coarato  見えない手をつないで -2ページ目

coarato  見えない手をつないで

シングルマザー歴15年。子育てと仕事に励む中、最愛の娘を突然亡くしました。今も揺れる心を言葉にしています。

ただまた会えると信じて。

悲しみは整理しなくていい、と精神科の現場が教えてくれたこと

 

 

朝の、いつものことから

 

今朝も、いつもと同じようにお供えをしました。


お水を替えて、ご飯をあげて、手を合わせる。

 

でも今日は、少しだけ違いました。

 

自宅にあったL菜のお骨は、双子の姉のC菜と一緒に、実家へ行ったからです。

 

「あれ、今日は…骨がないんだ」

 

その事実に気づいた瞬間、


胸の奥が、すうっと冷えるような感覚がありました。

 


 

──いない、という現実が重なるとき

 

image

 

いない。


骨もない。


触れるものが、何もない。

 

毎日していた「当たり前」が、急に宙に浮いたような感覚。

 

どうしたらいいんだろう。


本当に、どうしたらいいかわからない。

 

綺麗な言葉は、今は慰めにならない。


「お空でも一緒だよ」
「魂はそばにいるよ」

申し訳ないけれど、今の私には、しっくりこない。

 

いないんだよ。
ここに、いない。

 

その事実を前にすると、
ただ、立ち尽くすしかない日。

 


 

冷たくなったように感じる心について

 

 

最近、ふと思うことがあります。

 

「●にたいと言う人を、止めなくてもいいんじゃないか」


そんな考えが頭をよぎる自分を、
「冷たいのかな」と責めそうになること。

 

でも、これは冷酷さではないと、私は感じています。

 

深いグリーフの中にいるとき、心は限界まで削られます。


その中で生まれる鋭い感情や、極端な考えは、


心が壊れないように必死で自分を守ろうとしているサインでもあります。

 

「なぜ、あの子が」
「なぜ、今日を生きたかったはずの命が」

 

その理不尽さに耐えきれない、


あまりにも正直な心の叫びなのだと思います。

 


 

「どうしたらいいかわからない」を、そのままにする

 

 

これからどうするか。


答えを出そうとすると、苦しくなります。

 

だから私は、こう考えることにしました。

 

どうしたらいいかわからない、を、そのままにして生きてみようと。

 

前に進かなくてもいい。


納得しなくてもいい。


理解できなくてもいい。

 

今日はただ、今日をやり過ごせたら、それで十分なんだ。

 


 

ただやり過ごすための、小さな方法

 

 

 

心が限界のとき、
「頑張る」は、いちばん遠い言葉になります。

 

だから、できることはとても小さくていい。

  • 温かい飲み物を、ゆっくり飲む

  • お風呂で、浮力に身を任せる

  • 「5分だけ」と決めて、目を閉じる

  • 今日はやらなくていいことを、ひとつ決める

深い悲しみの中では、脳はずっとフル回転しています。


「なぜ?」「どうして?」と、答えのない問いを繰り返しながら。

 

5分だけ目を閉じることは、
その過熱した脳を、少し冷ましてあげる行為です。

 

できなくてもいい。
思い出しただけでもいい。

 

 

今、この瞬間を少しだけ楽にするために

 

呼吸法を「正しくやろう」と思わなくて大丈夫です。

 

  • 「ため息」を自分に許す:
    大きく「はぁ〜……」と吐き出すのは、体が自分を守ろうとする自然な反応です。無理に吸おうとせず、まずは肺の中の空気を外に逃がしてあげるイメージで。
  • 温かいものに触れる:
    もしできれば、温かい飲み物のカップを両手で持ったり、自分の胸のあたりにそっと手を当てたりしながら、その「手の温もり」を感じて呼吸をしてみてください。

もし動画を見るのさえしんどい時は、画面を閉じて、ただ目を閉じていてください。自分のペースで、少しずつ、少しずつで大丈夫です。

 

 

 

 


 

答えを出さなくていい場所

 

 

悲しみは消えない、寂しさも抱えたまま。

 

