ひこにゃん考
昨日、なんとなくヤフトピを見ていたら、ちょっとショッキング
なニュースがっ。
“ひこにゃん原作者らを提訴へ”
一見すると、ひこにゃんの原作者が提訴されたのか、はたまた、ひこにゃん自身が弁護士を雇って原作者らを提訴したのか、判断が付きません。
ということでクリックしてみると…
ひこにゃん原作者が、ひこにゃんの商標権や著作権を侵害しているとして、市が4900万円の損害賠償を求める訴訟を起こしますよ、というニュースでした。
ひこにゃんのほんわかオーラとは別次元の、なんとも穏やかならぬ事態のようです。
確かに、ひこにゃんをめぐっては、権利問題でいろいろモメていたなーと、うっすら記憶はあったのですが、改めていろいろと昔の記事を読み返してみると、非常にややこしい話でした![]()
ものすごく要約すると、原作者が作った3パターンの著作権を彦根城400年祭実行委員会が買い取った後、いろんなパターンのひこにゃんが登場し、原作者が使用禁止の調停を申し立ていったん終息。その後、原作者が「ひこねのよいにゃんこ」というブランドでグッズ等を販売し、今度は市が提訴を決定した。
といういきさつです。(かなりはしょりましたので、詳細はいつものWikipedia などで。)
わたくしには詳しいことは分かりませんが、ひとつ言えることは、ひこにゃんが大人気になったからこそ起こった問題なのでしょう。あの抜群に愛くるしいキャラが、全国のゆるキャラブームに火を付けたわけですから。
もっと言えば、今までお城に興味がなかった多くの人を、彦根城はじめ全国の城に足を運ばせた立役者です。徳川家康に天下を獲らせた立役者である彦根藩祖、井伊直政も顔負けの貢献っぷりです。
そんな国民的に人気があって、それでいて城にまつわるキャラクターが訴訟沙汰になっている事態は、城マニアとしては悲しい限りです。
ひこにゃん(あと、個人的にKARAも)の問題が、早く解決してくれることを願うばかりです![]()
石の調達
道を歩いていて、ふと古い民家の石垣があると、ついうっとり
見とれてしまい、堀という名の側溝に落下している毎日のわたくしが、城跡に行くとまず探してしまうのが石垣です。
復元櫓が建っている城でも、石垣ばかり接写モード
で撮影しているひねくれ者ですが、中でも一番好きなのは野面積みです。
野面積みとは、自然石をそのまま加工せずに積み上げた石垣の積み方のひとつで、城アバターの普請にも登場していますね![]()
でも、城跡にあるあんな大量の石を一体どこから持ってきたんだ、という疑問を持ったことはありませんでしょうか![]()
例によって、「疑問を持ったことがある」と勝手に仮定させて頂いて話を進めます(・ω・)/
まず、一番効率が良いのが、当然“現地調達”です。加工しやすい石が大量に転がっている、または岩盤から切り出せる状態であれば、それをその場でちゃちゃっと積み上げてしまえば完成です![]()
岩盤から切り出す場合は、当然加工の手間はありますが、現地調達であれば運搬の手間は省けます。
とはいえ、当然良質な石がどこでも採れるとは限りません。城郭建設予定地で石が採取できない場合は、「どっかから持ってくる」ということになります。つまり“持ち込み”です。
例えば、広島城の石垣の一部には、広島湾沿岸や、遠くは倉橋島(呉市)などの石が使われています。そんないきさつもあって、広島城にはフジツボ!が付いていた跡がある石垣もあるとか。
ただ、他の場所から持ってくるとなると、当然時間がかかりますね。敵から身を守るために城を建てるのに、そんな猶予はありません。
中には、とりあえずそこらの石という石をなんでも使った、という例も結構あります。
一例を挙げると…
・福知山城:五輪塔
・高知城:浦戸城の石垣
・福岡城:元寇の時の石塁
・姫路城:墓石や古墳の石棺
・大和郡山城:石地蔵&石仏
などなど。他人が積み上げたものや、かなりばち当たりなものまで、さまざまです。まあ、今風に言えば「エコ」ということになります。
