現代アートにおいて語ったように、<文脈と体系知=約束事>というのは、どんな専門分野やビジネスの世界にもある。文脈を理解してはじめて、何がツボで、何がツボでないのか、何は外して良く、何は外せないのかが分かる。それが分かることで、初めて、自分の立ち位置が分かる。どちらに進んでいこうか、考えることができる。
初めて外国語の原書を読む教養課程の学生には、やはり、トックヴィルの著作や、フォークナーの小説などの、超メジャーなものを読ませ、それが、政治史や文学史でどんな位置を占めているものかを説明するべきだったのだ。極東の島のナイーブなティーンエージャーに、突然、独仏軍事関係や、イーディッシュ文学なんてオタクなものを教えるべきじゃなかったのだ。いきなり、ユーゴスラビアの社会主義政策について語る前に、やっぱりマルクスの資本論がどんな理論かを教えるべきだったのだ。
幸い、勉強は学校で終わるわけではない。
体系知の重要性を再認識した今、もう一度、ゆっくり、ヒュームやロックに立ち返るのもいいかもしれない。
物事を体系的に知る、ということが、いかに大切なことかを、もう少し、息子が大きくなったら、教えようと思う。
これが茶道具になると、
- 芸術起業論/村上 隆
- ¥1,680
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村上隆は、現代アートを理解するには、「(欧米で作られる)作品の(美術史上の)文脈」が極めて重要で、それが作品の商業価値にもつながっている。なのに、日本の美術界はそうしたことにあまりに無知だ、と批判している。
<文脈を知る=体系知を持つ>ことが大事だということは、古美術を習い始めたばかりの私も感じている。
元染付(中国元代に焼かれた染付けの壷など)が世界中で信じがたいほど高価なのには、具体的、歴史的理由がある。
単に綺麗だから、珍しいから、ではない。
それを知るには、まず、イギリスの20世紀の著名な中国研究家にして古陶蒐集家のデヴィッド・パーシヴァル のことを知らなければならない。
李朝磁器を鑑賞しようと思えば、柳宗悦 を知らなければならない。
その著作を読み、彼が唱えた「用の美」がどんなもので、民芸運動はどんな運動だったかを理解しないと、「骨董」は分からない。
仏像を知るには、仏教を知らなければならない。インドの仏教と、中国の仏教と、日本の仏教を。
もちろん、何も知らなくても、「これ綺麗」と感じることはできるし、「これ好き」とも言える。
でも、体系的知がなければ、作品の評価はできないし、情報発信もできない。受身にはなれるが、能動的にはなれない。
茶道具などというのは、究極で、そこは「文脈」と「約束事」しかない世界、とさえいえる。
大名物とか、千利休好みとか、香合番付だとか、宗匠による箱書きだとか、広範なバックグラウンドの知識がなければ、道具の価値はまったくチンプンカンプンだ。
というか、そもそも茶の湯は茶道具観賞のために発祥した技術だと考えれば、お茶を習う、ということそのものが、茶道具が持つ特殊な文脈、茶の湯の体系知を段階的に学習していくことにほかならない。
「美を見る目」がある人、「目利き」、などと、一般に言われていて、私はそれを、単に美的センスがある人、というようなことと思っていた。
でも、今はそれは間違いだと分かった。目利きとは、美術品の文脈について該博な知識を持っている、ということとほぼ、同義だ。
と、ここまで書いて、ふと、体系知、文脈の大切さについて今頃、語っている私って、恥ずかしい?と思った。
こんなことは、もっと若いころから当たり前であるべきだったのだ。
考えてみれば、大学こそ、体系知を学べるはずのところだった。でも、そこでは、全然、体系や文脈の大切さは習えなかった。
「政治学」専攻だったのに、アリストテレス も、ヒューム もロック も、読まないで卒業してしまった。
政治学がどんな学問で、どのようにして発展し、どのような学者が、どのような主張をしていて、その主張は大まかにどのような流れに分類できるか、といった「概観」を提示して、学ぶための「ロードマップ」を教えてくれる先生は誰もいなかった。
