自分のパートナー(恋人・家族・友人・上司)は
「私の成功を願っているのだろうか」と考えてみた。


パートナーである以上、
成功を願っていることは当たり前のこと。
もちろん中には快く思えない、
ジェラシーを感じる人もいるのだろう。
そんな人はそもそもパートナーでも何でもないのだろうが。

とはいえ、残念ながら成功を願っている人、
そんな人とでもうまく噛み合わない、
どうしてもカチンと来てしまう時がある。
パートナーだからこそ、
一番痛いところを知っている。

そんなとき、私はいつも自分の不覚か、
もしくは周囲の原因にして
その場の怒りを押し殺していた。
だがパートナーに限って、そのような態度であっては、
後々大きな溝の要因となることに気付いた。

頭では理解はしているつもりなのだが、
やさしさこそが相手を不幸に追いやったり、
目の前の問題や心境をうまく伝えられないことこそが
信頼関係を失わせる。


全般的にコミュニケーションが不足しているのだろうか。
コミュニケーションといっても幅広い。
しかし実は次の1つのことで解決されるように思えた。

指摘される側が指摘側に確認を取ること。
「あなたは私の成功のためにいってくれているのか?」

この1つのコミュニケーション。
もちろん口先だけでの回答で
その場しのぎのこともあるかもしれないが
この様な場合、たいてい見抜けるような気がする。

パートナーの目から見れば、
相手のできていないところが見えるのはあたりまえ。
しかし世界の中で数少ない味方。
いわばパートナーは自分の姿を鏡のように伝えてくれる。
ただそのときに重要なのは伝えるときに、
相手の人格否定ではなく、承認とアドバイス
を行うということだと思う。

コーチングは、指摘側のみが意識する問題ではなく、
指摘される側もコーチングを受ける状態を作らなければらない。
そこにはやはり信頼関係が不可欠なのであろう。


私はどんなことであれ指摘されたときに
パートナーの根底にある想い、
これをもっと考えられるようになりたい。
そしてある意味、溝の原因となりうる出来事を
ひとつひとつ信頼を高めるための機会にしていきたいと思う。
ここ数日間、実は仕事の現場から遠のき、
遅いながらも夏期休暇をとっていた。
その間の自分の考えについてメモを取っていたので
ちょっとづつ掲載していく。

10月3日 記
リラックスして日常の自分を思い返す。
ひとことでいうと日常の私はカチンコチンだ。
このカチンコチンは必要以上に私を力ませ、
疲労、睡眠不足、肩こり、偏頭痛、体調不良を引き起こさせている。

そんな私が今考えていること。
私が疲弊するだけれあればいいが、
私と一緒に働いている人間まで疲れていないか?
不幸にしていないか?


私が与えている影響、環境は、
ひとりひとりのライフスタイルに大きな影響を与えている。

「このままではだめだ。」
         そう感じている。

ではどうすればいいのか。
褒めること?認めること?任すこと?
どれもが本に詰め込まれたマネージメントのノウハウ。

答えはもっと違うところにある。
知らない間に全てを心ではなく頭で解決しようとしていた。

人を動かすには心でしかない。

もっともっと根本的なところ。
「俺が変わらないと」
どのように?具体的には?
正直まだわからない。

ただこの旅の間に答えを見つけたいと思う。
人は生きていく上で「強く」なければならない。
特にこのご時世、ますます弱肉強食ともいえる状況が、
社会に市場に蔓延しつつある。

しかし「強さ」とは何だろう。そして「弱さ」とはなんだろう。
考えてみた。そしてこう思った。
「強さ」とは「信じること」ではないかと。

 人を信じ、
  夢を信じ、
   自分を信じる。

 これこそが「強さ」ではないかと。

 裏を返せば「弱さ」とは、

 人を信じれない、
  夢を信じれない、
   自分を信じれない。

 これぞまさしく「弱さ」であり
 「挫折」という時なのだろう。


日常、ちょっとした出来事で
傷ついたり、凹んだり、いろいろあると思う。
しかし重要なことはその瞬間ではなく、
そこを経てその人がどうなるかにあると思う。

それでも、自分を、自分の夢を、そして関係者を信じ続けられるか。
信じるには、時に痛手をこうむる。辛い。
しかしそこに面倒向かう勇気があるか?
その「勇気」こそが「強さ」だと思う。

