Text or Nothing -122ページ目

不在者の証明とはいかに?

足立区で30年以上に永眠されたはずの方がご自宅から見つかったそうだ。

ご遺体は、自室の壁に囲まれて、一人静かに切に、見つけて欲しいと、世の中に向かって叫びつづけていただろう。ようやく安らかな眠りにつけることと懇願してならない。

ところで、都内各地で行方不明の高齢者が続々と発覚しているという。

「所在不明者が見つかる」とはこの場合、所在が不明であるという事実が明るみに出るということ。

実在する者の存在証明は簡単だが、実在しないと疑われる者の不在証明は難しい。

近い将来は、若いうちに指紋を登録して、年金の受給に指紋認証が必要になったりして。

すると、存命中に子に指紋を移植する不心得者もなきにしもあらず。

いずれにせよ、もはや善意に頼ってものごとが滞り無く行われるシステムは死んだと思うべき。

古き良き日本は、古い時代のものとなって、大部分が葬られるだろう。

古いものを守ろうとは思わない。時代が押し寄せてくる。

これからは、日本人という定義もますます曖昧になるだろう。
いつしか、サザエさん一家のような日本人は、大多数ではなくなるだろう。
曖昧がウリの日本は、おしよせてくるアイデンティティの多様性に、そのウリのほうの曖昧性を引き渡し、なんらかの合理性を身につけるようになるのかもしれない。それにしても価値観の多様性は、その代償に、阿吽の呼吸への期待を慎むことを要求するのではなかろうか。