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夏の暑さ~ノスタルジー

梅雨も明けて、いよいよ夏本番。

ここ数日、極端に暑くなってきました。

湿気がおさまったのが何よりも救いです。

なんか、暑いのに慣れてきました。

それに、湿気さえなければ耐えられるということも分かりました。

6月半ばまでは暑さに慣れていなかったために、すごしにくく思っていたのが嘘のよう。

今となってはもはやいちいち暑さにリアクションしていられません。


夏は生き物の生命力が試されるときなんでしょうか。

夏山に薄着で登って命を落とす人がいるという話を聞くと、寒さは恐ろしいと思いますが、

暑さと寒さでは、生命体にとってより過酷なのは暑さなのだそうです。

なるほど、ある程度の寒さまでなら目も覚めるし頭も冴えるし、体温を維持するために基礎代謝もあがるし。ある程度寒いと生命体の活動はむしろ活発になるのでしょう。

一方、暑さはと言うと、頭はくらくらするし、ぼうっとするし、体温を上げる必要もないので基礎代謝も下がるし。ということで、ある程度の暑さにおいて生命体はがんばろうとすることがなく、緩んだゴムやばねのように、しだいにばててしまいそう。


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だからこそ、夏の太陽の下、身も心も焦がされたような思いのときでも、なにかしらの心地よさを感じてしまうのだろう。夏休みとはなんらかのノスタルジーを掻き起こすもの。それはたしかに、幼い頃開放感と好奇心たっぷりにすごした夏休みの思い出からくるのかもしれない。だが、ひょっとすると、幼い頃無心に暑さと戦ったその思いを体が覚えているからなのかもしれない。


人は、痛みや苦しみを、言葉では覚えていても、体では覚えていられない。

覚えているような気がしても、それは言葉で覚えているだけ。

夏の暑さが、ときにつらいレベルに達しようと、その思いを体はとどめていない。

だからこそ、まったく暑くない冬に、夏にどれほど暑かったか具体的に思い出すことはできない。

だが、ひとたび夏の焦がれる暑さに晒されれば、無意識のうちに実に宿る遠い昔のその記憶も、鮮やかに蘇る。夏の灼熱の太陽は、思い出のアーカイブに働きかけるからこそ、魅力的。


<ペットの犬も暑い>


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