でも、小さなサインに気づくたびに、ほんの少しだけ、前を向けるような気持ちに変化していますが、いつも行ったり来たり。

 

L菜は、いなくなったわけじゃない。

 

形を変えて、今もそばにいてくれる。

 

同じような気持ちの方がいらしたら、どうか小さな「不思議」を大切に受け止めてほしい。

 

それは、大切な人からの「大丈夫だよ」というメッセージかもしれません。

 

あなたの心に、そっと温もりが届きますように。

 


L菜へ
 
 

L菜、分からないままだけど、まだ一緒にいるよね。みんなL菜と一緒にいたいんだ。笑えなくても、あなたの声はちゃんと覚えてるよ。」

 

 


 

あとがき

 

一日たって、こんな風に思う自分がいます。

「こんなことで悩んであほくさい」と思う日もあれば、こうやって悩む日も。

 

時間はすぎる。でも、行ったり来たりしながら、それでも今日を生きている。

 

 


 

 

 

 

 

    

私のグリーフ時期お助けグッズです

 

 

 

 

 

 

 

 

答えを渡す記事ではありません。


でも、立ち止まってもいい場所になっているかもしれません。
今日も、あなたと。

 

歯ブラシが新しくなっていた朝―見えないけれど、確かにそばにいる温もり

 

 

朝、洗面所に立ったとき、私の歯ブラシが新しいものに変わっていました。

 

最終のごみの日に合わせて変えようと思っていたのに。

 

まさか、Aちゃん?聞いても「は?ちがうし」と冷たいいつもの言葉。

 

C菜は、「え?変えてないけど。変えるの?」ととんちんかんな返答。

 

ごみ箱に古い歯ブラシもない。ゴミを見てもどこにも...

 

そう、家族に聞いても、誰も替えていないという。

 

でも、確かにそこには真新しい歯ブラシがある。

 

私は歯ブラシはいつも全力投球で磨くので歯ブラシは開きっぱなしになるのに、これはまっすぐで綺麗なまま。

 

ああ、L菜か。

 

そう思った瞬間、混乱しました。

 


 

 

双子の姉が、L菜の遺骨をばあちゃんの家に持って帰りました。

 

「ばあちゃんが大好きだから、一緒にいたい」

  •  

姉はそう言って、L菜の好きなお菓子と一緒に、あの子を連れて行ってくれました。

 

私は「先に行って待っててね」と送り出したけれど、やっぱり寂しくて。

 

体じゃなく骨になったこと。姿がないこと。事実を未だに受け入れられていない自分に。

 

今更ながら、その現実に驚いている自分がいました。

 

行ってしまったんだ。L菜が。

 


 

 

 

それでも、あの子はきっと、ばあちゃんの家のこたつで待っててくれているんだ。

 

L菜は「お留守番」の達人でした。

 

家が大好きで、いつもニコニコ笑っていて。

だから私は家に帰ること、実家に帰省するのが楽しみでした。

 

どんなに疲れていても。

 

休みの日はいつもばあちゃんの家に入り浸っていて、じいちゃんもばあちゃんも、L菜のことが大好きでした。

 

大学での話をするL菜を、二人は本当に楽しみにしていたんです。

 

「孫が生きがい」と言うばあちゃん。

 

その言葉の重みを、今、改めて感じています。

 


 

 

悲しいとき、洗面所の電気がついたり消えたりする。

 

 

さっきもチカチカと。

 

「いつもいつも。そんなときだけズルいよL菜」と最近はいつも思う。

 

姉のC菜とばあちゃんの家に行って。

 

なぜ?「あの子があんなことに...」

 

そんな気持ちの乱れがあったからだと思います。

 

これも、L菜からのサインなんだと思います。

 

スピリチュアルな視点では、電気の点滅は「合図」の典型的な例だそうです。

 

グリーフケアの現場でも、こうした小さな出来事を「故人からのメッセージ」として受け取ることで、心が少し楽になる方がたくさんいらっしゃいます。

 

L菜は、私が洗面所で一人で涙を流しているのを、励ましてくれているのかな。

 

