Text or Nothing -274ページ目

futile と utile

お坊さんだか僧侶(?)の方がこんなことを言っていた。

勉強は、面倒と思わず面白いと思え
 ツラが倒れると書くと面倒
 ツラが白いと書くと面白い
 たった一文字の違いで、取り組みは大きく変わる

高校の修学旅行の折、奈良のお寺か神社で聞いた講話。
今でもよく思い出す。

今日のお題は futile utile
やはり一文字の違いが意味を180度変えるペアである。
だが、語のルートは別々で、"f" に意味はない (Cf. utile / inutile) 。

utile はラテン語の utilis (=usable, useful) から。もとは動詞 uti「用いる」+ -lis「~しうる」から。
futile はラテン語の futilis (簡単にこぼれ出る)から。fut「こぼす」+ -lis「~できる」が語源。そもそもは動詞 fundere「散らばる・溶ける」の過去分詞 fusus に fu- の形を負うている。

utile と futile は、uti と fundre の段階では赤の他人なのだが、接尾辞 -lis に接続するに及んで一字違いのそっくりさんになりおおせる。しかも今でこそ「役に立つ / 役に立たない」というきれいすっきり対称的な意味だが、中世までは「規則正しく頻繁に高利で用いうる / 中身を簡単にこぼしうる」と、互いに用途も異なった。

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ものごとをときどき面倒に思ってしまう自分はいい歳をして子どもじみていると思う… なすべきことに対して気力が出なくて面倒という感情を抱くなど、一介の大人にはあるまじきことなのではないだろうか。futile と思わず utile と思うにはまず、自分自身がfutile (まあ節穴というか…)ではなく utile (こぼすことなくあますとこなく…)といった態度で utility に対して立ち回る覇気が必要だ。ものごとの面が倒れていると思ううちは、自分の顔も顔もぶっ倒れ。白く輝かしくありたい。自分を変えたい。