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coarato  見えない手をつないで

シングルマザー歴15年。子育てと仕事に励む中、最愛の娘を突然亡くしました。今も揺れる心を言葉にしています。

ただまた会えると信じて。

学校で見せる顔、家で見せる顔――どちらが本当の息子なのか分からない時

 

 

昨日、息子のカウンセリングがあった。

 

そのあと、息子が、私がカウンセリングの一連のことを知らないという状況だったので、私は養護教諭の先生に誘導されながら学校へ向かった。

 

息子は学校の補習授業のあと、まだ夕方まで学校にいたからだ。

 

息子に内緒の面談。胸がドキドキした。

 

「今、私がしていることは合っているのだろうか」 「息子のあの言葉は、何を意味しているのだろうか」

頭の中で何度も繰り返していた問いを、ようやく口にする時間がやってきた。

 

 


 

学校で伝えたこと

 

養護教諭の先生を前に、私は正直に話した。

 

「5月に娘を亡くしてから、息子は私を支えようと、生徒会も受験も必死に頑張ってきました。

 

でも進路が決まった今、張り詰めていた糸が切れたようで……学校で『サイコパス』とか『殺意』とか、そういう極端な言葉を口にするようになったと聞いて、心配で」

 

言葉にしながら、自分でも驚いた。 こんなに不安だったんだ、私。

 

「夜勤もなくして、できるだけ寄り添うようにしています。

 

昨日も久しぶりに二人で食事をして、散髪にも行きました。『かっこいいじゃん!』って笑い合えたし、L菜にアイスも供えました。クリスマスケーキも一緒に食べて……」

 

そこまで話して、ふと気づく。

 

「学校で見せる不安定な姿と、家で見せる優しい顔。どちらが本当の彼なのか、私には分からなくて」

 


一番聞きたかったこと
 
 
 

「今、私は彼に対して『否定せず、ぼーっと見守る』ようにしています。これで合っていますか?」

これが、私の一番の問いだった。

 

それから、もう一つ。

 

「息子は『ソシオパス』とか『サイコパス』とか、そういう言葉を気にしているみたいで……。共感できない、協調性がない、って。私の子育ての結果なのかなって、漠然と思っていたんです」

 

声が少し震えた。


専門家が教えてくれたこと
 
 

養護教諭の先生は、静かに、でもはっきりと言ってくれた。

 

「それは性格や特性でもあるし、偏見もある。でも、意識しすぎると疲れます」

 

「共感できない、協調性がないって気にしているということは、ちゃんと自覚している。言語化していないだけのこと」

「現段階では、自傷行為や危険な感じではなく、緊急性もありません」

 

ああ、そうなんだ。 緊急じゃないんだ。

 

「葛藤がある」ということは、「良心が働いている」ということ。

 

この一言が、私の胸にすっと入ってきた。

 


「ソシオパス」かどうかの見分け方
 
 

ここで少し、専門的な話を。

一般に言われるソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)というのは、

  • 他人への共感がほぼない
  • 罪悪感がなく、他人を平気で利用する
  • 自分の行動を問題だと思わない

といった特徴が長期間・一貫して見られ、しかも本人に葛藤がほとんどない状態を指す。

でも、息子は違った。

 

「葛藤がある」「悩んでいる」「気にしている」

これはむしろ、

  • 冷酷だから悩まない → ソシオパス傾向
  • 悩んで苦しんでいる → むしろ逆

ということ。

つまり、「自分はおかしいかもしれない」と不安になれる人は、共感や良心がちゃんと働いている人なのだ。

 


グリーフケアの豆知識:「遅れてくる喪失反応」
 
 

実は、大切な人を亡くした後、悲しみはすぐには来ないことがある。

特に、

  • やるべきことがたくさんある人
  • 責任感が強い人
  • 周りを支えようとする人

は、喪失の痛みを後回しにして、目の前のことを優先する

 

そして、すべてが一段落した後――受験が終わった後、進路が決まった後――一気に感情が溢れ出すことがある。

これを「遅れてくる喪失反応」という。

涙や落ち込みだけでなく、

  • 怒り
  • 無気力
  • 投げやりな態度
  • 冷たく見える言動

として現れることも多い。

息子は今、まさにその渦中にいるのかもしれない。


息子に起きていること
 
 

養護教諭の先生は続けた。

 