歯ブラシを新しくしてくれたのも、「お家を整えて、ママを笑顔にしたい」という、あの子らしい小さなサインなのかな。

 


 

image

 

分骨して、ばあちゃんの家に行ったのはL菜の一部。

 

でも、あの子の優しい魂は、大好きな私のそばにも、大好きなお家にも、同時に存在できる。

 

そう考えると、少しだけ、胸が温かくなります。

 

L菜は今、おばあちゃんの家で「最高のおもてなし」を準備しながら、じいちゃんとばあちゃんをニコニコさせているはず。

 

そして片方の目で、私が冬休みに合流するのを、今か今かと待っているんだ。

 

待っててくれているんだ、と思いたい。

 


 

 

年末までお仕事を頑張って、冬休みにばあちゃんの家へ行く。

 

こたつに入って、お餅を作って、ゆっくり過ごす。

 

L菜の大学での話を、じいちゃんとばあちゃんにしてあげる。

 

私がL菜のことを話すとき、あの子の魂は私の喉を借りて、「大好きだよ、楽しいよ」って伝えることができる。

 

それが、L菜が一番したい「孫孝行」なんだと思いたいです。

 

さっき洗面所の電気がチカチカしたのは、

「私は先に着いて、じいちゃんばあちゃんとこたつで待ってるからね!早くお餅食べよう!」という、L菜からのワクワクした合図だったのかもしれません。

 


 

 

とても悲しくて、つらいんです。

 

それと同時に、歯ブラシが新しくなっていたこと。電気がチカチカしたこと。

 

小さな「不思議」に気づくたびに、少しだけ、L菜が笑っている気がすんだ。

 

見えないけれど、確かにそばにいる。

 

その温もりを、私は信じたい。

 

こたつの席は、今年も温めてあるはずだから。

 


まとめ

 

 

悲しみは消えない、寂しさも抱えたまま。

 

でも、小さなサインに気づくたびに、ほんの少しだけ、前を向けるような気持ちに変化していますが、いつも行ったり来たり。

L菜は、いなくなったわけじゃない。

 

形を変えて、今もそばにいてくれる。

 

同じような気持ちの方がいらしたら、どうか小さな「不思議」を大切に受け止めてほしい。

 

私も感情の波が押し寄せていながら優しいあの子の笑顔を思い出す。

 

それは、大切な人からの「大丈夫だよ」というメッセージかもしれません。

 

年末のこの時期。

 

記念日グリーフのあなたの心に、そっと温もりが届きますように。

 


 

 

 

洗面所の電気のチカチカは、

「私は先に着いて、じいちゃんばあちゃんとこたつで待ってるからね! 早くお餅食べよう!」という、L菜からのワクワクした合図だったのかもしれない。

 

こたつの席は、今年も温めてあるはず。見えないけれど、確かにそばにいる。

 

その温もりを、私は信じています。 必ずあの子はばあちゃんの家で今年も待っているんだ。

 


 

まとめ

 

 

悲しみは消えないし、寂しさも抱えたまま。

 

でも、小さなサインに気づくたびに、少しだけ笑えるようになってきました。

 

L菜は、いなくなったわけじゃない。形を変えて、今もそばにいてくれる。

 

同じような気持ちの方がいらしたら、どうか小さな「不思議」を見逃さないでください。

 

それは、大切な人からの「大丈夫だよ」というメッセージかもしれません。

 

あなたの心に、そっと温もりが届きますように。

 


L菜へ

「L菜、歯ブラシありがとう。ママも、ちゃんと笑顔で行くから。こたつで待ってて。お餅、一緒に食べよう。」

 

 

    

私のグリーフ時期お助けグッズです

 


 

 

疲れが抜けないのは、心が頑張ってるから。グリーフと年齢と、私の話

 

 

12月26日、双子の娘C菜が帰省してきました。

 

相変わらず、L菜にたくさんのお土産を買ってきて、「L菜ただいま。これ食べて」って言いながらお供えして、お線香をあげて。

 

