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ネオコンの論理

周回遅れでイラク戦争に興味を持ち、ロバート・キーガンの「ネオコンの論理」を読んだ。
ネオコンの論理/ロバート・ケーガン
¥1,575
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すでに911同時多発テロから10年以上が経過した。

これは2003年に出版された9年前の本だ。「ネオコン」はすでに過去の遺物なのか、邦版はすでに廃刊。アマゾンでは中古でしか買えない。

私は外交や軍事の本を読むのがわりと好きだ。

だが、そうした世界は、サラリーマンや主婦の日常からはあまりにかけ離れているゆえ、正直、読んでいる途中に、「それがどうした。どうせ自分の人生には関わりはない」という気分になることも多い。

ところが、この本、妙に生々しく心に響いた。

邦題が示すとおり、キーガンはコテコテのネオコン精鋭の論者だから、当然、アメリカによるイラク戦争を擁護する。

そして、多国間協調、話し合いによる解決を目指すヨーロッパ、好戦的なアメリカを攻撃するヨーロッパをコテンパンに批判する。

どのようにヨーロッパを批判するかというと、「ヨーロッパは軍事力がない。軍事力を持つ気もない。アメリカに守ってもらっている。そういう輩が、身を張って世界で戦うアメリカに文句言う資格はない!」と言うのである。

キーガンは、自らの正義を信じ、覇権を拡張し続けることこそが建国以来のアメリカの国是だ、という。

そんなの当たり前じゃないか、知らなかったのか?と言う。真珠湾攻撃や911テロは、そうしたアメリカが一貫して持っている本質的体質が顕現するためのさまざまな契機の一つに過ぎなかった、とさえ言う。

それは、「ドラえもん」において、のび太を苛めるガキ大将ジャイアンに、優等生しずかちゃんが、「弱いもの苛めはやめなさい。暴力使うあなた悪いわよ」、と言うにに対し、「うるせー!俺は強くて正しいんだ!くやしかったらお前も強くなって戦えよ!」と言うような、実に見も蓋もない構図である。

ライオンシティからリバーシティへ


しずかちゃんは、女で、腕力ではジャイアンに叶わない。だから、しずかちゃんは、理屈や、笑顔や、誘惑や、道徳や、そういったものを盾に取って、他人に影響を及ぼそうとする。

しずかちゃんはそうした自分が正しく、ジャイアンは間違っている、と信じている。彼女はそうしたやり方で自分の身を守ろうとするのは、本質的に自分が弱いからだ、というロジックに無自覚なのである。

キーガンの本を読むと、所詮、国際関係は人間関係の延長にある、という風に感じられる。

そう、人間関係の根幹には、「力関係」がある。

収入格差による夫と妻の家庭内の力関係。

大メーカーと下請け企業の力関係。

人事権を握る上司と部下の力関係。

正社員と非正規社員の力関係。

世の中には理屈があり、規則があり、道徳がある。

学校では、そうしたものが社会を作っている、と習った。

でも、実社会に出ると、人間同士の世界は、パワー競争、生々しい弱肉強食の世界だと思い知る。理屈やルールや道徳は、そうした力同士の仁義なき競争によって社会が破滅に導かれないように、生まれたものだということが分かる。

高校生時代、欧州列強によるアジア・アフリカの植民地支配を高校生の世界史で習ったとき、こんなことをするイギリスやフランスは、本当に酷い国だ!と憤り、こんな時代が終わって本当に良かった、と思った。

だが、その後、実社会に出ると、「万人の万人による戦い」、や、「なぜ、弱いアジアが強いヨーロッパに支配されたか」、「屈服するとはどういうことか」ということが肌身に染みて理解できるようになったし、弱肉強食の時代は今も全く終わっていないということも分かるようになった。

