朝6時過ぎ。
二度寝をしてしまい、目を覚ますとこんな時間になっていた。
6時20分を過ぎると、太陽はすでに高くのぼっている。
走る車の数も多くなり、風が心地よく頬をなでる。
本当は、こんなに陽が高くなってから散歩するのはあまり好きではない。
前夜に塗ったハイドロキノンのことを考えると、一度顔を洗って日焼け止めを塗らなければならないからだ。
太陽の光自体は好きなのに、こういう手間が「めんどくさいなぁ」という気持ちを連れてくる。
顔も洗わず、ふっと、なんとな〜く家を出る。
私にとっては、そんな身軽な散歩がいちばん心地いい。
川の水は、勢いよく流れていた。
「毎日散歩をしているとコースを変えたくなる」と聞いたことがあるけれど、2ヶ月近く続けているこの散歩道に、私は一度も飽きたことがない。
今日は時間に余裕があったので、あの標語のある場所まで足をのばしてみた。
看板の前まで行き、今日も心の中で句を詠んでみる。
楽しいな L菜と歩く 散歩道。
……うーん、今の気分とは少し違う気がする。
歩いたぞ 褒めてつかわす 綿毛母
なんだか今日も調子が出ない。
相変わらず文字の神様には見放されてしまっているよな、なんて苦笑いする。
歩きながら、色々なことが頭をよぎる。
外は、眩しいくらいに明るい。
「仕事に行きたくないなぁ」
「何もしたくないなぁ」
行きにはそんなことを考えていたけれど、帰り道につく頃には、どうでもよくなっていた。
野心なんてない。
特別に頑張ろうとも思わない。
ただ、なんとなく一日が終わっていく。それでいい。
帰り道、太陽に背を向けて歩いていると、背中がぽかぽかと暖かくなってきた。
それはまるで、L菜がそっと背中を押してくれているような、優しくさすってくれているような温もりだった。
こんな時間の散歩も、悪くはないかもしれない。
そう思いながら、家のドアを開けた。
静かな空間の中、いまこれを書いている。
家に帰り着き、いつものように「おはよう」と言う。
それが、今の私にとって満たされた一日の始まりだ。
がんばらなくてもいい。大きな目的がなくてもいい。
ただ今日という一日を、息をして過ごすこと。
ある作家はこう言った。
「今日という日は、残りの人生の最初の一日である」
何者でもない自分のままで、背中に感じるぬくもりを頼りに、ただ一歩を重ねていく。
その歩みは、もう十分に温かく、愛おしい。
おはよう。みんな。
おはよう。L菜。
おはよう。私。
今日も、この心地いい場所から、穏やかに一日を始めていこう。