「こんなに、L菜に執着していたら、あの子成仏できないなぁ~」

 

なんて笑いながら言って、床についたんです。

 

「だけど、それでいいんだよね。きっと一緒にいるよ」

 

その言葉を聞いて、私は少しホッとしました。

 

部屋には彼女の香りが立ち込めていました。

 


 

 

 

今日は12月28日。

 

C菜は一旦実家に帰省したものの、昨日にはもう愛知の友達のところへ旅立ちました。

 

8月のお盆のときは、ずっと私のそばにいてくれたあの子。

 

だけど、今回は違いました。

 

「寮に住んでたから、全然もう大丈夫」

 

そう言いながら、楽しそうに友達の話をするC菜を見て、あぁ、元のC菜に戻ったんだなって思いました。

 

え?早くない?

 

そう思いながらも、楽しそうに話すあの子を見ていました。

 

複雑だけど、どこかホッとするような、少し寂しいような、不思議な感覚でした。

 

お盆のときは、きっとC菜も私も、L菜がいない現実をまだ受け止めきれていなかったんだと思います。

 

だけど今は、C菜の中で「L菜のいない日常」が少しずつ自分の一部になって、自分の人生の時間を動かし始めているんだなって感じました。

 


 

 

一方で私はというと、最近すごく疲れやすくて。

 

夜勤もやめて、仕事内容も軽くしたのに、家に帰るとぐったり。

 

昨日なんて、息子に夕食を食べさせたあと、片付けもせずにそのまま寝てしまいました。

 

「楽なはずなのに、どうしてこんなに疲れるんだろう」

 

年齢のせいもあるのかな、50代だし。

 

でも、それだけじゃない気がする。

 

前にブログに書いた「冬眠モード」のことを思い出していました。

 


 

 

グリーフケアの豆知識として知っておいてほしいのは、大切な人を亡くした後、私たちの心は目に見えない重労働をしているということです。


驚きますよね。

今まで普通にしていたことが、こんなことが体の中でおきているなんて。

 

体を動かすために「カロリー」が必要なように、何かを考えたり、感情をコントロールしたり、決断を下したりするためにも、脳のエネルギーを使っています。

 

特に、大切な人を亡くした後の脳内では、こんな「目に見えない重労働」が24時間体制で行われているんです。

 

感情の調整——押し寄せる悲しみや寂しさを、無意識のうちに抑えたり、受け流したりしようとする力。

 

情報の書き換え——「昨日までいた娘が、今はいない」という、脳にとって最も受け入れがたい事実を、毎日何度も確認し、現実として処理しようとする作業。

 

日常の維持——以前は無意識にできていた「仕事に行く」「家事をする」といったことも、今は意識的に「頑張って」動かさなければならないため、通常の何倍もの負荷がかかります。

 

だから、「楽なはずなのに疲れる」って感じるのは、心が一生懸命に頑張っている証拠なんです。

 


 

 

そうそう、今日は2カ月ぶりに散髪に行ってきたんです。

5㎝髪を切り、白髪染めもしました。

 

明日は、久しぶりにカツラなしで仕事に行く予定です。

 

C菜が愛知に行ってまだ帰ってこないから、時間も気にせず出かけられました。

 

白髪を染めて、髪も切って。

 

すごく軽くなって、気分も晴れた気がしました。

 

不思議なもので、髪を切るって、心に溜まったものを一度リセットするような力がありますよね。

 

鏡の中の自分を見て、「あ、まだ大丈夫かも」って思えた瞬間でした。

 


 

 

 

実は、実家に帰省する際には、分骨してあるL菜の遺骨を持っていこうかなと思っています。

 

L菜を1人で家に残していくのは、なんだか悲しすぎて。

 

あの子は、ばあちゃんが大好きだから。

 

一緒に連れて行ってあげたいんです。

 

少しずつ、前を向いているのかな、私。

 


 

 

そして、気づけばもうすぐお正月。

 

次の月命日は1月1日、8回目の月命日です。

 

あと3日。

 

前にブログに書いたけれど、月命日の後1週間くらいは、どうしても気持ちが落ちてしまうんです。

 