ということで、今回は石の調達についてでした。
また機会を見て、今度は石の運搬についても取り上げてみたいと思います。
文化財
みなさん城に訪れた際に、建物がなくても説明板や石碑などに「史跡」と書かれているのを目にされたことがあるかと思います。
そう、城跡は立派な文化財なのです。
文化財にも種別がいろいろあって、絵画や彫刻、建造物や古文書、さらには無形文化財として芸能や技術などありますが、「史跡」も記念物という種類の中に属する、立派な文化財の一カテゴリーなのです![]()
史跡には、古墳や貝塚、寺社跡などが該当しますが、「城跡」も多数指定されています。国の史跡だけでも、春日山城跡や小谷城跡など、200件ほど指定されています![]()
史跡とは別に、有形の文化財の中には「国宝」という分類があり、ご存じ姫路城や彦根城の天守などがそれに該当します。
ところで最近、ねじれ国会がどうしたこうしたで、今年度の予算が国会を通らないかもしれないと盛んにTVで言っていますが、では、文化行政にはどれくらいの予算が計上されているのでしょう![]()
今までそんなこと考えたこともなかったので、調べてみました↓
文化財関連は、その名の通り文化庁の予算となります。文化庁HPによると…
平成23年度文化庁予算(案)の概要
全体:103,127,000,000
(約1,000億円)
Ⅰ 豊かな文化芸術の創造と人材育成:
12,553,000,000(約125億円)
Ⅱ 我が国のかけがえのない文化財の保存・活用継承等:
45,146,000,000(約451億円)
Ⅲ 我が国の優れた文化芸術の発信・国際文化交流の推進:
41,140,000,000(約411億円)
ということらしいです。「文化財の保存・活用継承等」に451億円かぁ。
まあ、結論としては、庶民である我々にとっては天文学的な金額なので、それがどうなのかよく分かりません( ̄□ ̄;)
ただ、普段絶対こんなこと調べないので、なかなか新鮮な気分です。興味のある方はこちら (PCのみ)のページで詳しい内訳のPDFが見れます。
いずれにしても、全国に星の数ほどある「放置プレーされている城跡」が、ひとつでも多く↑この予算の中で「保存・活用」されることを祈るばかりです。
裏情報をつぶやく
ここ1週間ほど、疲労物質が体内を疾駆
して、やけに疲れが溜まります。ブログの更新が遅い時間ばかりで申し訳ございません![]()
さて、最近ちまたでは、twitterなるものが流行っているそうです。(遅っ
)
なにしろ、ブログではほぼ無尽蔵に記事を書くスペースがあるというのに、twitterでは140文字しか書くスペースないので、いっそのこと「公式ブログ」から、「公式twitter」に鞍替えしようかと真剣に考えた時期もあります。
でも、twitterの場合は、リアルタイム性が重要になってくるので、わたくしのブログのような鈍重な内容には向かないなとあきらめた次第です。なので、引き続きアメブロにお世話になりますm(_ _ )m
という話をしたかったのではなくて、現在進行中の新機能として、このtwitterが登場するのです。
ズバリtwitter連携機能です。
これによって、
★城を攻略したとき
★異名をGETしたとき
★城主に就任したとき
などなど(予定)、城めぐりの中の重要なタイミングでツイートできてしまうのです。
例えば… “「たぬき親父」GET” って意味がわかんないですね(笑)
でも、興味のない人が見たらまったくわけのわからない感じが、個人的に好きだったりします。
こちらの機能も例によって「現在開発中」なので、まだまだ変更される可能性があるフワフワした状態ですが、先走って“長めにツイート”しちゃいました。
こちら、先日のお気に入りサイト機能
同様、また詳細な内容や、スタート日が決まったら「ブログ」の方でお知らせしますのでお楽しみに![]()
城主確定
3月に入りまして、ついに「城主争い」の最初の結果がでましたね!
