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固有名詞の形容詞化 - beckettien

フランスの哲学者 Descartes について使われる形容詞は cartésien。
名前の Des は接頭辞のような扱いであるから、それに続く cartes から作られたという。
英語の文献でもしっかりデカルト派に Cartesiens という呼称が当てられているのはおもしろい。

フランスの固有名詞にはしばしばそれに対応する形容詞が存在する。
多くは Paris - parisien, Nice - niçois, Lyon- lyonnais, Proust - Proustien, Balzac - balzacien, のようにシンプルな変化をする。
だが固有名詞そのものよりも語源にさかのぼって形容詞化される例もままある。
したがって、形容詞を見ると、逆に名詞の語源がなんとなく辿れたりもする。
cartésien もそうだが、Rimbaud の形容詞は rimbaldien。これは au という綴りが al 由来だかららしい。

固有名詞の形容詞化は、固有名詞が一般化することの言語的な現象である。
固有名詞に結びついているという点で固有であるが、形容詞である時点で固有性を剥奪されている。固有性が一般化され、固有のもの以外にもその性質が指摘されるほどにその固有性が普遍的な概念として把握されるまでに至っているということかもしれない。

サミュエル・ベケットの論文集 Samuel Beckett Today / Aujourd'hui の次号のテーマのひとつに、「beckettien とはなにか」が含まれている。作者存命中は「ベケットの」という意味で用いられてきたが、没後20年が経過すると、必ずしもそうとはかぎらなくなる。近ごろはさまざまな言葉に「的な」をつける表現がわりと聞かれるが、この beckettien も、日本語で言うなら「ベケット的な」のような意味をもつことが増えてきた。今後ベケット自身の作品世界と無関係のところで、beckettien という形容詞が使われるとすれば、それはどのような意味をもつのだろうか。固有名詞の死 ― そういえばベケットの目指す境地と似ているかも知れない。

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「的」は中国語では日本語の「の」に当たるそうで、台湾の一部などで「的」を日本の平仮名の「の」に置き換えるお遊びもときどきあるらしいが、日本語で「~の」と「~的な」と言ったと帰途では、指標する範囲が異なると思う。
まさに「~の」から「~的な」への移行こそが、その修飾語が放つ意味の射程の拡大を意味しているのである。
やはり「~的な」はだれもが使いたくなるような、表現のタスクを広げるための便利な表現である。

けれど、以前「キケロ的な」という形容詞を「キケロ風の」と訳したところ、著名な翻訳家は「キケロばりの」と訳していて脱帽した覚えがある。どんな言葉にも「~的」をつけるのはやや躊躇われる。