悲しみは整理しなくていい、と精神科の現場が教えてくれたこと
朝の、いつものことから
今朝も、いつもと同じようにお供えをしました。
お水を替えて、ご飯をあげて、手を合わせる。
でも今日は、少しだけ違いました。
自宅にあったL菜のお骨は、双子の姉のC菜と一緒に、実家へ行ったからです。
「あれ、今日は…骨がないんだ」
その事実に気づいた瞬間、
胸の奥が、すうっと冷えるような感覚がありました。
──いない、という現実が重なるとき
いない。
骨もない。
触れるものが、何もない。
毎日していた「当たり前」が、急に宙に浮いたような感覚。
どうしたらいいんだろう。
本当に、どうしたらいいかわからない。
綺麗な言葉は、今は慰めにならない。
「お空でも一緒だよ」
「魂はそばにいるよ」
申し訳ないけれど、今の私には、しっくりこない。
いないんだよ。
ここに、いない。
その事実を前にすると、
ただ、立ち尽くすしかない日。
冷たくなったように感じる心について
最近、ふと思うことがあります。
「●にたいと言う人を、止めなくてもいいんじゃないか」
そんな考えが頭をよぎる自分を、
「冷たいのかな」と責めそうになること。
でも、これは冷酷さではないと、私は感じています。
深いグリーフの中にいるとき、心は限界まで削られます。
その中で生まれる鋭い感情や、極端な考えは、
心が壊れないように必死で自分を守ろうとしているサインでもあります。
「なぜ、あの子が」
「なぜ、今日を生きたかったはずの命が」
その理不尽さに耐えきれない、
あまりにも正直な心の叫びなのだと思います。
「どうしたらいいかわからない」を、そのままにする
これからどうするか。
答えを出そうとすると、苦しくなります。
だから私は、こう考えることにしました。
どうしたらいいかわからない、を、そのままにして生きてみようと。
前に進かなくてもいい。
納得しなくてもいい。
理解できなくてもいい。
今日はただ、今日をやり過ごせたら、それで十分なんだ。
ただやり過ごすための、小さな方法
心が限界のとき、
「頑張る」は、いちばん遠い言葉になります。
だから、できることはとても小さくていい。
-
温かい飲み物を、ゆっくり飲む
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お風呂で、浮力に身を任せる
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「5分だけ」と決めて、目を閉じる
-
今日はやらなくていいことを、ひとつ決める
深い悲しみの中では、脳はずっとフル回転しています。
「なぜ?」「どうして?」と、答えのない問いを繰り返しながら。
5分だけ目を閉じることは、
その過熱した脳を、少し冷ましてあげる行為です。
できなくてもいい。
思い出しただけでもいい。
今、この瞬間を少しだけ楽にするために
呼吸法を「正しくやろう」と思わなくて大丈夫です。
- 「ため息」を自分に許す:
大きく「はぁ〜……」と吐き出すのは、体が自分を守ろうとする自然な反応です。無理に吸おうとせず、まずは肺の中の空気を外に逃がしてあげるイメージで。 - 温かいものに触れる:
もしできれば、温かい飲み物のカップを両手で持ったり、自分の胸のあたりにそっと手を当てたりしながら、その「手の温もり」を感じて呼吸をしてみてください。
もし動画を見るのさえしんどい時は、画面を閉じて、ただ目を閉じていてください。自分のペースで、少しずつ、少しずつで大丈夫です。
答えを出さなくていい場所
悲しみは消えない、寂しさも抱えたまま。
でも、小さなサインに気づくたびに、ほんの少しだけ、前を向けるような気持ちに変化していますが、いつも行ったり来たり。
L菜は、いなくなったわけじゃない。
形を変えて、今もそばにいてくれる。
同じような気持ちの方がいらしたら、どうか小さな「不思議」を大切に受け止めてほしい。
それは、大切な人からの「大丈夫だよ」というメッセージかもしれません。
あなたの心に、そっと温もりが届きますように。
L菜へ







