「感情の扱い方が分からない。怒り、無力感、罪悪感が混ざっている。『どう振る舞えばいいか』分からず、不器用に出てしまう」

「男の子や男性は、言葉で悲しみを出せない。代わりに態度、沈黙、反発で表すことがとても多いです」

 

ああ、そうか。 彼は、悲しみを言葉にできないだけなんだ。

 


カウンセラーが言ったこと
 
 

カウンセリングの先生からは、こんな言葉ももらった。

 

「まだ8ヶ月です。あなたはまだ、ぼーっとしていい時期です」

 

8ヶ月。

 

世間では「もう8ヶ月」かもしれない。 でも、喪失の時間は、そんなに早く進まない。


私も、まだぼーっとしていていいんだ。

 



もし息子が「自分は異常だ」と言ったら
 
 

先生は、こんなアドバイスもくれた。

 

「もし本人が『自分は異常だ』と言い出したら、こう伝えてください」

「気づけなくてごめんね。話してくれてありがとう」

 

そして、

「あなたが感じていることは、決して異常じゃない」 「自分の内面に気づけているのは、むしろ成長の証拠」 「一緒に考えていこう」

 

否定しない。 評価しない。 受け止める。

それが、今の私にできることなんだと思った。

 


帰り道、コウペンちゃんが揺れていた



 

面談を終えて、帰省してきたC菜を迎えに行った。

 

家に帰ると、L菜の部屋にあるコウペンちゃんが、いつもにも増して元気に揺れていた。

 

まるで、みんなの再会を喜んでいるかのように。

「C菜が帰ってきただけで、喜びすぎ(笑)」

 

そう思いながら、少しだけ笑えた。

L菜も、きっと喜んでいるんだろうな。

 


まとめ:あなたが不安になるのは、愛情の証拠
 
 

「ソシオパスかもしれない」 「私の子育ての結果かも」

そう不安になるあなたは、真剣に息子さんと向き合ってきた証拠です。

 

無関心な親は、そもそも自分を責めません。

今、息子に起きているのは、

  • 燃え尽き症候群
  • 遅れてきた喪失反応
  • 感情の扱い方が分からない状態

性格でも、異常でも、あなたの子育てのせいでもない。

「否定せず、ぼーっと見守る」

それで合っています。

 


 

 

同じような気持ちを抱えている方がいらっしゃったら――

あなたも、あなた自身を責めないでください。

 

子どもが葛藤している時、 親も葛藤していていい。

 

ぼーっとしていていい。

それでも、そばにいる。 それだけで、十分です。

 


L菜へ

 

 

コウペンちゃん、またあんなに揺れてたね。 みんなが帰ってきて、嬉しかったんだね。 L菜も一緒に喜んでくれてたかな。

ありがとう。

もうすぐ「8ヶ月」になるよ。長いようで短いね。L菜、待っててくれてありがとう。

家族みんな、まだ不器用だけど、ちゃんと進んでるよ。見ててね、L菜。


 

    

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「嘘は嫌い」な私が、息子に優しいほらを吹く理由

 

 

昨日はクリスマスイブ。

 

終業式に続いて、息子と穏やかな時間を過ごすことができた。

 

朝、職場の朝礼でみんなに話をした。

 

師長さんは「言わなくてもいいよ」って言ってくれてたんだけど、私が気にするから言いたいって。そう前に伝えていたから。

 

「おはようございます。私事で申し訳ありませんが、5月に娘を亡くしました。

その影響で、今も気持ちや体調が不安定なことがあり、師長さん・主任さんと相談のうえ、夜勤や担当患者さんを外していただくことになりました。

皆さんにはこれまでたくさん支えていただき、本当に感謝しています。

今後も体調によってはお休みをいただいたり、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、引き続きサポートをお願いできたらと思います」

 

ってね、朝に時間のない朝に考えて、シチュエーションして望んだんです。

 

で、どうなったって?