そのちょっとした出来事に、
傷つき、凹むことは重要だ。
それは「聴く耳」があるということだから。
市場は絶えず動く、激しく動く。
だからこそ、聴き、見ることは重要だ。

大いに傷つき、時には泣き、辛い想いを存分にすればいい。
どんなに凹もうと、それはその人の弱さではないのだから。

重要なことは信じ続けること。
信じ直ちに行動に移す奴が勝ち残る。
つまり、「信じる」→「強い」奴が勝ち残る。

そしてここからいえることがもうひとつ。
金でも名誉でもなく、人の幸せはすぐに近くにある。
逆に金や名誉で、幸せを失うこともある。
これは社会的に目に見える強さを持とうと、
まるで反比例するかのごとく、
それを持てば人を信じることができなくなる。
つまりは人間としての強さを失っている。
金や名誉を持とうとも、
信じることのできる人は本当に強い。
これこそが大成をなしえるための器なのだろう。

私は生まれもって何につけても疑い深い人間だ。
だからこそ

もっと人を、自分を、夢を
信じ続けることのできる強い人間に私はなりたい。
ちょっと更新をサボると顕著にランキングに影響する。
このBLOGは賞金やランキング目的というよりも
単純に日々の想いを綴り、自分自身を振り返ることが目的なのだが。
負けず嫌いな私にはどうもショウに障る。
運営者の図中に嵌っている。
とはいえども「GO My Way」で。

私は今、岐路に立っている。
どの選択も私にとって大きな成長を与えてくれるだろう。
しかし、、、、どの選択も痛く辛い。
ここに来て改めて自分の目指す方向が霧で包まれた。

人生とは皮肉なもので、
時に自分の進みたい方向とは別の道を指し示す。
こんなとき、私はいつもその道に逆らっていた。
しかし振り返れば、
その何か知れぬ道はどんなに逆らおうと
選ばざるを得ない瞬間が来る。
これが「運命」という奴なのだろうか。

自分の夢と自分本来が持っている能力
理想と現実。私の目指す方向にもこのギャップが存在する。
そしてこれこそが示された運命を選ばせるのだろうか。

とはいえども悩む。
この選択、大きなものが私には4年毎に訪れる。
振り返ればその瞬間は辛かったが、
私を大きく成長させ、それが豊かさを生んだ。
8年前に大きな岐路に立ったとき、
思わず男泣きしかけた詩があった。
ここで書いていいものかどうか、、、は、
今回気にせず書いておく。

               相田みつを


  長い人生になあ

  どんなに避けようとしても

  どうしても通らなければ

  ならぬ道

  というものがあるんだな

 そんなときはその道を

 だまって歩くことだな

 愚痴や弱音は吐かないでな

  黙って歩くんだよ

  ただ黙って

  涙なんか見せちゃダメだぜ

   そしてなあその時なんだよ

   人間としての いのちの

   根がふかくなるのは

今改めて読んでみるとまたしても感動。
なんでもないときに読んでも
ピンと来ないこの詩が
今のような状況では深く染み渡る。
この詩の意味は深い。
前に向いて進まなければ。

私は今マネージメントを勉強している。
マネージメントを通して、
自らの力ではなくチームで成果を残していく。
過去にスペシャリストを目指していた私にとってみれば、
マネージメントはなかなか自分の性格にあったものではない。
方向性を示し引っ張ることはできても、
チームとして盛り上げていくことは正直苦手だ。
そんな私がなぜそんな仕事をしているのか。
それは将来独立するためだ。
とはいえ独立したとき
私はマネージメントをそこまではしないと思う。
そのときにはそれが得意な人を右腕に据える。
しかし私はそのときにその右腕の気持ちを理解しなければならない。
現在の経験はそのためである。