政治仏書では、いきなり、「戦後の独仏軍事関係」についての専門書の講読が行われ、英語の時間には、「イーディッシュ文学」の講義が行われ、社会主義経済学では、「ユーゴスラビアの社会主義政策」が教えられ、マスメディア論では、マクルーハン を読んだ。
タコツボ化された学術分野の先生方は、自分の専門分野を、文脈抜きに、いきなり、学部生に教えようとした。
それは、古美術を学ぶのに、そもそも、青磁とは何か、白磁とは何か、ということを学ばないまま、高麗茶碗 の細かい分類を学ぶようなものである。
学生は、それが面白い知識だったら、学ぼうとするが、面白くなければ、学ぶ理由が分からくなって放りだしてしまう。
文脈、体系知というものを意識しており、今学んでいることがその中でどこに位置づけられているかを理解していたら、感覚的に「面白い」「面白くない」という基準ではなく、「これを学ばないと次に進めない」と思って勉強したはずだ。
こんな感じだったから、私が大学で学んだのは切り貼りの付け焼刃な知識ばかりで、卒業したらあっという間に忘れてしまうものばかりだった。
「人生の意味」を求めて、ニューアカデミズムの哲学書などを読んでみたりしたが、これも、単なる知識の消費に終り、身につかなかった。
今思うと、やはり非は大学にあったと思わざるを得ない。
政治学を学ぶ学生がヒュームもロックも学ばないなんて、やっぱりありえない。
村上隆が現代アートにおいて語ったように、<文脈と体系知=約束事>というのは、どんな専門分野やビジネスの世界にもある。文脈を理解してはじめて、何がツボで、何がツボでないのか、何は外して良く、何は外せないのかが分かる。それが分かることで、初めて、自分の立ち位置が分かる。どちらに進んでいこうか、考えることができる。
初めて外国語の原書を読む教養課程の学生には、やはり、トックヴィルの著作や、フォークナーの小説などの、超メジャーなものを読ませ、それが、政治史や文学史でどんな位置を占めているものかを説明するべきだったのだ。極東の島のナイーブなティーンエージャーに、突然、独仏軍事関係や、イーディッシュ文学なんてオタクなものを教えるべきじゃなかったのだ。いきなり、ユーゴスラビアの社会主義政策について語る前に、やっぱりマルクスの資本論がどんな理論かを教えるべきだったのだ。
幸い、勉強は学校で終わるわけではない。
体系知の重要性を再認識した今、もう一度、ゆっくり、ヒュームやロックに立ち返るのもいいかもしれない。
物事を体系的に知る、ということが、いかに大切なことかを、もう少し、息子が大きくなったら、教えようと思う。
これが茶道具になると、
下半身力
古美術を勉強すると、自然の流れでお茶を習いたくなるものだ。
というわけで、いくつかの茶道教室の体験クラスに参加したのだが、いまだに、本格茶道入門には至っていない。
その理由は単純で、お稽古の2~3時間、正座を続けることができないから!
もちろん、先生方は、「崩していいのよ」とおっしゃる。でも、着物を着てお稽古する場合、現実問題として、前に足を投げ出すわけには行かないし、遠慮がちに横坐りしても、20~30分もしたら、我慢できないほどしびれてくる。
日本文化も、和室も、着物も大好きだが、椅子とベッドの生活に完全に慣れてしまったので、昔の日本人と同じ所作は出来ないのだ。
座禅、太極拳、カラリヤパットを試したときも、同じ思いをした。
東洋の武術や行法というのは、とにかく、下半身力が命だ。
座禅は、そもそも結跏趺坐を組むことから始まる。
太極拳は、股を開いて腰をぐーっと落とし、腕を前に丸く曲げて、瞑想する。
南インドの武術、カラリヤパットもまた、低い腰の姿勢で力を溜めるのが基本である。
強力な下半身というのは、膝を曲げて腰を落とした姿勢を維持することで養われる。柔軟なアキレス腱と股関節、足の裏で地面を掴む力などが求められる。
下半身を踏ん張って、上半身をリラックスさせる、というのが基本だ。
そこから、いろいろな技法が生まれるのだが、とにかく、はじめは踏ん張ることが出来なければ話にならない。
現代人にとって、下半身を踏ん張る、というのは、かなり非日常的な作業だ。
