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日本米も美味しいけれど

日本はお米の国だが、“お米=あのいつもの食卓のご飯”と思ってしまっている人が多いのは残念なことである。“お米=日本米”ではないし、水分を蒸発させて炊く方法だけがお米の調理法ではない。いろいろなお米の魅力を知るためには、外国のお料理を作るときに、思い切って外国のお米で作ってみるのも一案だと思う。

記録的な冷夏だった1993年、詳しくは知らないがタイや中国や米国からお米が緊急輸入された際、おしなべて外国のお米は食感や味や香りが良くないという説が流れた。輸入されたのがインディカ米だったのか、ジャポニカ種だったのかは知らないが、ともかく日本のお米ではないからまずいのではなく、期待する普段のお米とは種類が違うからがっかりしたというだけの話ではないだろうか。さらには日本米用に開発された炊飯器で炊けば、本来の美味しさが出ないのもしかたないこと。驚くのは、餅米を入れるとよいなどという噂も聞かれたらしいが、そこまでしてあの粘りを出したかったのだろうかとかいがいしく思う。餅米には餅米の香りがあるし、なにより調理時間もタイ米とは異なる。

結局、輸入されたお米は、日本人のお米に対する固定観念の犠牲となった。お米騒動でどの家庭もお米の確保に必死だったのかも知れないが、少し視点を変えて日本米の代用とするのではなく、海外旅行に行った気分で海外のお米を愉しむべきだったのだ。なにはともあれ、家族のために遠くまでお米を買いに行ってくれた母には感謝している。(母はお弁当だけに日本米を入れてくれたが、私はべつにサンドイッチでもスパゲッティでも、あるいは冷凍ピラフでも良いじゃないなんて思っていた。)

あれから20年弱経ち、食の国際化は進んだものの、いまだにピラフやリゾットに炊飯済みのご飯を使い回すだなんていうレシピを多々見かけて、正直残念に思うことがある。お米を炒めてからスープを注いで芯を残した仕立てにするとぐっと引き立つはずなのに(カルナローリやアルボリオだとますます美味しいが、日本米でも作れる)。お米に芯が残っているのはけしからんとは言うものの、アルデンテだと思えばそれもまたお米の味だと思って楽しめるようになる(限度はあるが)。こんなことを書くと日本の文化や日本人の心を踏みにじっているなどと批判されそうだが、お米をよりよくより広く知ると、いっそう日本のお米文化を深く理解できると思う。