さて、あなたにはこのような状況に差し掛かったときに
全てを打ち明けられる理解者がいますか?
私は今、殻に閉じこもっているのかもしれない。
周囲にいる多くの仲間から
心を閉ざそうとしているかもしれない。
目を背けているのかもしれない。
環境や今の状態がそうさせているとも言える。
しかしこれが本来の自分を見失せている。

だから、本来の自分でリラックスして行きたい。
            CONSTITUTION OF EARTH
               (1992年2月)


私は大学生時代、WEBクリエイターを志していた。
その当時の作品を間間で紹介します。

当時はまだインターネットがはやり始めた頃、
丁度、日本でシリコンアレーが熱くなり始めた頃だ。
当時私は起業し、いわゆるWEB代行を行っていた。
そこそこ儲かっていた。
メディアにも何度か取り上げられた。
しかし何よりも仲間で楽しく仕事をできたことが
今となっては幸せだったと思う。

まさしく趣味が高じて仕事となった。

私にとって仕事の概念、根底には
この当時の記憶が大きな影響を与えている。
時代が変わったのか、私が変わったのか、今の環境なのか。

会社を大きくしていく意味は?
売り上げをひたすら伸ばし続ける意味は?
時間を使い、心身を酷使し、その先に何があるのだろう。
ただ「成長したい」「大きくなりたい」「今の自分では駄目だ」
そんな想いだけでずっと突っ走ってる。


こんなふとした質問、自分の部下にされたなら、
私はなんと答えるのだろう。
大きくなるため。自分の存在が認められるため。そのために、、、がんばる?
悲しいかなリーマン。
組織というものはある意味現実から目をそむけるためにあるものかもしれない。


ただただ、私はいつの日か、もっと大きな器になって返り咲きたい。
タイトルをあえて「厳しい決断」とはしなかった。

仕事上もっとも嫌な判断、嫌な役割。
チームの中でがんばっていても成果を出せないメンバー。
私がメンバーに対し環境を作れていなかったり
私のコーチングができていないということを
最大の理由として判断に迷っていた。
恐らく今の私は自分の判断に自信を持てていない。

答えはひとつではなく、
立たされている環境によって大きく変わってくる。

しかし判断をしないことは、
メンバーに対する厳しさ以上に、
自分に対する厳しさが大きく欠けているのだと思う。
組織は利益を生むためにある。
その中で人が育てばモットーだが、
利益が出るかでないか、
しかも出たところで大したインパクトがでない以上、
コーチングや環境作りは2の次だったのかもしれない。

とはいえども、どんなに優秀人材が入ったとしても、
その場が整っていなければ、その人材は枯れ、
私は人のせいで終わってしまうことになる。


ただ判断を下すのは私。
その責任を取るのも私。
そう考えれば私が最適と思う判断をしていくしかない。


もともと私のチームは20名程。
しかし、現状よりも大きな成果を残すために、
ビジョンの再設定と共有、体制・環境作り、
そんなところばかりを整えていた。
更に目標を達成するためにチームを分割、統廃合。
いわゆる選択と集中のフェーズだった。
その中より更に2名の人員を異動、現在は8名。
しかしまだまだ機能していない人材がおり、効率化は可能。

大きい組織体に入ればどうしても無駄が増えてしまう。
その無駄を見抜き効率化し、
早い判断と速い行動を取っていかなければ
これからの世の中、勝ち残っていけないのだろう。


ここ3ヶ月間で、大きな結果を出さなければならない。

自分に厳しく決断をしていく。
覚悟を決めていく。


方法論や理想論は数多くあるが、
ここがビジネスの肝なのかもしれない。
やはり世の中は、奇麗事だけでは済まされない。

やってやる。
負け戦はしない。
何よりも自分に対する負け戦は。


これも全ては自分の人生の目標のために。
今日は美容室に髪切りに。
美容室に行くのは、見たクレもあるが、それ以上にくつろげる時間が目的だったりもする。
つまり読書や考えをまとめるには最適な場所ということ。