 

どうもならない爆  笑

 

だから、と言って、「わかったよー」とか「大丈夫だよ」とか、何もなくて。

 

だけど、まぁいっかって。そんなもんだよな~って仕事を開始した。

 

なんだか、仕事の負担が軽くなりすぎて、楽になりすぎて。

 

帰ってからいつもの倍 疲れてしまった。

 


 

 

帰りにクリスマスケーキを取りに行ったら、すごい行列で。

 

なんだか最近、行列にばっかり並んでる気がする。

 

あの宝くじ、そしてクリーンセンターの行列。

 

そして今回。

 

並びながら、ふと思った。「待つ」って、悪くないなって。

 

立ち止まって、ただそこにいる時間。

 

考える余裕も生まれるし、焦らなくていい。急がなくていい。

 

行列の中で、私はただ「今日はクリスマスイブなんだな」って感じていた。

 


 






家に帰ったら、宝くじをコウペンちゃんの後ろに刺していたおかげで、コウペンちゃんが動いてないことに気づいた。

 

やっぱり欲は良くないね(笑)。

 

でもね、そのあとちゃんと揺れ始めたんだ。

 

これは宝くじとは関係ないのか? なんて思いながら、揺れるコウペンちゃんをうれしそうに眺めている私がいる。

 


 



夜、息子と一緒に買い出しに行って、彼のリクエストで豪華な食卓に。

 

かわいい動物のケーキ、チキン、山盛りのポテト。いつもは飲まないジュースも特別に用意して、二人で「おいしいね」と穏やかな雰囲気で食べた。

 

この賑やかな食卓を、お姉ちゃんもきっと一緒に囲んでいたと思う。

 

あの子にもケーキを飾った。


チキン🍗とジュース、お寿司も添えて。

 


 

 

買い出しには予約していたチキンを取りに行くのもかねて息子とコンビニへ住民票を取りに行った。

 

息子の一人暮らしに向けて、隣で見守りながら彼自身に操作をしてもらった。

 

「自分でできた」という経験が、彼の自信に繋がってほしい。

 

そして、明日のカウンセリングの話。

 

一度は彼が「車校があるから」って嘘(ほら)をついて避けようとしたけれど、先生との連携で無事に時間を調整できた。

 

嘘をついてまで避けようとするのは、彼がそれだけ自分の心と真剣に向き合おうとして、怖がっている証拠。

 

私は相変わらず「知らないふり」を通しているけれど、それは彼を信じて守るための、私なりの愛情の形だと信じたい。

 

私は知らない顔をして、「明日、おにぎり作るね」って言った。

 

話をするのに向かって、お腹が空いたらかわいそうだから。

 

相変わらず、先生と私の、彼に気づかれずにカウンセリングを行うミッション計画は、継続中。

 


 

嘘はつくな、ほらは吹いた方がいい。

 

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この言葉を、私は信じよう。

 

「嘘は嫌い」な私だけど、今は「優しいほら」で彼を包んであげよう。

 

グリーフケアには「protective lying(保護的な嘘)」という考え方がある。

 

相手を守るため、傷つけないため、あるいは今はまだその時じゃないから―そういう理由でつく嘘は、「愛情」の一つの形なんだって。

 

もちろん、それが正しいかどうかなんて、私にもわからない。

 

でも今は、息子が自分のペースで心と向き合えるように、私は「知らないふり」をしていたい。

 

それが、今の私にできる精一杯の愛情だから。

 


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夜、10時を過ぎても、息子の部屋から声が聞こえる。

 

いつもロングスリーパーの彼が、まだ起きている。

 

あれは笑い声?

独語じゃないよね?

しゃべってるよね?

 

なんて、私は疑いたくなる自分もいる。

 

考えてもしょうがないから、明日にしよう。

 

今日、あの子が見せてくれた晴れやかな表情を信じて、明日はありのままの気持ちを先生に伝えてこよう。

 


 

 

そういえば、明日、C菜が帰ってくるんだった。

 

インハイが予想に反して終わってしまったから。

 

元気いっぱい動いてるんだよね。

 

久しぶりに、家の中が賑やかになる。

 


 

まとめ

 
 

クリスマスイブの夜、私は気づいた。

 

「嘘」と「ほら」のちがいを。

 

嘘は相手を欺くけれど、ほらは相手を包む。

 

嘘は自分を守るけれど、ほらは相手を守る。

 

今の私には、息子を守るための「優しいほら」が必要で、それは決して悪いことじゃないんだって。

 

同じような気持ちの方がいらしたら―。

 

自分を責めなくていい。完璧じゃなくていい。

 

悲しみを抱えたまま、それでも誰かを愛そうとしている私たちは、十分に頑張っている。

 

明日は、おにぎりを作ろう。

 