初代城主の誕生です![]()
残念ながら城主に届かなかった方は、ぜひ今月以降も頑張って城主を目指して下さい。(何を隠そう、わたくしも城主になれなかったので、リベンジを期しています。)
また、見事、初代城主に就任されたみなさま、この場を借りておめでとうございます
執着至極に存じまする。
今まさに、初代城主に輝いたみなさんのページを乱れ撃ちに拝見し、ヨダレを垂らしているところです。ジュルっ![]()
わたくしも、早く歴代城主に名を連ねたいです。(就任祝いの両ももらえますしっ。)
ここで突然ですが、城攻めボタンを押す間隔「3時間」の定義について、例えば10時ちょうどにクリックして、次にちょっと早まって12時59分にクリックしてしまっても大丈夫です。
13時にもう一度クリックすれば、ちゃんとカウントされますのでご安心下さいませ。(“前回カウントされた時から3時間”ですので)
↑お問い合わせもいくつか頂いていたため、どさくさに紛れて補足説明させて頂きました。
ちなみに、城主争いについては、今後1位ではなく、惜しくも2位や3位だった方にも何かできないかを検討中です。こちらは、また新情報あればブログでお伝えしていきます。
それでは今月も、一所懸命(←新しい異名です。こっそりネタバレ)に頑張っていきましょう![]()
お出かけの際は…
今日は2月28日…。ついこないだ正月を祝っていたのに、早いものでもう2月も終わりです。つまり1年の6分の1が終わったことになります。(「六分の一殿」の異名の獲得条件とは関係ありませんのであしからず。)
去年、「来年こそリアルに城めぐりをしますよー」と息巻いていたのを取り消したいくらい、今年はリアル0件です。今は、「まだ外が寒いからね」という言い訳が通用しますが、そろそろそんな負け惜しみも限界にきつつあります![]()
なかなか行く機会がないので、こうなったら誰かとどこかに出かけたついでに城めぐりをするしかありません![]()
ということで、そんな時に役に立つのが先日パワーアップした地図機能です。
全国3千万の、「リアルに城めぐりしたいけど、いろいろ事情があって今年はまだ行けてない」方々のために、今回は地図機能の使い方のおさらいです![]()
どこかに出かける機会があったら、すかさず予定の一部にさりげなく
訪城プランを忍び込ませてみましょう。
まず、お出かけの主たる目的地に着いたら、とりあえず[城攻め]ボタンを押します。そうすると、「周辺の城」というリンクが出てきますので、クリックしてみましょう。
そこから近い順に10コ城が出てきますので、密かに心の中でターゲットを絞ります。ここで注意すべき点は、この10コが結構離れている場合、最初の状態ですべてが地図上には出てきませんので、すべて見る場合には「#広域」を押して、地図を拡大して下さい。
ターゲットを絞ったら、地図の下の城名をクリックすると詳細が見れます。予習です。
10コの中に行きたい城がなければ、地図を「上下左右キー」で移動させることで、常に「地図の中心点」から近い順に10コの城が出てきます。帰り道のルートを、意図的に城の近くに誘導するのもテクニックのひとつです。
さらには、同行者の方にあからさまに嫌な顔をされないように、あらかじめ「地形図」を使って、城の高低差を確認しておきましょう。実際、山城を落とすことよりも、山城に興味がない人を落とすことの方が難しいと言われています。
地図機能の役目はここまでです。あとはあなたの交渉力次第![]()
「し…、城でも見てから帰る?」
「え、なんで?」
「い、いや、べ別に。」
「じゃ早く帰ろ。」
「そ、そだね。疲れてるしね。」
ということにならないように頑張りましょう(^-^)v
城の番組
以前、「おしろツアーズ2」という番組やりますよ、という紹介 をこのブログで行いましたが、みなさんは見られましたでしょうか?わたくしは、録画ではありますが、見ました。
さて、なんで今頃そんな話をほじくり返すのかというと、他にもレギュラーでやっている城の番組があるので、プチ情報としてご紹介しておこうと思った次第です![]()
まずひとつめは、
『坂東三津五郎がいく 日本の城ミステリー紀行 』 です。
城にまつわるに歴史や武将たちのミステリーを、再現映像とCGなどで解説する番組です。ナビゲーターは歌舞伎俳優の坂東三津五郎さんです。
放送局 :BS朝日
放送時間:毎週金曜22:00~
.