また、あの波が来るのかな。

 

お正月という、本来ならおめでたい雰囲気の中で迎える月命日。

 

どんな気持ちになるのか、正直まだわかりません。

 

この先、私はどうなっていくんだろう。

 

月命日や記念日の前後に気持ちが落ち込むのは、とても自然なことで、これを「アニバーサリー反応」と言います。

 

心と体が、無意識のうちにその日を覚えていて、近づくと自然と感情が揺さぶられるんです。

 

「またこの気持ちになってしまった」と自分を責める必要はありません。

 

それは、大切な人を想う心が、ちゃんと生きている証拠ですから。

 


 

image

 

C菜や、高校3年生で部活も生徒会も大学受験もこなしているAちゃんを見ていると、すごいパワーだなぁって思います。

本当に、すごい。

 

私が「冬眠モード」でぐったりしている分、あの子たちは全力で駆け抜けている。

 

それは、きっとL菜から受け取っているエネルギーの現れ方が、それぞれ違うからなんだと思います。

 

C菜が「執着していたら成仏できない、だけど一緒にいる」と言っていたこと。

 

この言葉の意味が、少しずつわかってきた気がします。

 

L菜を過去のものにするんじゃなくて、L菜と一緒に、それぞれのペースで前を向いて歩いていく。

 

C菜には、C菜のやり方がある。

 

Aちゃんには、Aちゃんのやり方がある。

 

私には、私のやり方がある。

 

形は違っても、L菜はみんなの心の中に確かに息づいているんだと思います。

 


 

散髪に行けた日もあれば、疲れて動けない日もある。

 

元気に旅立てる日もあれば、月命日が近づいて不安になる日もある。

 

この先どうなるかはわからないけれど、それでいいんだと、C菜の言葉が教えてくれた気がします。

 


 

まとめ

 

 

月命日が近づくと、また気持ちが落ちるんじゃないかと不安になります。

 

でも、それは決して後退じゃなくて、L菜を想う心がちゃんと生きている証拠なんですよね。

 

同じような気持ちの方がいらしたら、どうか焦らないでください。

 

波のように、気持ちが落ちる時期もあれば、ふっと軽くなる瞬間もあります。

 

そのどちらも、大切な時間です。

 

散髪に行けた日のような小さな変化も、月命日前の不安も、全部ひっくるめて、今の自分なんだと思います。

 

この先どうなるかはわからない。

 

でも、それでいいんだと思えるようになってきました。

 

そっと、自分に手を添えるように。

 

ゆっくり、一緒に歩いていきましょうね。

 


L菜へ

 

 

「L菜、ばあちゃんのところに一緒に行こうね。C菜が一緒に行くって。母はまた年末まで仕事だから先に行って待っててよ。

1人にしないからね。」

 

 

    

私のグリーフ時期お助けグッズです

 

 

 

 

 

 

学校で見せる顔、家で見せる顔――どちらが本当の息子なのか分からない時

 

 

昨日、息子のカウンセリングがあった。

 

そのあと、息子が、私がカウンセリングの一連のことを知らないという状況だったので、私は養護教諭の先生に誘導されながら学校へ向かった。

 

息子は学校の補習授業のあと、まだ夕方まで学校にいたからだ。

 

息子に内緒の面談。胸がドキドキした。

 

「今、私がしていることは合っているのだろうか」 「息子のあの言葉は、何を意味しているのだろうか」

頭の中で何度も繰り返していた問いを、ようやく口にする時間がやってきた。

 

 


 

学校で伝えたこと

 

養護教諭の先生を前に、私は正直に話した。

 

「5月に娘を亡くしてから、息子は私を支えようと、生徒会も受験も必死に頑張ってきました。

 

でも進路が決まった今、張り詰めていた糸が切れたようで……学校で『サイコパス』とか『殺意』とか、そういう極端な言葉を口にするようになったと聞いて、心配で」

 

言葉にしながら、自分でも驚いた。 こんなに不安だったんだ、私。

 