息子のカウンセリング、私のカウンセリング、そしてC菜の帰宅。

 

きっと、また少し違う一日になる。

 


 

L菜へ

 

 

 

「今日、C菜が帰ってくるんだ。L菜も、きっと一緒に喜んでるよね〜。  

 

メリークリスマス。私たちとL菜のクリスマス。」

 

 


 

    

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L菜の匂いがしない日に、タイヤを替えた話

 

 

 

昨日は、久しぶりに図書館へ行きました。

 

いつもはL菜の匂いを頼りに本を選ぶのに、今日はその香りがしなかったんです。

 

少し戸惑って、思い出の場所である2階の児童書コーナーへ向かいました。

 


 

L菜と過ごした、あの場所

 

 
 

そこは、L菜が小さな頃から通っていた場所。

 

本が好きで、受験のときには自習もしていた場所。

 

母として過ごした時間が、静かに残っている場所。

 

足を踏み入れると、記憶が静かに蘇ってきました。

 

 


 

 

 

そこで最初に目に入ったのが『火の鳥』だったんです。

 

手に取って、なんとなく「これかな」って思いました。

 

今日は4冊、本を借りました。

 

荒れている息子のこと、2月から実習が始まる双子の姉C菜のこと、そして何より、L菜を思いながら選んだ本たちでした。

 

 


 

それでも気づいたんです。

 

今の私をいちばん助けてくれる「グリーフの本」が、ここにはないということに。

 


 
グリーフの資料は、少なすぎる
 
 
 

グリーフに関する本は、確かに存在していました。

 

でも、その本は悪性腫瘍の患者さん、ターミナルの経過を主にしているものでした。

 


 

こんなにつらい自分を助けてくれる本がない。

 

私は思いました。

 

「何なら私が本を書こうか?」

 

いやいや。グリーフの話は難し過ぎる...

簡単に思ってしまった自分。そんなことできるわけがないとすぐに後悔しました。

 


 

本を書くのは難しすぎる。

 

なぜなら、家族構成も生活環境もその人の生き方も、人格も、価値観も違うから。

 

誰かの経験が、そのまま自分に当てはまるわけじゃない。

 

誰かの言葉が、そのまま自分を救ってくれるわけじゃない。

 


 

私が一番必要としているグリーフに関する資料がない。

 

その図書館だけかもしれません。

 

でも今日、私が感じたのは、そういう現実でした。

 


 

 

 

 

 

だから今日は、「グリーフの本」ではなく、L菜が好きだった場所で、心が動いた本を選びました。

 

それでいいんだって、自分に許可を出したんだと自分に言い聞かせて。

 

 


 
火の鳥が教えてくれたこと
 
 

夜、お風呂に入った後に『火の鳥』の絵本を読みました。

 

手塚治虫さんの『火の鳥 鳳凰編』を子ども向けに作られた絵本です。

 

最後に、こんな言葉が書いてありました。すごく印象的でした。

 

「火の鳥は、あなたが元気にいることを望んでいるのです」

 

 

この言葉が、胸に深く残りました。

 

元気にいること。

 

それは、「頑張って笑顔でいること」じゃなくて、「生きていていいよ」という許可なんだって思ったんです。

 


 

悲しみを抱えたままでも、揺れながらでも、立ち止まりながらでも。

 

生きていていい。

 

火の鳥は、そう言ってくれている気がしました。

 


 
タイヤを替えた日
 
 

今日は、タイヤ交換にも行きました。

 

以前は、L菜を乗せて走ったタイヤを替えることができなかったんです。

 

あのタイヤには、L菜との時間が染み込んでいる気がして。替えることが、何かを失うような気がして。

 


 

でも今日は、不思議と重たい気持ちにならずにできました。

 

ガソリンスタンドで、あっさりと。(笑)

 


 

悲しみが消えたわけじゃありません。

 

忘れたわけでもありません。

 

ただ今日は、生きるための動きが、少しだけできた日だったんです。

 


 

タイヤを替えることは、L菜を忘れることじゃない。

 

前に進むことは、L菜を置いていくことじゃない。

 

そう思えたから、今日は替えられたのかもしれません。

 


 
揺れながらでも、生きていていい
 
 

グリーフケアでは、「グリーフの波」という言葉があります。

 

悲しみは、波のように押し寄せて、引いていく。

 