次はこちら、
『直伝 和の極意 』 です。
こっちは城だけの番組ではないですが、現在はまさに「城」がテーマです。『体感・実感!にっぽんの名城』と銘打って、城博士こと千田嘉博さんと、歴史アイドル美甘子さんが出演してます。3月下旬までは、城がテーマになってます。
放送局 :NHK教育テレビ
放送時間:毎週木曜22:00~
前者はどちらかというと国宝級の名城がメインなので、キレイ系の城が好きな方には見応えあると思います。
後者ももちろん“名城”と銘打っているだけに、最初は姫路城などがテーマでしたが、回を追うごとにマニアックになっていくような…。3月下旬の放送予定では、「「縄張り図」をかいてみよう!」と言ってます(゜д゜;)
個人的には大歓迎ですが、果たして大丈夫でしょうか・・・。
ちなみに、『ミステリー紀行』の方のナビゲーター、坂東三津五郎さんは城好きとして有名です。で、たまたま城好きな有名人を他に探していたところ、プロレスラーの藤波辰爾氏も城が好きらしく、Wikipediaに面白いエピソードが載っていたので、最後に蛇足で付け足しておきます↓
▼引用ここから
以前工務店に藤波城の見積もりを頼んだ所、100億円と提示された。スタジオパーク(NHKの番組)で藤波は「いつかは建てたいという願望はまだ持っている」とコメントしている。
また、「芸能人のお宅拝見」的コンセプトの「俺の城」という番組の出演依頼を受けた際、「城のことならいくらでも語れます。任せてください」と番組趣旨を履き違えてオファーを受けてしまった、と番組内で夫人が語っている。
(Wikipediaより)
なんか…、癒されました( ・(ェ)・)
根小屋
「根小屋(ねごや、ねこや)」っていう地名が全国に結構あります。みなさんのお住まいの近くにもあったりするかもしれません![]()
で、その「根小屋」って何なのという話ですが、戦乱が続いていた時代はみんな守りに適した山の上に城を築いていたわけですが、実際問題そんな所に住んでいたら日常生活におおいに支障をきたします。
一度でも山城跡に登ったことがある方は分かるかと思いますが、山頂にたどり着く頃にはたいがい「ゼェゼェ、ハァハァ
」の状態になります。
そうすると、いちいち上り下りが面倒なので、上か下かのどっちかに引きこもっていようという発想になりますが、城主が上に引きこもると、家来や来客の方々からクレームが来るので、自然な流れとして山の麓に住もうかということになるのです。
つまり、「根小屋」とは平時における城主たちの住まいのことを指します![]()
で、戦さになったら山の上にさっさと逃げ込んでしまう、という構図が出来上がります。
このような理由で、全国にはたくさんの「根小屋城」とか「根古屋城」という名前の城が存在します。あまりに一般的だし、山城の方と別けてそう呼ぶ場合があってややこしいので、個人的にはもっとそれぞれユニークな名前を付けて欲しかったのですが、実際多いです。
これら、平時の居館があった場所の名残が、「根小屋」という地名として全国に数多く残っているというわけなんですね。
戦国時代は戦さが日常茶飯事なので、山城メインでしたが、ご存じの通り平和な江戸時代が訪れると、政治や経済活動に便利な、平地に立てられた平城が次第に主流になっていきます。
【籠城戦】従容として切腹した、若き名門家当主
過去のピックアップ籠城戦のテーマを見返してみると、籠城戦と言いつつ、最終的に“落城してしまった
”ものばかりをチョイスしがちであることに気づきました![]()
個人的に、やはり最後まで城を守って討ち死にする玉砕系の話に心を打たれるのかもしれませんが、偏りを補正するために、次回からはちょっと考えるとして、今回はすでに決めていたテーマがあります。(結局決めてたんかいっ!!)
