Text or Nothing -292ページ目

中高生時代

高校卒業証明書が必要になったので、昨日は母校へ行って来た。
懐かしい!!

学校周辺は様子もがらりと変わり、昨今の国際情勢に鑑みてか以前にも増して警備が厳しくものものしい。機動隊か何かの防弾加工されたバス10台と、いつでも検問・尋問しますよと意気込む雨合羽のお兄さんたちに見つめられながら、わざとアホ面して歩くわたし…汗

そしてなにより驚いたことに、近所にあった私立の中高が、無関係の大学キャンパスに変身している。その中高の生徒とは、かつて通学路を分け合うようにして同じ坂を登った。中高校舎を買い取った大学は、昨今の流行に倣ってか、キャンパス拡充に野心的なのだ。

そんな中、我が母校は、時の流れが止まったかのごとく、昔のままだったドクロ
門をくぐるのは約8年ぶり。冷めた目で見てみると、暖かみさえ覚えるつくり。
時代に左右されない普遍的なことを重んじる校風の意味もようやくしっくり飲み込めたひらめき電球

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わたしはいまだに中高生の気分叫び
ひょっとするとこの先何十年経っても、心の中の中高生時代は色褪せないのかもしれない。
人にはそうした、心の青春のような時期があるのかもしれない。

帰り道、地下鉄に乗ってから考えた。
中学と高校では、自分というものの探求をしたり、について考えたりした。
だが、実際に自分を見つめ、他者とのかかわりを大切に思うには、学ぶだけでは足りなかった。

あのころは、自分とは何かまだ分からなかったし、自分は居さえしなかった
なにより人を愛するという心を知らなかった目

うぶだった過去の時代を一段上から見つめ直して、昨日は少し世界が広くなった気がした。
世界が広くなるとは、世界に一歩近づき、そしてまた世界が遠景に遠のくような、不思議な感覚。
大人になってからも日一日とこの世における自分というものをより広い目で把握していくとは、あのころの自分にとって思いもよらぬことだった。