次への一歩をアシストするビジネスコーチの福田です。
建設業・SIerを経て、通信建設の業界で経営管理部門を経験し、今は住宅産業で専任技術者という立場で、緩やかに経営変革の成り行きを観ています。
いつのことだったか、残念に感じたことを思い出したので少し。
「手塩に掛けた」と勝手に思うと、人は未練がましくなるんでしょうね。
優秀な部下が、課題を抱える部門の立て直しのために、乞われ、本人の意向もあって異動する。組織では、よくあることです。火消し目的だったり、サクセッションマネジメントとしてハードなプロジェクトに着かせたり。
異動して暫くすると、曖昧だったこと、仔細な点で把握できていないことに気付きます。すると、打ち合わせのなかで「どういう引き継ぎをしたのか知らないけれど」というコメントが。
エッ? あなた当事者でしょ?
傍目には、充分に時間を掛け、必要なことは、きちんと引き継ぎされたのでは。
勿論、抜け漏れはあるかも知れないけれど、改めて確認すればしたように思えるけどね。他人事のようなコメントって何なんだろう。と聞いたかな。
期待を抱き、手塩に掛けて育てたと自負しているであろう上司としては、他部署に引き抜かれたことで、「俺が育てたのに」と少しいじけたか。
永久就職したわけでも、一つの部署で定年まで勤め上げることもないだろうし、いつまでも縛り付けておける筈もないのにね。
寧ろ、引き抜かれるほどに期待されている事実、そこまで成長したこと、そこに伴走できたことを喜ぶべきでしょ。
もう一つ。
あるスクールで勉強した受講者が、学びを深めたいと、同じ系列の他スクールの学びの場に参加しようと思っている。だけど何故か逡巡としている様子。
ンッ? と思ったら、最初に教えを乞うた師匠が、自分のテリトリー以外で学ぶことを良しとせず、叱責されることを恐れている。
いやいや、教え子を囲い込むことで、自分のテリトリーを強化し、受講者を獲得しビジネスを維持したい思いなんだろうけど、「私が指導したのに」というのは、どうなんでしょうね。
組織におけるマネジャーの仕事のひとつは、部下の育成。でも、最新の知識、最新の技術という点では、部下の方が知っているということが珍しくもなくなった今、マネージャーの過去の成功体験は、あまり歓迎もされず貢献度も低くなっていて、知識供与、スキルトランスファーという範囲の直接的な教育では、指導者を超える成長はない。
ここにコーチングベースのフォローが加わることで、直接的な指導を超えた成長に繋がり、指導者以上に成長し、指導者のテリトリーを飛び出して力量を発揮する。自分を超える成長を実感できたら、それは指導者冥利と言えそうな。そして、そういうマネージャーこそが、これからは評価されると思いたいですね。
1on1がブームになったことで、表面的な知識と形式的なスキルには限界があることを知り、きちんとコーチングを学ぼうとしているビジネスパーソンが増えているような気がします。きっと良いこと。
いずれにしろ「手塩に掛けて育ててやったのに」「だから今があるのに」と執着することなく、可愛がった部下なり教え子なりが、自律的に動きだし、活動の場を広げ、自分の居場所を築こうとするなら、それは成長の証しとして歓迎し、喜ぶ。そうありたい、そう思って欲しい。と改めて思ったのでした。
「思考整理の案内人」こと福田でした。
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