近頃は私の人生史上、珍しいほど多く本を読みあさっている。
スキルというよりも哲学チックな本が多い。
マネージメントということを意識するようになってからだろうか。

「成功者の告白」という本を読み上げる
クライマックスでは涙を抑えることが大変だった。
一言一言が心に深く深く入り込んできた。
「ボクがもとめる場所(ところ)」の答えのヒントにもなった。
本でここまで入り込んだのは初めてかもしれない。
それくらい私にとっては重要なことを書いてあった。
本の内容をここで語ることはやめ、私が感じたこと、私が今がんばっている理由、その根本的なところを記す。

私の目標
私の目標は独立しその会社を上場もしくは事業売却し30歳前半に10億以上の資産を持つこと。
(時間が迫っていてかなり焦っている。)
その金(10億あまり)は、元手にして更に起業をする。
但し、そのときは数字ではなく人生を楽しむために働きたい。
もっとでかいことを仕掛け、もっと人に感動を与える。
人が安心できる場所を提供できる。
こんな時代だから。毎日毎日一生懸命仕事して、それが人生でいいのかい?
私は仕事が好きなのでそれでいいといえばいいのだが、それだけでは寂しすぎる。
考えてみれば、仕事の楽しさとは、、
仲間(ひと)に行き着く。暗きを共にした仲間。戦友。
私には幸い、そう呼べる親友が数名ではあるがいる。
(長くなるので戦友についてはまたの機会に)

私の生い立ち
そんな私に衝撃を与えたのが今回の本。
その理由は私の潜在的な思いにあるのかもしれない。

私の家族は母と姉の3人家族。
私の両親は3歳の時に離婚した。

当時両親は店を経営していた。
売れ行きもそこそこよかったらしい。
ただ。。。
私は幼少期、親に相手にされた記憶があまりない。
写真も少ない。
親は仕事で忙しかった。
家では喧嘩、挙句の果てに倒産。
姉は当時重病をわずらい、母は看病に追われ私はますます孤独に。
そして3歳、離婚。
母親は子供二人を引き取り、6畳一間のアパートに引っ越す。
そこが全てのスタートだった。

父親とは親族を含め全く連絡を取っていない。
母側の親族は離婚に対し良い印象を持っていなかったため親族付き合いは疎遠。
祖父からは私が父に見えていたらしくあまり好かれなかった。
母親が生活費を稼ぐ。そのサポートで祖母が片手間で面倒を見る。
私は当時の孤独感を今でも忘れられない。

母親は保険会社の営業レディ。
成績をガンガン伸ばし、地域で数年間売上1位であった。
そんな母は勇ましく、父親の役割を十分に果たしていた。
そして気がつけば子供2人を大学にまで卒業させていた。
(ここには本当に尊敬と感謝で一杯だ)

祖母は今の会社に入社したその日、亡くなった。
まるで役目を終えたかのように。
辛かった。私にとっては母親同然だったため。
そして私にとっての親族は今や母と姉のみとなった。

今家族はみんな豊かさをえ、日々をすごしている。
母親は一昨年、3LDKのマンションを購入した。(びっくりした)

この環境で得たのも。
・始まりは何もなかった。だから自ら何かを作ることを覚えた。これは今の職業で活き、私の独創性によって大きな成果が生まれている。
・母親に習った勇ましさ、負けず嫌い、これで私は次々と留まることなく挑戦ができている。
・どんなに環境が悪くとも、目標をもち我武者羅に戦えば必ずかなうことを覚えた。伸し上ることの重要性、伸し上る方法。結果を出すのは環境ではないということ。
・タフであり続けること。
・人の痛みがわかること