「夜勤もなくして、できるだけ寄り添うようにしています。

 

昨日も久しぶりに二人で食事をして、散髪にも行きました。『かっこいいじゃん!』って笑い合えたし、L菜にアイスも供えました。クリスマスケーキも一緒に食べて……」

 

そこまで話して、ふと気づく。

 

「学校で見せる不安定な姿と、家で見せる優しい顔。どちらが本当の彼なのか、私には分からなくて」

 


一番聞きたかったこと
 
 
 

「今、私は彼に対して『否定せず、ぼーっと見守る』ようにしています。これで合っていますか?」

これが、私の一番の問いだった。

 

それから、もう一つ。

 

「息子は『ソシオパス』とか『サイコパス』とか、そういう言葉を気にしているみたいで……。共感できない、協調性がない、って。私の子育ての結果なのかなって、漠然と思っていたんです」

 

声が少し震えた。


専門家が教えてくれたこと
 
 

養護教諭の先生は、静かに、でもはっきりと言ってくれた。

 

「それは性格や特性でもあるし、偏見もある。でも、意識しすぎると疲れます」

 

「共感できない、協調性がないって気にしているということは、ちゃんと自覚している。言語化していないだけのこと」

「現段階では、自傷行為や危険な感じではなく、緊急性もありません」

 

ああ、そうなんだ。 緊急じゃないんだ。

 

「葛藤がある」ということは、「良心が働いている」ということ。

 

この一言が、私の胸にすっと入ってきた。

 


「ソシオパス」かどうかの見分け方
 
 

ここで少し、専門的な話を。

一般に言われるソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)というのは、

  • 他人への共感がほぼない
  • 罪悪感がなく、他人を平気で利用する
  • 自分の行動を問題だと思わない

といった特徴が長期間・一貫して見られ、しかも本人に葛藤がほとんどない状態を指す。

でも、息子は違った。

 

「葛藤がある」「悩んでいる」「気にしている」

これはむしろ、

  • 冷酷だから悩まない → ソシオパス傾向
  • 悩んで苦しんでいる → むしろ逆

ということ。

つまり、「自分はおかしいかもしれない」と不安になれる人は、共感や良心がちゃんと働いている人なのだ。

 


グリーフケアの豆知識:「遅れてくる喪失反応」
 
 

実は、大切な人を亡くした後、悲しみはすぐには来ないことがある。

特に、

  • やるべきことがたくさんある人
  • 責任感が強い人
  • 周りを支えようとする人

は、喪失の痛みを後回しにして、目の前のことを優先する

 

そして、すべてが一段落した後――受験が終わった後、進路が決まった後――一気に感情が溢れ出すことがある。

これを「遅れてくる喪失反応」という。

涙や落ち込みだけでなく、

  • 怒り
  • 無気力
  • 投げやりな態度
  • 冷たく見える言動

として現れることも多い。

息子は今、まさにその渦中にいるのかもしれない。


息子に起きていること
 
 

養護教諭の先生は続けた。

 

「感情の扱い方が分からない。怒り、無力感、罪悪感が混ざっている。『どう振る舞えばいいか』分からず、不器用に出てしまう」

「男の子や男性は、言葉で悲しみを出せない。代わりに態度、沈黙、反発で表すことがとても多いです」

 

ああ、そうか。 彼は、悲しみを言葉にできないだけなんだ。

 


カウンセラーが言ったこと
 
 

カウンセリングの先生からは、こんな言葉ももらった。

 

「まだ8ヶ月です。あなたはまだ、ぼーっとしていい時期です」

 

8ヶ月。

 

世間では「もう8ヶ月」かもしれない。 でも、喪失の時間は、そんなに早く進まない。


私も、まだぼーっとしていていいんだ。

 



もし息子が「自分は異常だ」と言ったら
 
 

先生は、こんなアドバイスもくれた。

 

「もし本人が『自分は異常だ』と言い出したら、こう伝えてください」

「気づけなくてごめんね。話してくれてありがとう」

 