ということで、秀吉が信長の家臣時代に攻略した「三木城」の戦いです。
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従容として切腹した、若き名門家当主
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天正5年(1577年)10月、天下統一事業を推し進める織田信長は、一向宗や各地の反信長勢力と結託する中国地方の毛利氏に対抗するため、家臣の羽柴秀吉を軍団長として播磨へ入れた。
秀吉は、早くから恭順の意を示していた播磨の小寺氏麾下、小寺孝高(黒田官兵衛)の姫路城へ入り、その孝高の活躍もあって短期間のうちに周辺諸豪族を帰服させ、勢いをかって但馬へも侵攻。諸砦を制圧すると弟の秀長にその支配を委ねた。一方で、毛利に与する宇喜多氏の領国、備前との国境近くに位置する上月城には、毛利氏に滅ぼされた尼子氏主従を入れ置き、その抑えとした。
各地の仕置きを終えた秀吉はいったん安土へ伺候。主、信長へ播磨・但馬の平定を報告した。
翌年2月、再び播磨へ下った秀吉は本格的に毛利攻めに着手すべく、既に帰順していた東播磨最大の雄、別所氏の若き当主、別所長治にその先導を命じた。
だがここで予想しない事が起こった。有力な戦力として期待していたその別所氏が反旗を翻し、居城三木城に立て籠もったのである。さらにこれに東播磨の諸氏も呼応、平定なったかに見えた播磨は一転、反織田へと塗り替えられたのである。
別所氏離反の理由については諸説あるが、長治の叔父で反織田の吉親と親織田の重棟の対立や、名門別所氏が秀吉の指揮下に置かれることへの反発、領内に一向宗の門徒が多かったことなどが言われている。かくして、秀吉は3月末から別所氏7,500が籠もる三木城を包囲するに至った。
しかし、長治も無闇に決起したわけではない。西の毛利氏と秀吉を挟撃できるという打算があった。事実、毛利氏は早くも4月には先の上月城を3万の兵で包囲、秀吉に圧力を加えた。
これに対し秀吉は、単独での上月救援は不可能と見て信長に救援を要請。信長は、嫡男信忠らの大軍を救援に向かわせた。しかし、毛利勢が要地を押さえていたこともあり、秀吉らは思うような救援ができない。事態打開のため秀吉は6月に上洛、信長に謁見したが、そこで「上月城を捨て置き、三木城攻略に専念せよ」という非情な命令を受ける。
秀吉は後ろ髪を引かれる思いで救援を断念し、上月から兵を退いた。上月城はしばらくして落城している。
こうして三木城攻略に再着手することとなった秀吉は、城の周囲に付城を大量に構築、持久戦の戦法を採ったが、長治も毛利氏から海上輸送された兵糧を密かに運び込むなど、はかばかしい戦果は挙がらなかった。
そんな中、またしても予期しない出来事が起こった。播磨と京の中間地、摂津の荒木村重が居城有岡城で反信長の狼煙を上げたのである。さらに悪いことに、この村重を説得するために有岡へ乗り込んだ小寺孝高がそのまま囚われの身となったのである。播磨の地で孤立し、有力な参謀である孝高がいない今、秀吉の包囲戦は完全な膠着状態となった。
しかし、状況は長治にとっても同じであった。天正7年2月、長治は秀吉が陣する平井山へ約3,000の兵を繰り出し活路を求めるが、実弟治定はじめ多くの死者を出して敗退。また、羽柴秀長らの活躍により、毛利―荒木―別所を結ぶ要所が徐々に攻略され、兵糧の補給路が減少し、次第に食糧が欠乏するようになってきた。
同年9月には、毛利勢が兵船300余艘を連ねて播磨魚住へ到着、城方と図って秀吉方の平田城を急襲するが、城兵の奮戦や駆けつけた秀吉勢に阻まれ、別所勢は600程の死傷者を出して兵を退いた。