ただ足りないものがあった。
それは愛情、そして気持ちを伝える方法。
以前は実力のみで戦っていた。
しかし今の立場になり気持ちを伝えることの方法論を考えるようになった。
そのときに、目指すべきところ、目標が霧に覆われた。
おそらく目標は存在し、その方法論に躓いたのだと思う。
愛情に飢えた私は、社会に対し認められたいという強い意志をいつしか持つようになっていた。
そう考えてみれば以前の私は私個人の存在価値を目標に歩んでいたのかもしれない。
ただ今は違う。今の立場、そしてこの時代。
時代は大きく変わろうとしている。

この本はそんな私に語りかけた
目標を成し遂げる意味は何なのか。
私自身が本当に欲しいモノは何か。
幸せや成功とは何を指すのか。
目標を実現するときに自分はどうありたいのか。

幸せは売上や規模ではない。
幸せはバランスにある。
仕事も家庭も全てはつながっている。
当たり前のことを書いているのかもしれないが、深く深く考えさせられた。
私の目標は変わらないが、ものの見方が変えられたような気がする。


【番外編】この本で考えさせられたこと
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1)偶然を偶然と思わないこと 男女を問わず出会い、ちょっとした出来事、日頃目の前で繰り広げられている全てが、次への一歩への橋渡し。

2)怒りは消えることなく形を変えどこかに現れる 怒りは子供に形を変えて現れる。
 夫婦仲が悪くなったとき子供は仲を取り持つために病気になったり、時には命を落とすこともある。
 (私は独身で子供もいません)
 子供にかかわらず怒りは人から人へと伝わり、何かしらのアラームとして自分に返ってくる。

3)障壁は決してネガティブなことではない 障壁は次のステージに進む際に、古い抜け殻を脱するために起こる極めて普通の出来事。
 ここを乗り越えることにより次への大きな成長が生まれる。

4)会社の成長に必要な役割 怒りの解放(人選!?)→母親(信頼関係・相手の認証)→父親(哲学・価値観)→経営システム
 起業家(軍人)・実務家(魔術師)・管理者(官僚)・まとめ役(恋人・道化師)

5)起業家の役割 起業家が常に全力で働き続けるとあまりいいことはない(笑)
 定期的なONとOFFの繰り返しが重要
 (これについてはその人の目標によって変わってくると思う)

5)幸せとは 旦那が社会で認められれば認められるほど妻は社会的存在に不安を覚え、旦那の功績に嫉妬を覚えることがある。そこから夫婦仲が壊れ、家庭崩壊へとつながる。これは一番苦しい導入期に起こることではなく、順調であるはずの成長期に起こりやすい。
どんなに忙しくても、どんなに仕事がうまくいっていても、自分にとっても生きる目的の全体像を俯瞰して見なければ幸せにはなれない。

※この本から学べることは多い。価値観・方法論・組織論・事業戦略etc ここに書いてあることが全ではないだろうが、どのシチュエーションにおいても伝わるものがあると思う。おすすめです。
今日は銀座に彼女とデート。
本音を言うと高くついたディナーだった。まぁ自分へのご褒美ということで。っといいたいところだが、近頃これが多すぎて、出費が半端ではなくなってきた。祝い事でない限りここまで食事に金はかけない自分なのだが。。。そろそろ引き締めに入らなければ。。。ただ高いだけあってうまかった。最高!!
彼女とこういうシチュエーション、今を思えば近頃少なくなっていた。面倒向かって、うまいものを口にしながら、数時間いろんな会話をする。友達や仕事や夢や家族のこと、思い出話。

中堅といわれる立場になってから
「人」とのやりとりに神経を尖らせることが多く、平日は肉体的にも精神的にも疲れ切り、週末は家でおとなしくなることが増えていた。それまではアホといわれるくらい周りを連れ回して遊び廻っていた私なのだが。

まさしく悪巡回。自分を解放できなくなっていた。
そんな俺を察してくれた彼女に感謝。(でも高けぇよ)彼女との出会いは、とはいいつつも丁度2ヶ月程前。2年前に恋愛で深く傷つき、それからというもの何もなかった訳ではないが、まともに付き合ったのは久しぶり。全く不思議というか思った以上に自然な出会いで自然に付き合い始めていた。自分の人生史上、ここまで無理なく自然でいられるのは珍しい。

