忘れること - 思い出すこと
今日は固有名詞が思い出せなくて歯がゆく思うことが10回ほどあった。
生きていると、忘れたいのに忘れたいこともあれば、思い出したいのに思い出せないこともある。
どちらも、悲しくなるくらい堪え難いことだと思う。
記憶を自由に消したり保ったりできたら、それにこしたことはないのに。
忘れるのと、思い出すのとでは、どちらが易しいのだろうか?
思い出すというのは、忘れていなければできない。
たしか、昔読んだマルセル・プルーストについての評論に、
「プルーストは記憶力が悪かったのだろう。
思い出すためには忘れなければならない。」と書かれていたと思う。
思い出すというのは、記憶力が悪いということ。
忘れることができれば、(そのうちのすべてではないが)思い出せる。
すると、忘却ができないというのは、悲劇だということになる。。。
記憶を保つことはあたかも幸福なことに見える。
だが、すべてを記憶していてはとてもじゃないけれど、もたない。
すると、忘却こそが生の充実を支えていてくれるらしい。
そして、そのようにして生じた間歇になんらかの刺激によって喚起される記憶は、文字通りのよみがえりであり、鮮やかだ。
だが、ここでいう記憶とは、ひょっとすると、記憶と主体との、慣れきっていないわくわくするような関係のことなのかも知れない。そんなどきどき感が無い状態は、記憶ではなく習慣だから。
そうか、では、話は振り出しに戻るようだけれど、忘れられないというのは、習慣になってしまうということ。われわれの感覚を鈍感にし、麻痺させたりもする。思い出すほうが忘れるより簡単であるというのは、感覚のもつ対象への繊細な感受性をそこなわないからということになるだろう。
もっとましなブログを書きたいものだ…
生きていると、忘れたいのに忘れたいこともあれば、思い出したいのに思い出せないこともある。
どちらも、悲しくなるくらい堪え難いことだと思う。
記憶を自由に消したり保ったりできたら、それにこしたことはないのに。
忘れるのと、思い出すのとでは、どちらが易しいのだろうか?
思い出すというのは、忘れていなければできない。
たしか、昔読んだマルセル・プルーストについての評論に、
「プルーストは記憶力が悪かったのだろう。
思い出すためには忘れなければならない。」と書かれていたと思う。
思い出すというのは、記憶力が悪いということ。
忘れることができれば、(そのうちのすべてではないが)思い出せる。
すると、忘却ができないというのは、悲劇だということになる。。。
記憶を保つことはあたかも幸福なことに見える。
だが、すべてを記憶していてはとてもじゃないけれど、もたない。
すると、忘却こそが生の充実を支えていてくれるらしい。
そして、そのようにして生じた間歇になんらかの刺激によって喚起される記憶は、文字通りのよみがえりであり、鮮やかだ。
だが、ここでいう記憶とは、ひょっとすると、記憶と主体との、慣れきっていないわくわくするような関係のことなのかも知れない。そんなどきどき感が無い状態は、記憶ではなく習慣だから。
そうか、では、話は振り出しに戻るようだけれど、忘れられないというのは、習慣になってしまうということ。われわれの感覚を鈍感にし、麻痺させたりもする。思い出すほうが忘れるより簡単であるというのは、感覚のもつ対象への繊細な感受性をそこなわないからということになるだろう。
もっとましなブログを書きたいものだ…