比較的秩序だった、道徳とルールが支配する職場もあった。とんでもないジャングルの無法地帯のような職場もあった。

理屈が通じる人もいた。通じない人もいた。

そして、自分が強い、と感じられたときには、ジャングルの無法地帯を好み、弱い、と感じられたときには、道徳とルールが支配する場所を好む自分がいた。

道徳とルールを過剰に盾にしたがる人はパワーが足りない人だ。

パワーのためのパワーは意味がないとしても、パワーを増す努力をすることは、大人にとって健全な人間関係と自尊心を保つ上で必要なことである。

そして、パワーが欠けているとしたら、まず、自分にはパワーがないという事実を直視し、どうしたらパワーを獲得できるかを考えなければならない。

そうしたことに気づかせてくれた本書は、ちょっと恐ろしいが、悪い本ではなかった。








フランスで学んだシンプル・リラクゼーション

23歳から25歳まで行っていたフランスの学校の2年間は、「トンでもない詰め込み」学校だった。


法律、哲学、会計、国際関係、経済学。とにかく、どんな科目でも、「10分間エクスポゼ」という独自のスタイルのプレゼンテーションが課された。


たとえば、「フランス税制における特別減価償却について述べよ」「コソボ紛争におけるアメリカの行動と多元主義について」といった課題を与えられる。


それについて、数日間、準備したあと、クラスでぴっちり10分で口頭発表する。


まあ、ある意味、普通のプレゼンなのだが、そこは、理性を重んじるデカルトの国。


10分のエクスポゼは、「A 主張」「B 反論」の半分に分け、5分ずつ論じられなければならない。


さらに、「A 主張」は、「A 主張① 主張②」の二つに分けて論じ、「B 反論」も、「反論①、反論②」に分けて論じられなければならない。


つまり、プレゼンには2分30秒のパーツを四つ作って構成する。そうしたプレゼン全体を、きっちり9分30秒から10分30秒のあいだで行わなければならない。


内容、長さ、構成、話し方。全てが採点の対象になる。週に2~3本のエクスポゼの点数の合計に、期末の筆記試験の成績を加え、進級できるかどうかが決まる。


一つのエクスポゼが終わると、ヘトヘト。でも、休む間もなく、次のエクスポゼの準備をしないといけない。


フランス人の学生は、プレゼンに小学生のときから慣れている。だから、知っていること、知らないこと、理路整然としたプレゼンが実に得意。

その半面、
彼らは運動オンチだった。

 フランスは知力偏重だから、たいていの秀才は運動オンチなのだ。

秀才たちの運動不足を憂いてか、その学校には必修の体育の時間があった。ところが、その体育、日本の体育に慣れた私には、体育と呼べるようなものではなかった。最後の1年間は、身体を動かすことすらなくなり、とうとう、「リラクゼーション」だけになってしまった。

ところが、そのリラクゼーションが、素晴らしかったのだ。

床に20人ほどの学生が寝ころがり、電気を消し、深呼吸して、手、足など、一箇所ずつ、息を吐きながら脱力していく。脱力しながら、身体の感覚を感じ、空気を感じたり、感覚を鋭敏にしていく。

そこには、議論も、競争も、点数もない。

それは、いつしかリラクゼーションは、学校で私が一番、好きな時間になった。

あるいは、そこで学んだシンプル・リラクゼーションは、その学校が私に教えてくれた最高のことだったかもしれない。

勉強するとき、私たちは、とにかく、まず、頭に活字=情報を詰め込む。頭にいっぱいの活字の中から概念を作り出し、その概念を操作する。

コソボがどんなところか知らなくても、当たり前のようにコソボ紛争を語った。減価償却なんて匂いも形もないものも、概念を積み上げていくことで、実在する何かだと感じられるようになった。

そのために前頭葉をフル活動させ、目を酷使し、肩に力を入れる。集中する。歯を食いしばった。一点にフォーカスし、過去の記憶を引き出したり、演繹して将来を予測したりした。

リラクゼーションは、その反対だ。

呼吸をゆっくり、深くする。瞳孔を広げようとし、目の奥の神経を緩める。身体の全ての部位から余計な力を抜く。口の中に空間を作り、歯の間に空間を作ろうとする。外界の空気を感じる。特定の対象を一生懸命感じようとするのではなく、自分を取り巻くすべてのものを、何となく、感じようとする。

何かを考えようとするのを止め、逆に、頭の中に浮かぶ内容をボンヤリと観ようとする。「今、そこにいる自分」の全てを、ひたすら具体的に感じようとする。

そうしたリラクゼーションのあとは、ものすごく身心がリフレッシュされることを知った。

もしかしたら、学校で学んだシンプル・リラクゼーションのおかげで、「干からびた概念で頭がいっぱいのお化け」にならないで済み、苛酷な世間を生きるなかで鬱病や自律神経失調症にも罹らないで済んだかもしれない。

人生でなにより大切なものが、健康だとしたら、私は何より、その後、数十年の健康のための元を、そのフランスの学校の体育の先生に貰ったことになる。

社会的に有名なスター講師の多いその学校で、その体育の先生は、無愛想で地味で目立たない中年の女性だった。

もう、卒業してから20年近くになる。

多分、もう一生、会うこともない、その体育の先生に、merciと言おう。




佃島での水のある生活

佃島は<リバーシティ=川の町>だ。

東京は海に面した街なのに、実際に水が身近な場所は意外と少ない。

日本橋はこんな状態 だし。

そんななか、東京湾に浮かんだ島、佃島は特異な町だ。

佃島からは、どこへ行くのも橋を渡らないと行けない。

水に囲まれているだけでなく、町のなかに沢山、水路がある。

豊洲やお台場のように海に浮かんでいるのではない。

町が水にとり囲まれているのだ。だから、再開発されたとき、リバーシティと名づけられたのだろう。

12年前、友人に誘われてリバーシティの公団住宅募集を冷やかしにいった私は、水の多いこの町に一目ぼれ。応募し、抽選に当たって、この町に住み始めた。

その後、一旦は離れて他の町に住んだが、2年前、この懐かしい町に戻ってきた。

イタリアのベニスやスリランカのキャンディ。

これまで訪れた沢山の場所のなかでも、水が多い町に惹かれた。
ライオンシティからリバーシティへ

シンガポールで住んでいたシナイ山も、やっぱり水路に面していて、マンションには大きなプールがあった。

水は心に必要な潤いを与えてくれると思う。

熱した心を中和してくれるし、乾いてささくれ立った心を癒してくれる。

水を越えて吹く風は冬でも気持ちがいい。太陽の光があたった水面はキラキラして綺麗。

今日から2月。

寒さが緩んだ今朝、佃島の氏神、住吉神社 の手水鉢の水が光に当たってヌメヌメと輝いていた。

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