そして、

「あなたが感じていることは、決して異常じゃない」 「自分の内面に気づけているのは、むしろ成長の証拠」 「一緒に考えていこう」

 

否定しない。 評価しない。 受け止める。

それが、今の私にできることなんだと思った。

 


帰り道、コウペンちゃんが揺れていた



 

面談を終えて、帰省してきたC菜を迎えに行った。

 

家に帰ると、L菜の部屋にあるコウペンちゃんが、いつもにも増して元気に揺れていた。

 

まるで、みんなの再会を喜んでいるかのように。

「C菜が帰ってきただけで、喜びすぎ(笑)」

 

そう思いながら、少しだけ笑えた。

L菜も、きっと喜んでいるんだろうな。

 


まとめ:あなたが不安になるのは、愛情の証拠
 
 

「ソシオパスかもしれない」 「私の子育ての結果かも」

そう不安になるあなたは、真剣に息子さんと向き合ってきた証拠です。

 

無関心な親は、そもそも自分を責めません。

今、息子に起きているのは、

  • 燃え尽き症候群
  • 遅れてきた喪失反応
  • 感情の扱い方が分からない状態

性格でも、異常でも、あなたの子育てのせいでもない。

「否定せず、ぼーっと見守る」

それで合っています。

 


 

 

同じような気持ちを抱えている方がいらっしゃったら――

あなたも、あなた自身を責めないでください。

 

子どもが葛藤している時、 親も葛藤していていい。

 

ぼーっとしていていい。

それでも、そばにいる。 それだけで、十分です。

 


L菜へ

 

 

コウペンちゃん、またあんなに揺れてたね。 みんなが帰ってきて、嬉しかったんだね。 L菜も一緒に喜んでくれてたかな。

ありがとう。

もうすぐ「8ヶ月」になるよ。長いようで短いね。L菜、待っててくれてありがとう。

家族みんな、まだ不器用だけど、ちゃんと進んでるよ。見ててね、L菜。


 

    

私のグリーフ時期お助けグッズです

 

 

 

 

 

 

「嘘は嫌い」な私が、息子に優しいほらを吹く理由

 

 

昨日はクリスマスイブ。

 

終業式に続いて、息子と穏やかな時間を過ごすことができた。

 

朝、職場の朝礼でみんなに話をした。

 

師長さんは「言わなくてもいいよ」って言ってくれてたんだけど、私が気にするから言いたいって。そう前に伝えていたから。

 

「おはようございます。私事で申し訳ありませんが、5月に娘を亡くしました。

その影響で、今も気持ちや体調が不安定なことがあり、師長さん・主任さんと相談のうえ、夜勤や担当患者さんを外していただくことになりました。

皆さんにはこれまでたくさん支えていただき、本当に感謝しています。

今後も体調によってはお休みをいただいたり、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、引き続きサポートをお願いできたらと思います」

 

ってね、朝に時間のない朝に考えて、シチュエーションして望んだんです。

 

で、どうなったって?

 

どうもならない爆  笑

 

だから、と言って、「わかったよー」とか「大丈夫だよ」とか、何もなくて。

 

だけど、まぁいっかって。そんなもんだよな~って仕事を開始した。

 

なんだか、仕事の負担が軽くなりすぎて、楽になりすぎて。

 

帰ってからいつもの倍 疲れてしまった。

 


 

 

帰りにクリスマスケーキを取りに行ったら、すごい行列で。

 

なんだか最近、行列にばっかり並んでる気がする。

 

あの宝くじ、そしてクリーンセンターの行列。

 

そして今回。

 

並びながら、ふと思った。「待つ」って、悪くないなって。

 

立ち止まって、ただそこにいる時間。

 

考える余裕も生まれるし、焦らなくていい。急がなくていい。

 

行列の中で、私はただ「今日はクリスマスイブなんだな」って感じていた。

 


 






家に帰ったら、宝くじをコウペンちゃんの後ろに刺していたおかげで、コウペンちゃんが動いてないことに気づいた。

 

やっぱり欲は良くないね(笑)。

 

でもね、そのあとちゃんと揺れ始めたんだ。

 

