牛を見ました
またまた5月のお話です。
フランスの5月は祝祭日が多く、ユリウス暦と教会暦が上手いことマッチすると、大型連休だらけだったりします。そんなわけで先月、少々他人の用事に付きあいに、ノルマンディー地方へ行ってまいりました。泊まったのは携帯電話の電波がなかなか通じない山奥でした。
気に入った写真を適当に何枚か載せます。またあらためて個別に紹介できたらと思います。
(今日のお話の主役は牛なのに、牛の写真はありませんでした。。。)




普段携帯でウェブを見るのは自宅でも出先でもWi-fiのみで事足りた(パリでは無料Wi-fiが街のあちこちで見つかるため)のですが、他の地域ではひょっとするとホットスポットはあまりないかもしれないと思い、あらかじめ500MBぶんのデータ通信をチャージしておきました。
しかしいざノルマンディーの民宿に着いてみると、3Gはおろか2Gも見つからないような深い森林地帯でした。もちろん、近くの“町”まででかければ通話も3Gデータ通信も快適に利用できましたが、夜寝ながら天気予報チェックなどできず、寂しい思いをしていました。
結局、“町”にてメールチェックなどはちょくちょくしたものの、500MBのうち50MBほどしか利用しませんでした。(Orange社のmobicarteというプリペイドカードのラインナップに、データ通信用のカードがあります。2週間有効の500MBだと10ユーロ。1週間有効の100MBで5ユーロというのもあります。SIMにチャージという感じです)
どこへ行くにも車に乗らなくてはならず、しかも地元の人が言う「近い」というのが大抵5キロ~10キロ先の意味だったりして、結構世の中を見る目が変わりました。なんて自分は狭い世界に生きてきたのかと…。そして人間は空と大地に生かされているのを実感しました。今も東京が大好きなことには変わりありませんが、ただそれは生まれ故郷にたいする愛着でしかなく、けっして都会を好きこのんでのことではないと気づきました。
散歩をしていると、いきなり牛がじっとこちらを見ているところに遭遇したりします。まったくもって印象的でした。牛は図体が大きいので、当然顔も大きいわけですが、実際にあの大きな顔の大きな目で見つめられると、今にも喰われはしまいかと、おっかなくて凍りつきそうでした。
とはいえ、牛たちは至って柔和で、数十分、いや下手すると1時間も2時間も微動だにせずにいます。一体何を考えているのだろうと疑問に思うほどです。かわいらしく思えてきて安心しました。
牛たちの、感慨深そうにしながら何も考えていなそうな様子は、見ていて飽きません。人間も本当はあれでいいんだなぁなんて思います。(自分でも何を書いているんだか分かりませんが…)
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今回ノルマンディーへ出かける直前に、偶然テレビで見たドキュメンタリー番組では、戦後の畜産や酪農の急発展の背景に、動物虐待に近いほどの理不尽な“工業的”な飼育の問題があると指摘していました。
そのような大規模の牧畜では、多くの鶏や牛や豚が、一生に一度も太陽を浴びることもなく、草原を駆け回ることもなく、ただ強制収容所のような狭いところにすし詰めにされて、人間のための卵やミルクやお肉を提供して一生を終えるという話でした。それはそれは文字通りの「ウサギ小屋」のような養鶏場・養豚場etc.でした。胸が痛みました。(とはいえ、牛さんって微動だにしないので、そこまで広い土地でなくてもいいのかも…)
現在のフランスの食肉消費量は、20世紀初頭だか20世紀中頃と比して、3倍だか8倍だかそこいらにも上るそうです(数字は超うろ覚えですが、目の玉が飛び出るほどの増加ぶりでした。たしかに昔は極端に肥えている方はあまり多くなかったと思いますし、人口も今より少なかったはずでしょう)。そんなわけで、限られた面積の土地で効率よく大量に食肉を供給するため、効率重視の牧畜システムがアメリカから輸入されたのです。“動物が動物らしく生きる権利”の無視もやむをえないとのことでした。
ただ、いわずもがな、そのようにして飼育された動物には当然多大なストレスがかかっているはずで、そんな食品を口にする人間にも悪影響が及ぶに違いないという見方があるとのことです。この番組に洗脳されすぎたのかも知れませんが…自分はもうベジタリアンになろうと思ったほどでした。
しかし、私がノルマンディーに出かけたときに見かけた牛や鳥や羊などは、存分に自由を得てのびのびと暮らしていて、あんなテレビで見たような飼い殺しの家畜ばかりではないと分かり、安心しました。ほとんど趣味レベルかと思うほど、だだっ広い土地の隅っこにあまり多くない牛がいるだけという風景ばかりでした。売ったらキロあたりものすごいお値段がしそうです。まあ、このような自然な育成をおこなっている業者は多くないように思われます。工業的に大量生産される安価な食肉鶏卵牛乳がすさまじく大量なわけですし。それに、私もやはり安価な食品に支えられているわけですし。
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もちろん、ノルマンディー地方には、風光明媚な田園のみならず、海沿い・川沿いの地の利を生かした貿易都市・工業都市もあり(第2次世界大戦の時に爆撃を受けて壊された街が、戦後に工業都市として急成長したと聞きました。その最たる例がル・アーヴル)、どこにでも牛がいるわけではありませんし、電話が通じるところも多かったです。