強い日もあれば、穏やかな日もある。それを繰り返しながら、少しずつ前に進んでいくんです。私もまさしくその最中。

 

もう少しでまた月命日前後の「冬眠モード」が。

そう思うと、心穏やかではないです

 

 


 

 

今日は、波が少しだけ穏やかだった日。

L菜の匂いがしなくて戸惑ったけど、火の鳥の言葉に出会えた日。

 

タイヤを替えられた日。

 


 

明日はまた、波が強くなるかもしれません。

 

でも、それでもいいんだって思います。

 

揺れながらでも、立ち止まりながらでも、ちゃんと一日を歩いている。

 


 
まとめ:今日ここまで生きた私は、えらい
 
 
 

同じような気持ちの方がいらしたら。

 

悲しみの型に自分を当てはめようとしなくていいと思います。

 

誰かの言葉に救われることもあるけど、救われない日もある。それでいい。

 


 

L菜を愛してきた事実は、何を替えても、何を手放しても、消えません。

 

母である私は、今日もここにいます。

 


 

元気でいなくていい日もあります。

 

でも、生きていていい。

 

それだけで、今日は十分。

 

今日ここまで生きた私は、えらい。

 


 

L菜へ

 

 

 

「今日ね、L菜の匂いがしなくて、ちょっと戸惑ったんだよ。でも、火の鳥が教えてくれたの。ママは元気にいていいんだって。

きっと、この本、L菜が選んだんだよね。」

 

 


 

    

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3ヶ月ぶりの散髪で笑顔が戻った日—親バカと心の貯金

 

 

今日は終業式でした。

 

息子のAちゃんが早く帰ってくるから、一緒においしいものでも食べようかなって思ってたんです。いつもなら、帰り道に安いところを私が指定するんだけど、今日は違いました。

 

迎えに行って、彼のリクエストを聞いたんです。

 


 

大学入学前だし、本当は外食しないで節約したいところなんだけど。

でも、それよりも大事なことがあるんだって、今日は思ったんです。

 


 

節約よりも、心への投資

 

 

 

丸源ラーメンへ行きました。

息子には初めての味。

 

すごく嬉しそうでした。

 

私はなんだか、その表情が嬉しくて。
胸がいっぱいだったのかなぁ。

 

私は、食べきれなかったので私が頼んだ

つけ麵の麺を息子に半分分けてあげました。

 

 

これは「節約」よりもずっと価値のある「投資」なんだって、自分に言い聞かせました。

 

息子にとって、リクエストを聞いてもらえたことは、単にお腹が満たされる以上の意味があると思うんです。

 

「自分は大切にされている」「わがままを言っても受け入れてもらえる」という実感は、今の彼が一番必要としている「安心の根っこ」なんじゃないかなって。

 

L菜のことがあってから、きっと彼は無意識に「お母さんに迷惑をかけちゃいけない」「お金もかかるし、僕は我慢しなきゃ」と自分を抑えてきたと思うんです。

 


 

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グリーフケアの世界では、「心の貯金」という言葉があります。

 

悲しみの渦中にいる人たちにとって、日常の小さな「嬉しい」や「安心」の積み重ねが、心を支える大切な貯金になるんです。

 

大きな出来事じゃなくていい。

 

ただ、「今日は特別だよ」って伝えるだけで、その人の心に温かい何かが残る。

今日は、そんな「心の貯金」をする日にしようって決めました。

 


 
食後の笑顔と、特別なアイス
 
 

食後、彼は「おいしかった」って言ってくれました。

 

今日は、なんだか優しそうな、少し晴れやかな表情をしたように思います。

 

「また、今度は、大学帰ったら来ようね」って言ったら、彼はうなずきました。

 


 

 

 

 

 

 

L菜に買ってあげたアイスクリーム。
おいしかったです。

久しぶりに、私も気持ちが腫れていたのか、「おいしかったっ〜。」って言う言葉が出ました。

 

 

帰りにアイスクリームも買ってあげました。

 

L菜には、黒蜜きなこのアイスを買ってお供えしました。

 

彼にはもちろん、彼のリクエストを聞いて。

 

リクエストというか、「今日は特別な日だから、特別なアイスクリームを買おうか」って言ったら、嬉しそうな顔をしたんです。

 

その顔を見て、私も嬉しくなりました。

 