そんな彼女と話していると、彼女がちょっとずつ機嫌を損ね始めた。
理由→社内恋愛だから。っというとちょっとざっくりすぎる。彼女は同じ部署に勤めている。でも私のグループではない。ただ私のメンバーにはなぜか優秀な女性が多い。どうも話を聞くに、「嫉妬」らしい。恋愛のパートナーと仕事のパートナー。仕事のメンバーに対し、絶大なる信頼、安心を私は持っている。彼女はそれを見ている。
彼女はぐさぐさと私の感に触る発言を繰り返す。正直「あぁ~うぜぇ~」っと思い、「これはまた長続きしそうにないなぁ、このまま帰ろうかなぁ~」といつもの病気が。
ただここで終わっては成長なき自分。そこで平日の仕事の概念を持ち込んでみる。

彼女が求めていること、本当に言いたいことはなんなんだろう?おれをいらだたせること?喧嘩すること?

そのときに思った。「私を見て。私にもメンバーと同じように接してほしい。私も恋愛を超えたあなたのパートナーになりたい」彼女がそう伝えたいことを。
ちょっと言い過ぎかもしれないが、匿名なので(笑)ちょっとドラマティックに。

彼女の発言からしばらくの間沈黙を守っていた俺が口を開く。

「ごめんな、でも俺の本当の姿を知っているのはxxだけだよ。だからこそ、仕事のメンバーに気を使いうまくやることができている。その負担がxxにかかってしまいごめんな。でも本当に感謝しているんだよ。」

これは近頃コーチングを猛勉強している最中学んだことで、相手に対して「承認」を与えるという行動。相手のその場の言動だけではなく、そうさせている背景を創造しその中で相手が何を言おうとしているのか、その場から俯瞰して状況を分析する、ということ。
その後、彼女の目が涙ぐんだ。

中堅という立場になってからというもの、こういうことが増えた。それまで超せっかちだった私なのだが、それだけではチームとしては何も進まない。人には伝わらないし、私にかかわる全ての人が成長できず幸せになれない。

中堅という立場が私を成長させている。
その場の発言ではなく相手の言動の背後にあることを考える。当たり前のことだが、私にはしびれのきれるような会話の中でのステップ。でもこれが伝えることをスピードアップさせた。特に感情と感情がぶつかったときに。
よく相手のことを考えて話したり、企画をするようにというが、この相手のことを考えるというとは、相手の置かされている状況・環境・心情・境遇、さらにはその人の人生、私個人への想い、ここを汲み取らなければならない。自然にできている人も多いが私は今ここを特訓中。

私にかかわる人のことを知り、想い、考え、創造しなければならない。

まぁ全ての人にできる訳ないけどね。ただ大学時代からずっと仲のいい友達とはこれができているような気がする。これ本当にお勧めです。たいてい、周りに集まる人の中で互いの不幸を願っている人はそうはいないはずなので。

(な、、ながい、、、)
筆というよりもキーボードだか、ついに以前より話をよく聞いていたBLOGを書き始めることとした。
このBLOGのタイトルどおり「自分の求めているところ」がどこなのか、毎日の喜怒哀楽をつづり、自ら振り返っていきたいと思っている。
いつも表面では突っ張って、きどっている自分だが、心底にある感情そのもの「本当のところはこう感じた」「本当のところはこうしたい」そんな心の表情を描いていきたい。本当は人一倍傷つきやすくて怖がりな俺なので。
匿名なので遠慮なく行きます。

「ボクがもとめる場所(ところ)」
次の一歩で手に入ると思いながら今までひたすら走ってきたが、
本当に自分が求めているところがどんなところなのか、最近気づき始めた。
金や名誉、確かに欲しい。絶対に手に入れてやる。
でもそんなに強くはない俺なので、それ以上に違うものを求めているらしい。