フランスの5月は祝祭日が多く、ユリウス暦と教会暦が上手いことマッチすると、大型連休だらけだったりします。そんなわけで先月、少々他人の用事に付きあいに、ノルマンディー地方へ行ってまいりました。泊まったのは携帯電話の電波がなかなか通じない山奥でした。
気に入った写真を適当に何枚か載せます。またあらためて個別に紹介できたらと思います。
(今日のお話の主役は牛なのに、牛の写真はありませんでした。。。)




普段携帯でウェブを見るのは自宅でも出先でもWi-fiのみで事足りた(パリでは無料Wi-fiが街のあちこちで見つかるため)のですが、他の地域ではひょっとするとホットスポットはあまりないかもしれないと思い、あらかじめ500MBぶんのデータ通信をチャージしておきました。
しかしいざノルマンディーの民宿に着いてみると、3Gはおろか2Gも見つからないような深い森林地帯でした。もちろん、近くの“町”まででかければ通話も3Gデータ通信も快適に利用できましたが、夜寝ながら天気予報チェックなどできず、寂しい思いをしていました。
結局、“町”にてメールチェックなどはちょくちょくしたものの、500MBのうち50MBほどしか利用しませんでした。(Orange社のmobicarteというプリペイドカードのラインナップに、データ通信用のカードがあります。2週間有効の500MBだと10ユーロ。1週間有効の100MBで5ユーロというのもあります。SIMにチャージという感じです)
どこへ行くにも車に乗らなくてはならず、しかも地元の人が言う「近い」というのが大抵5キロ~10キロ先の意味だったりして、結構世の中を見る目が変わりました。なんて自分は狭い世界に生きてきたのかと…。そして人間は空と大地に生かされているのを実感しました。今も東京が大好きなことには変わりありませんが、ただそれは生まれ故郷にたいする愛着でしかなく、けっして都会を好きこのんでのことではないと気づきました。
散歩をしていると、いきなり牛がじっとこちらを見ているところに遭遇したりします。まったくもって印象的でした。牛は図体が大きいので、当然顔も大きいわけですが、実際にあの大きな顔の大きな目で見つめられると、今にも喰われはしまいかと、おっかなくて凍りつきそうでした。
とはいえ、牛たちは至って柔和で、数十分、いや下手すると1時間も2時間も微動だにせずにいます。一体何を考えているのだろうと疑問に思うほどです。かわいらしく思えてきて安心しました。
牛たちの、感慨深そうにしながら何も考えていなそうな様子は、見ていて飽きません。人間も本当はあれでいいんだなぁなんて思います。(自分でも何を書いているんだか分かりませんが…)
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今回ノルマンディーへ出かける直前に、偶然テレビで見たドキュメンタリー番組では、戦後の畜産や酪農の急発展の背景に、動物虐待に近いほどの理不尽な“工業的”な飼育の問題があると指摘していました。
そのような大規模の牧畜では、多くの鶏や牛や豚が、一生に一度も太陽を浴びることもなく、草原を駆け回ることもなく、ただ強制収容所のような狭いところにすし詰めにされて、人間のための卵やミルクやお肉を提供して一生を終えるという話でした。それはそれは文字通りの「ウサギ小屋」のような養鶏場・養豚場etc.でした。胸が痛みました。(とはいえ、牛さんって微動だにしないので、そこまで広い土地でなくてもいいのかも…)
現在のフランスの食肉消費量は、20世紀初頭だか20世紀中頃と比して、3倍だか8倍だかそこいらにも上るそうです(数字は超うろ覚えですが、目の玉が飛び出るほどの増加ぶりでした。たしかに昔は極端に肥えている方はあまり多くなかったと思いますし、人口も今より少なかったはずでしょう)。そんなわけで、限られた面積の土地で効率よく大量に食肉を供給するため、効率重視の牧畜システムがアメリカから輸入されたのです。“動物が動物らしく生きる権利”の無視もやむをえないとのことでした。
ただ、いわずもがな、そのようにして飼育された動物には当然多大なストレスがかかっているはずで、そんな食品を口にする人間にも悪影響が及ぶに違いないという見方があるとのことです。この番組に洗脳されすぎたのかも知れませんが…自分はもうベジタリアンになろうと思ったほどでした。
しかし、私がノルマンディーに出かけたときに見かけた牛や鳥や羊などは、存分に自由を得てのびのびと暮らしていて、あんなテレビで見たような飼い殺しの家畜ばかりではないと分かり、安心しました。ほとんど趣味レベルかと思うほど、だだっ広い土地の隅っこにあまり多くない牛がいるだけという風景ばかりでした。売ったらキロあたりものすごいお値段がしそうです。まあ、このような自然な育成をおこなっている業者は多くないように思われます。工業的に大量生産される安価な食肉鶏卵牛乳がすさまじく大量なわけですし。それに、私もやはり安価な食品に支えられているわけですし。
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もちろん、ノルマンディー地方には、風光明媚な田園のみならず、海沿い・川沿いの地の利を生かした貿易都市・工業都市もあり(第2次世界大戦の時に爆撃を受けて壊された街が、戦後に工業都市として急成長したと聞きました。その最たる例がル・アーヴル)、どこにでも牛がいるわけではありませんし、電話が通じるところも多かったです。