 
3ヶ月ぶりの散髪と、親バカ全開の追いかけっこ
 

 

 
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そして、珍しく散髪を3ヶ月ぐらいも行ってなくて。

 

気づけば、カツラみたいな頭になってたから、予約して、散髪にも連れて行きました。

迎えに行ったら、すごくかっこよくなってて。

 


 

夕ご飯を一緒に食べた後に、

「あら? かっこいいじゃん! どうしたら、ママからどうしてこんなかっこいい子が生まれてくるの? ちょっと写真撮らせて~」って、追いかけ回しました。

 

そしたら、久しぶりに笑顔が見れたんです。

 

私もすごく嬉しかったです。

 


 

 

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親バカ、大いに結構!

 

お母さんが自分のことを「かっこいい」と自慢に思ってくれている。

 

思春期の男の子にとって、これほど照れくさく、そしてこれほど自信になることはないんじゃないかなって思います。

 

追いかけ回されて逃げ回っている彼の心の中は、きっと嬉しさでニヤニヤしていたはず。

 


 
明後日のカウンセリングを前に
 
 

実は、明後日、息子のカウンセリングの日が決まったんです。

 

明後日の1時から彼がカウンセリングを受けて、私は息子と会わないように配慮してもらって、2時からカウンセリングを受けることになりました。

 

養護教諭の先生が、彼に「カウンセリングを受けてみる?」と話をしたら、「年内に受けたい」と言ったそうです。

 


 

「年内に受けたい」という彼の言葉を聞いて、私は心からホッとしました。

 

これは、彼の中に「今の苦しさを整理して、スッキリした気持ちで新しい年を迎えたい」という前向きなエネルギーが湧いてきている証拠なんだと思います。

 

そして、養護教諭の先生からは、今日話した表情を見たら、だいぶ明るくなっていて、優しい顔になっていたとも伝えていただきました。

 


 

 

保健室の先生って、昔は「ケガの手当てをしてくれる先生」というイメージだったけど、今は「子どもの心の揺れを一番近くで見守る、心身のセーフティネット」としての役割がとても大きいんですね。

 

私、失礼ながら、養護教諭の先生は学校の生徒の怪我とかだけの対応かと思ってました。

 

このようにたくさん対応していただけると知って、すごいお仕事だなぁって改めて思いました。

 


 

 

先生は、彼がふらっと保健室に来た時の顔色の変化や、ふとした一言をずっと蓄積して、「あ、今は限界なんだな。」と見極めてくれていたんですね。

 

そして今回のように、私の不安を汲み取り、息子の意思を確認し、専門のカウンセラーに繋いでくれました。

このスピーディーで温かい連携は、本当にありがたいことです。

 

良い先生に巡り会えました。

 


 
今日という日が、心の貯金になりますように
 
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今日は2学期の打ち上げであり、私が夜勤のない生活にシフトしたお祝いでもあります。

 

大学での一人暮らしを前に、彼には今、貯金よりも「母と笑ってご飯を食べた思い出」という心のエネルギーが必要なのかもしれません。

 


 

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「母は僕のことを一番に考えてくれた」「家は、わがままが言える場所だった」

この記憶があれば、春から一人暮らしで壁にぶつかった時も、「僕には帰れる場所がある」と自分を奮い立たせることができると思うんです。

 

私はそのような場所をもう一度作りたい。

 

暖かい場所を。

 


 

今日は、私自身も、自分をたっぷり褒めてあげようと思います。

 

「私、最高のママじゃない!」って。

 

明後日のカウンセリングを前に、こんなに素晴らしい「心の貯金」ができたかもしれません。

 


 
まとめ:そっと手を添えるように
 
 

同じような気持ちの方がいらしたら。

 

悲しみの中でも、小さな「特別」を作ることは、決して間違いじゃないと思います。

 

節約も大事だけど、心への投資も、同じくらい大事。

 

そして、親バカも、全然いい。

 

 

今夜は、かっこよくなった息子の写真を見返しながら、ゆっくり休もうと思います。(正面姿は撮れませんでしたが...口笛

 

お供えした黒蜜きなこのアイス、L菜もきっと「お母さん、ナイス!」って言いながら一緒に食べてるはず。

 

そう、「どや? 私のおかげだ~。」って、鼻息荒くそして、ニヤリと笑いながら。

 


 

L菜へ 

 

 