椅子のない生活、農作業、狩猟、手作業、台所作業。
昔は、どれも、屈まなければ出来なかった。だから、フツーの人が、フツーの生活を通じて、強靭な下半身を持っていた。
それに対し、インターネットを見たり、買い物をしたり、ご飯を作ったり、トイレに行ったり、ジョギングしたり、自転車に乗ったり、自動車に乗ったり。。。。
そう、現代生活は、全然、しゃがまない。
だから、現代の日本では、きちんとしゃがめないからと言って、正座も座禅もできないからといって、社会生活は不利になることは全くない。
武術が日常生活で役に立つことないし、お茶も太極拳も、好事家の趣味に過ぎない。
下半身が弱くなったことで、平均寿命が短くなったとも聞かない。
それでも、ひとたび、東洋の武術や行法を試してみると、自分の体の不器用さ、辛抱のなさ、だらしなさに唖然としてしまう。
多分、江戸時代の日本人は、今の日本人と比べると、歩き方も、顔つきも、仕草も、全く違っていただろう。生活が違っていただけでなく、身体感覚が全く違っていただろう。
昔の身体を失った代わりに、西洋的な身体を手に入れたか、というと、そうでもないし。
西洋的なアイデンティティに対する、日本人としてのアイデンティティ、などと言うけど、そもそも日本人のアイデンティティってなんだろう。。。って考え込んでしまう。
というわけで、いくつかの茶道教室の体験クラスに参加したのだが、いまだに、本格茶道入門には至っていない。
その理由は単純で、お稽古の2~3時間、正座を続けることができないから!
もちろん、先生方は、「崩していいのよ」とおっしゃる。でも、着物を着てお稽古する場合、現実問題として、前に足を投げ出すわけには行かないし、遠慮がちに横坐りしても、20~30分もしたら、我慢できないほどしびれてくる。
日本文化も、和室も、着物も大好きだが、椅子とベッドの生活に完全に慣れてしまったので、昔の日本人と同じ所作は出来ないのだ。
座禅、太極拳、カラリヤパットを試したときも、同じ思いをした。
東洋の武術や行法というのは、とにかく、下半身力が命だ。
座禅は、そもそも結跏趺坐を組むことから始まる。
太極拳は、股を開いて腰をぐーっと落とし、腕を前に丸く曲げて、瞑想する。
南インドの武術、カラリヤパットもまた、低い腰の姿勢で力を溜めるのが基本である。
強力な下半身というのは、膝を曲げて腰を落とした姿勢を維持することで養われる。柔軟なアキレス腱と股関節、足の裏で地面を掴む力などが求められる。
下半身を踏ん張って、上半身をリラックスさせる、というのが基本だ。
そこから、いろいろな技法が生まれるのだが、とにかく、はじめは踏ん張ることが出来なければ話にならない。
現代人にとって、下半身を踏ん張る、というのは、かなり非日常的な作業だ。
椅子のない生活、農作業、狩猟、手作業、台所作業。
昔は、どれも、屈まなければ出来なかった。だから、フツーの人が、フツーの生活を通じて、強靭な下半身を持っていた。
それに対し、インターネットを見たり、買い物をしたり、ご飯を作ったり、トイレに行ったり、ジョギングしたり、自転車に乗ったり、自動車に乗ったり。。。。
そう、現代生活は、全然、しゃがまない。
だから、現代の日本では、きちんとしゃがめないからと言って、正座も座禅もできないからといって、社会生活は不利になることは全くない。
武術が日常生活で役に立つことないし、お茶も太極拳も、好事家の趣味に過ぎない。
下半身が弱くなったことで、平均寿命が短くなったとも聞かない。
それでも、ひとたび、東洋の武術や行法を試してみると、自分の体の不器用さ、辛抱のなさ、だらしなさに唖然としてしまう。
多分、江戸時代の日本人は、今の日本人と比べると、歩き方も、顔つきも、仕草も、全く違っていただろう。生活が違っていただけでなく、身体感覚が全く違っていただろう。
昔の身体を失った代わりに、西洋的な身体を手に入れたか、というと、そうでもないし。
西洋的なアイデンティティに対する、日本人としてのアイデンティティ、などと言うけど、そもそも日本人のアイデンティティってなんだろう。。。って考え込んでしまう。