もうなにものも望むまいという境地
今日は走った。
本当に時間がなくて、仕上がらなくて、最後の最後に仕上がってはいないけれどケリをつけて、適当に身支度をして玄関から走り出た。
帽子も持たず、日傘も持たず、日焼け止めも塗っていなかったけれど、日焼けも気にせずに走った。
電車が止まったり遅れたりしていなければ良いなと思って走った。
電車に乗ってちょっと一息。
茫然自失。
けどなんとか間に合いそうだ。
力のかぎりを尽くしたとき、これ以上何もできないというとき、自分の無力さを知る。
汗が次から次へと垂れてくる。クーラーは効いているけれど、体の中側がいつまでも暑い。なんか洋服が全部汗でびしょぬれだ。
普段だったら汗をかきすぎたら格好悪いなどと気にして、どうしようどうしようと戸惑うはずが、今日は掛けがねが外れたかのように、ある種の諦観に浸っていた。もうなにものも望むまいと思った。
日頃どうでもよいことにあれこれ欲深くしてうつつを抜かしていられるとはある意味、ホント御身大事なヤツだ。この道で曲がりなりにもやっていけるのなら、もうそれ以上は何も望まない。楽しいとは、苦しいことだ。苦しみの極みに向かうことが可能になって初めて、楽しいといえる。松井大輔選手の何かのインタビューを聞いて、私もそう思った。少なくとも私にとって、楽しくないときは、努力のたりないときだ。あれ欲しいこれ欲しいといろいろファッションやお買い物に気を取られているようなアホくさいときというのは、じつはつまらない。消費はつまらない。なにかを生み出さねば。
時間の使い方についても同じことが言えそう。時間を使うとは言ったものの、あるときは時間を浪費し、あるときは時間を創造的に有効利用する。面白い、楽しいという感情は、時間を有効利用しているとき。暇つぶしと呼べるものごとにふけっているときは、たとえふけっていたとしても、それは時間の消費でしかない。消費することは、生きていることに対してのモルヒネかも。
本当に時間がなくて、仕上がらなくて、最後の最後に仕上がってはいないけれどケリをつけて、適当に身支度をして玄関から走り出た。
帽子も持たず、日傘も持たず、日焼け止めも塗っていなかったけれど、日焼けも気にせずに走った。
電車が止まったり遅れたりしていなければ良いなと思って走った。
電車に乗ってちょっと一息。
茫然自失。
けどなんとか間に合いそうだ。
力のかぎりを尽くしたとき、これ以上何もできないというとき、自分の無力さを知る。
汗が次から次へと垂れてくる。クーラーは効いているけれど、体の中側がいつまでも暑い。なんか洋服が全部汗でびしょぬれだ。
普段だったら汗をかきすぎたら格好悪いなどと気にして、どうしようどうしようと戸惑うはずが、今日は掛けがねが外れたかのように、ある種の諦観に浸っていた。もうなにものも望むまいと思った。
日頃どうでもよいことにあれこれ欲深くしてうつつを抜かしていられるとはある意味、ホント御身大事なヤツだ。この道で曲がりなりにもやっていけるのなら、もうそれ以上は何も望まない。楽しいとは、苦しいことだ。苦しみの極みに向かうことが可能になって初めて、楽しいといえる。松井大輔選手の何かのインタビューを聞いて、私もそう思った。少なくとも私にとって、楽しくないときは、努力のたりないときだ。あれ欲しいこれ欲しいといろいろファッションやお買い物に気を取られているようなアホくさいときというのは、じつはつまらない。消費はつまらない。なにかを生み出さねば。
時間の使い方についても同じことが言えそう。時間を使うとは言ったものの、あるときは時間を浪費し、あるときは時間を創造的に有効利用する。面白い、楽しいという感情は、時間を有効利用しているとき。暇つぶしと呼べるものごとにふけっているときは、たとえふけっていたとしても、それは時間の消費でしかない。消費することは、生きていることに対してのモルヒネかも。