「ママね、今日は親バカ全開だったよ。L菜も、きっと呆れながら見たよね。でもね、Aちゃんの笑顔が見れたの。L菜もきっと、一緒に笑ってくれたよね。」


 

    

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「今年は無理」と思っていた掃除を、ちょっとできた日

 

窓に溜まった緑の藻を見て、私は笑ってしまった。

 


 

 

せっかく有給を取ったんだから。


そう思って、私は今年は無理だろうなと思っていた掃除に、手をつけてみることにした。

 

気合いを入れた、というほどでもない。


ただ、今日は少しだけ、体が動きそうな気がした。

 

 


 

あの子の部屋

 
 

掃除をしたのは、L菜が変わった形で帰ってきたときにいた、あの部屋の窓。

 

うちは結露がすごい。


窓のサッシには黒カビが浮いて、サッシのところには水たまりみたいに水が溜まっている。

 

本来なら、雑巾だのワイパーだの、いろいろ用意するところだけど。

 

今回はなぜか、新聞紙だけで掃除をした。

 

これが、思いのほか優秀で。


水分をぐんぐん吸い取ってくれて、作業がやけにスムーズだった。

 

「新聞紙、仕事できるなぁ」

心の中でそうつぶやきながら、黙々と拭いていた。

 

 

 

 


 

窓ガラスを拭き終えて、サッシの水をよく見たとき、私は思わず二度見した。

 

そこに、緑の藻みたいなものが浮いていたのだ。

 

……さすがに、これは笑った。

 

「L菜、窓の藻、見た? 笑ったでしょ?」

 

新聞紙を手にしたまま、私はクスッと笑ってしまった。

 


掃除という行為の意味
 
 

レースのカーテンも洗った。


お風呂場でハイターをかけたから、ついでにお風呂も洗って。

 

そして、ついでと言ってはなんだけど、不用品も片付けた。

 

空気清浄機、収納ケース、掃除機。
それらを、クリーンセンターに持っていくことにした。

 


 

 

空気清浄機にも、思い出がある。

 

L菜が受験のとき、必死に勉強している姿を、ずっと見守ってくれていた。


共通テストが終わって、合格発表があった日のこと。
いろんな気持ちが、一気に込み上げてきた。

 

「L菜、空気清浄機だけだからね。他のものは捨てないから、安心して」

ぶつぶつ言いながら、私は部屋に置いてある荷物の周りを、少しずつ物色していた。

 


グリーフケアの視点 ―「リンキングオブジェクト」という考え方
 
 

あとで知ったことだけれど、
大切な人を亡くしたあと、私たちはその人との「つながり」を感じられる物を、大事にすることがある。

 

グリーフケアでは、そうした物を
「リンキングオブジェクト(linking object)」と呼ぶ。

 

衣類、写真、手紙。
そして、私の場合は空気清浄機だった。

 

それは、亡くなった人とのつながりを感じさせてくれる、心の支えになるもの。

 

でも同時に、そこから少しずつ距離を取る行為――


たとえば「手放す」ことも、悲しみと向き合うプロセスの一つなのだという。

 


平日のクリーンセンター
 
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クリーンセンターには、驚くほど行列ができていた。

 

「平日でも、こんなにいるんだなぁ」

そんなことを思いながら、順番を待った。

 

今日は、体がやけに軽かった。
お天気がよかったからかな。

 


 

 

いろんな物に、L菜との思い出がある。

 

この思い出が、いつか
「楽しかったね」
に変わる日は来るのかなあ。

 

そんなことを考えながら、
私は掃除ができた自分を、少しだけ誇らしく思っていた。

 

 


まとめ ― 悲しみを抱えたまま、それでも笑える日
 
 

悲しみは、消えるものじゃない。

でも、悲しみを抱えたまま、
窓の藻に笑える日も来る。

 

新聞紙で掃除ができた。
空気清浄機を手放せた。

 

それは「前に進んだ」というより、
「今日を生きた」という感じだった。

 

もし、同じような気持ちの方がいらしたら。
小さな「できた」を、どうか自分に許してあげてほしいです。

 

それは、忘れることではなく、
愛を抱えたまま、そっと生きていくことなのだと思います。

 


L菜へ

 


「窓の藻、見た?
ママね、こんな日常でも笑えるようになったよ。……成長、かな。」

 


 

 

    

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