音楽は祈り - モーツアルト
久しぶりに聞いたモーツァルトの戴冠ミサ曲とレクイエム。
忘れもしない去年の暮れ、大事な大事な試験の日に聞いていた。
気持ちを鎮め集中力を高めるために聞いていたのが、かえって泣きそうな気持ちになってしまったのを覚えている。人がなし得ることの偉大さと矮小さを、魂の清らかさと刺々しさとを、絶対的な清明さをもって歌いかけてくる音楽。
モーツァルトというと、巷ではオーボエ協奏曲や交響曲40番やトルコ行進曲やバイオリン協奏曲4番など、優雅で荘厳な宮廷を思わせる音楽で名高い。
けれど、聞いていると緊張で息をのんでしまうようなミサ曲やレクイエムにこそ、モーツアルトの音楽性が余すことなく出ているように思う。
音楽はその起源に遠からず、なんらかの「祈り」なんではなかろうか。
たしかモーツアルトは、宮廷音楽家だった。
だれもがこれぞモーツアルトと思いがちな、優雅なあたりさわりのない明るい音楽は、ひょっとするとアーティスト魂をそこそこに、職業感覚で創った曲もあったのではないだろうか。たとえ長調であっても、なにかメッセージを強く訴えてくる美しさをもつ音楽は、聞いていて胸に響いてきて、泣きたい気持ちにさせるものだと思う。
忘れもしない去年の暮れ、大事な大事な試験の日に聞いていた。
気持ちを鎮め集中力を高めるために聞いていたのが、かえって泣きそうな気持ちになってしまったのを覚えている。人がなし得ることの偉大さと矮小さを、魂の清らかさと刺々しさとを、絶対的な清明さをもって歌いかけてくる音楽。
モーツァルトというと、巷ではオーボエ協奏曲や交響曲40番やトルコ行進曲やバイオリン協奏曲4番など、優雅で荘厳な宮廷を思わせる音楽で名高い。
けれど、聞いていると緊張で息をのんでしまうようなミサ曲やレクイエムにこそ、モーツアルトの音楽性が余すことなく出ているように思う。
音楽はその起源に遠からず、なんらかの「祈り」なんではなかろうか。
たしかモーツアルトは、宮廷音楽家だった。
だれもがこれぞモーツアルトと思いがちな、優雅なあたりさわりのない明るい音楽は、ひょっとするとアーティスト魂をそこそこに、職業感覚で創った曲もあったのではないだろうか。たとえ長調であっても、なにかメッセージを強く訴えてくる美しさをもつ音楽は、聞いていて胸に響いてきて、泣きたい気持ちにさせるものだと思う。