これら一連の別所・毛利氏による策動により、秀吉はより一層包囲網を強化、城内では乗馬を食するまでに飢餓状態が進行し、餓死者が続出する始末であった。
翌天正8年正月、秀吉は周辺の属城をことごとく陥れ、三木城を残すのみとなった。毛利の救援も望み薄く、既に勝敗決したと見た城主長治は、自らの切腹を条件に城兵の助命を申し出た。
正月17日、三木城城主別所長治、弟友之とともに切腹。享年23とも26ともいう。ここに足かけ3年にわたった三木の籠城戦は幕を閉じたのである。
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ちなみに、文中に出てきた荒木村重も、以前ピックアップ籠城戦
で出てきましたね。いずれも、毛利と織田の抗争が激化し始めた、同じ頃の出来事です。
「今はただ 恨みもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば」。
別所長治、辞世の句です。
太陽フレア
一昨日のラジオのニュースで、「4年ぶりに巨大な太陽フレアが観測された」というのを耳にしました。
どうやら、ここ数年比較的平穏だった太陽活動
が活発化したらしく、今後数年間にわたって短波通信などの無線通信障害や、GPSを用いた高精度測位の精度が一時的に劣化する可能性があるとか。
「ん、“GPS”??」
太陽にとっては他人かもしれないが、うちにとっては他人事ではないぞ。ということで詳しくネットで検索![]()
【太陽フレアとは】
太陽フレア(たいようフレア、Solar flare)とは太陽の大気中に発生する、太陽系で最大の爆発現象である。多波長の電磁波による増光によって定義される。特に大きな太陽フレアは白色光でも観測されることがあり、白色光フレアと呼ぶ。(by Wikipedia )
【太陽嵐とは】
太陽嵐(たいようあらし, 英:Solar storm)とは、太陽で非常に大規模な太陽フレアが発生した際に太陽風が爆発的に放出され、それに含まれる電磁波・粒子線・粒子などが、地球上や地球近傍の人工衛星等に甚大な被害をもたらす現象である。(by Wikipedia )
ということらしいですが、正直よく分かりません。ただ、太陽から何かしらが放出されて、地球の人たちの暮らしに何かしらの影響がある、ということですね。
同じくWikipediaによると、「過去に観測された大規模フレアと日本の主なフレア」という項目があり、早速今回(発生したのは2/15らしい)の観測も載っていましたが(早っ!!)、時代をもっとさかのぼると、
1204年2月21日(鎌倉時代、元久元年1月19日)藤原定家「明月記」
683年(天武天皇11年8月11日)
620年12月30日(推古天皇28年12月朔日)
ほんまかいな、というくらい古い記録が。「殿、あれをご覧下さい! 太陽フレアが発生しています!」という感じでしょうか。天文学は古代からあったわけですから、何らかの異変が起こっていたことは確かなようです。
いつもながら、話を元に戻しましょう(・_・;)
今回は、城めぐりもGPSを使っているけど大丈夫か、と思って調べて書き始めてみたものの、今回の大規模フレア、今のところ大きな影響はないみたいです。
東京で「城攻め」ボタンを押したら、沖縄の城が攻略できた、とかちょっと得した感がありますが、そんなことになったら、そもそもケータイでゲームしている場合ではありません。
太陽フレアによる人類滅亡論を唱える人もいるくらいですから、実際には甘く見てはいけないんですね。