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失われた時 - 『海辺のカフカ』メモ

『海辺のカフカ』の主要なテーマのひとつは「記憶」。
記憶をめぐり、その再構築と具現化をめざすかのごとく、いや、それを取りかえすことを求め、その再体験への期待のうちにさまざまな力が引き合う。

ところで、同作品に「失われた時間」という語が出てくる。
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』は、まさに文学による特権的瞬間の享受、つまり無意識的記憶による過去の再体験をテーマとした小説である。時代的に見ると、合理的でクロノロジックな記述や旧来の話者の地位をゆるがし、一人称による主観的で感性的な現代小説への敷居をもたらした作品である。

両作品に現れたこの「失われたとき」というタームを見るにつけ、社会的にも私的にも機械仕掛けの時間の中に押し込まれて生きることを余儀なくされた現代の人間存在にとって、「失われたとき」が最大の関心事のひとつであると想像できる。

『海辺のカフカ』下巻(新潮文庫、2005年)198-199頁。

「佐伯さんがやろうとしているのは、たぶん失われた時間を埋めることです」
[略]
「僕もたぶんそれと同じことをしているから」
「失われた時間を埋めることを?」
「そうです」と僕は言う。「僕の子ども時代からはずいぶんたくさんのものが奪いとられてきました。たくさんの大事なものです。僕は今のうちにいくらかでもそれを取りかえさなくてはならない」
「生きつづけるために」
僕はうなずく。

「あなたは誰なの?」と佐伯さんはたずねる。

僕は『海辺のカフカです』。あなたの恋人であり、あなたの息子です。カラスと呼ばれる少年です。僕らは大きな渦の中にいる。ときには時間の外側にいる。僕らはどこかで雷に打たれたんです。音もなく姿も見えない雷に。