これは宝くじとは関係ないのか? なんて思いながら、揺れるコウペンちゃんをうれしそうに眺めている私がいる。

 


 



夜、息子と一緒に買い出しに行って、彼のリクエストで豪華な食卓に。

 

かわいい動物のケーキ、チキン、山盛りのポテト。いつもは飲まないジュースも特別に用意して、二人で「おいしいね」と穏やかな雰囲気で食べた。

 

この賑やかな食卓を、お姉ちゃんもきっと一緒に囲んでいたと思う。

 

あの子にもケーキを飾った。


チキン🍗とジュース、お寿司も添えて。

 


 

 

買い出しには予約していたチキンを取りに行くのもかねて息子とコンビニへ住民票を取りに行った。

 

息子の一人暮らしに向けて、隣で見守りながら彼自身に操作をしてもらった。

 

「自分でできた」という経験が、彼の自信に繋がってほしい。

 

そして、明日のカウンセリングの話。

 

一度は彼が「車校があるから」って嘘(ほら)をついて避けようとしたけれど、先生との連携で無事に時間を調整できた。

 

嘘をついてまで避けようとするのは、彼がそれだけ自分の心と真剣に向き合おうとして、怖がっている証拠。

 

私は相変わらず「知らないふり」を通しているけれど、それは彼を信じて守るための、私なりの愛情の形だと信じたい。

 

私は知らない顔をして、「明日、おにぎり作るね」って言った。

 

話をするのに向かって、お腹が空いたらかわいそうだから。

 

相変わらず、先生と私の、彼に気づかれずにカウンセリングを行うミッション計画は、継続中。

 


 

嘘はつくな、ほらは吹いた方がいい。

 

image

 

この言葉を、私は信じよう。

 

「嘘は嫌い」な私だけど、今は「優しいほら」で彼を包んであげよう。

 

グリーフケアには「protective lying(保護的な嘘)」という考え方がある。

 

相手を守るため、傷つけないため、あるいは今はまだその時じゃないから―そういう理由でつく嘘は、「愛情」の一つの形なんだって。

 

もちろん、それが正しいかどうかなんて、私にもわからない。

 

でも今は、息子が自分のペースで心と向き合えるように、私は「知らないふり」をしていたい。

 

それが、今の私にできる精一杯の愛情だから。

 


image

 

夜、10時を過ぎても、息子の部屋から声が聞こえる。

 

いつもロングスリーパーの彼が、まだ起きている。

 

あれは笑い声?

独語じゃないよね?

しゃべってるよね?

 

なんて、私は疑いたくなる自分もいる。

 

考えてもしょうがないから、明日にしよう。

 

今日、あの子が見せてくれた晴れやかな表情を信じて、明日はありのままの気持ちを先生に伝えてこよう。

 


 

 

そういえば、明日、C菜が帰ってくるんだった。

 

インハイが予想に反して終わってしまったから。

 

元気いっぱい動いてるんだよね。

 

久しぶりに、家の中が賑やかになる。

 


 

まとめ

 
 

クリスマスイブの夜、私は気づいた。

 

「嘘」と「ほら」のちがいを。

 

嘘は相手を欺くけれど、ほらは相手を包む。

 

嘘は自分を守るけれど、ほらは相手を守る。

 

今の私には、息子を守るための「優しいほら」が必要で、それは決して悪いことじゃないんだって。

 

同じような気持ちの方がいらしたら―。

 

自分を責めなくていい。完璧じゃなくていい。

 

悲しみを抱えたまま、それでも誰かを愛そうとしている私たちは、十分に頑張っている。

 

明日は、おにぎりを作ろう。

 

息子のカウンセリング、私のカウンセリング、そしてC菜の帰宅。

 

きっと、また少し違う一日になる。

 


 

L菜へ

 

 

 

「今日、C菜が帰ってくるんだ。L菜も、きっと一緒に喜んでるよね〜。  

 

メリークリスマス。私たちとL菜のクリスマス。」

 

 


 

    

私のグリーフ時期お助けグッズです