8月8日(日)の午後、3時過ぎに教室を抜け出して八王子祭りに行ってきました。
3時~6時に行われる千貫みこしの渡御を見るのが目的で、予定では5時前に到着し
6時まで楽しめるはずでした。ところが急いでその場所に到着し、人垣の間から
盛んにもんでいる巨大なお神輿を見たとたん、動かなくなり、さらに地面におかれました。
ネットで見た予定とは違ってた。残念???!!

でも、ここからが予想外の大番狂わせ。八王子祭りの素晴らしさがありました。
上地区・下地区合わせて19台の山車が出て、それぞれの山車にはおかめやひょっとこ、
獅子、狐などが乗り、笛や太鼓のお囃子に合わせて踊ります。

山車を見ながら甲州街道を歩いて行くと、いい感じに夕暮れになってきました。

山車の他にもお神輿もたくさん出ています。まといを振る女性も楽しそう。

お神輿は神様の乗る神聖なもので、山車は神輿を讃える芸人などの乗るものだと
初めて知りました。なるほど山車に面をつけた人たちが乗っているわけです。
獅子に噛んでもらおうとして、大泣きする赤ちゃんとそれを見て大笑いする若い夫婦。

通りを眺めるときれいな夕焼け空の下に山車が点々と並び、祭り気分は最高潮。

陽が落ちた頃、四辻に4台の山車が集まる『大辻合わせ』。お囃子の競演が始まります。

最後は歌舞伎の蜘蛛の糸のようなテープを一斉に投げて、山車は散っていきます。

噛まれる前におびえる子。こんなお面の人形の乗った山車もあります。

よく見ると、どの山車にも立派な彫刻がしてあり、歴史を感じさせます。

狐は暗い中で見ると、手の形やしぐさから本物の狐が化けたかと錯覚するほど。

左の烏天狗?は顔の大半を毛が覆っていますが、光る眼が印象的で迫力満点。
右の狐は首の動きと手の表現が特にすばらしく、長い時間見とれてしまいました。

最後にキレイどころを乗せた車と、小唄(?)を唄う御姐さん。歌詞もおもしろく、節もよく
声も綺麗で美人とくれば、昔の旦那衆が熱を上げたのがさもありなんと思われます。

当初目的の千貫みこしはダメでしたが、八王子祭りの素晴らしさを満喫し、こんな近くに
こんないい祭りがあったこと知って、大満足の半日でした。
来年こそ千貫みこし!
7月23日の金曜日、ちょうど教室の休みの日に神楽坂祭りで恒例の阿波踊りがあるので
夕方から出かけてきました。今年は初めて外付けのストロボを持っていきました。
ストロボはだいぶ前に買っていたのですが、実際に使ったのは初めて。どうなる事やら。

角のいい場所が確保できたので、持参した小さな折りたたみ椅子に座り、持ち帰りの
ニギリ寿司と缶ビールで腹ごしらえして開始の時刻を待ちます。少し涼しくていい気持。

7時きっかりに始まりました。

阿波踊りは同じ動きの繰り返しですが、結構動きが速くシャッターを押したときには
手が顔の前にあったりしてうまくタイミングがつかめません。

若い男女にまじって、少し(?)お年の方も実に楽しそう。

若い男性の阿波踊りはからだ全体を使ってダイナミックです。
女性の踊りは、後ろ姿の腰の線と着物の裾の乱れに色気を感じます。
乱れる裾もはずかし嬉し?、芸者ワルツは思い出ワルツ?♪ なぜか鼻歌が…。

左の男性はハッピの名前からもわかるように厚生年金病院の連(グループ)です。
昼間はメスを持ったらこの人ありという名医なのかもしれません。(勝手な想像です)

連の中には踊りそのものを大切にする正統派、全体での動きに工夫をした連などいろいろ。
奇抜さを狙ったものは観客から歓声を上げられますが、私はあまり好きではありません。

・・・なのですが、この若者には顔の動き・表情にどこかインパクトがありました。

その連が通り過ぎた後に、創作舞踏集団『宝船』のチラシを配っていました。踊りのプロです。
人に見られる仕事をしていると、どこか違ったところがあるものだと関心させられた次第。

最後に観客の一人の写真。子供連れできている若い夫婦のお父さんなのですが、
自分の子供を撮ることに夢中で、阿波踊りを撮っている人の前にくる、うざったい奴。

自分の子供のことしか頭の中にないようで、阿波踊り見物にちょっと水を差された気分。
何度か注意したのですが、すぐ戻ってくる。 あっちへ行け!シ、シ!
6月は神戸に行く前日に神戸を通り越して倉敷に行ってきました。
岡山で新幹線を下車、在来線で倉敷駅に到着。すぐ倉敷美観地区へ向かいました。
美観地区の入口、倉敷川にかかる橋の左にあるのが大原美術館の創設者大原孫三郎の
大原邸。大原家は倉敷紡績の創業者です。その右にあるのがその別邸(有鱗荘)。

川に沿って歩くと大原美術館があり、その隣の蔦に覆われた喫茶店がエルグレコです。
ここも学生時代に入った記憶がありますが、今回もエルグレコで一休み。

倉敷川が直角に曲がる所に昔の火の見櫓があり、いい雰囲気。

その下に船の乗り場があります。さっそく乗ったら私一人。写真を写してもらいました。

船頭さんの説明を聞きながら船で下から眺める景色もなかなかいいもの。の?んびり。

昭和43年に制定された倉敷市伝統美観保存条例で、この一帯の景観が保たれるようになり
どこを見ても白壁で統一された、雰囲気のあるいい感じ。

川筋から外れても白壁と本瓦という基本は守られています。学生時代に来た時には
町並みの奥の丘から見た屋根の色が素晴らしく、まさに『甍の波と雲の波♪』でした。

今回も神社のあるその丘に登ってみましたが、昔ほどの風情はありませんでした。
きっと美観地区として保存することが必要なので、古い屋根を新しくしたために
苔むした屋根がほとんどなくなったからだと思われます。ちょっと残念。

美観地区に戻り、屋根を見て回りましたが、みんながこんな屋根になるには
まだまだ時間がかかりそうです。15年くらい後にまた屋根の色を見に来よう。うん。

予約してあったホテルにチェックインして夕食も済ませ、再びライトアップした美観地区へ。
夕暮れ時はなかなかいい雰囲気です。左の写真は上下反転させています。

お店もいい感じなのですが、人通りがほとんどありません。

店で一杯やりたいところですが、実はその夜ワールドカップの日本代表が予選リーグ突破を
かけた試合があるので、深夜3時半の試合に備えて早々にホテルに帰り早寝。
その甲斐あって、ビールを飲みながら一人で大騒ぎをして快勝した試合を楽しみました。
大阪を徘徊した日、神戸の実家には行かずビジネスホテルに一泊。
翌日はまず元町に出かけた。目的は三宮センター街入口にあるドンクのモーニングを
食べたかったからです。ホテルを出たのは8時ころだったので時間をつぶそうと
神戸駅からJRの山側?海側を行ったり来たりしながら元町方面へブラブラ。

この商店街は昔から知ってはいましたが、通ることもなかったのでさっそく散策。

山側の端近くに来たとき、通りの反対側から 『オ???』という大勢の異様な声。
見ると、10人くらいの托鉢僧の行列が大声を出しながら早足に歩いていましたが、
2人ずつが組になって一斉に散っていきます。開いている店の前ではお経を唱え続け
店の人がお布施を渡します。神戸で初めて見た光景なのでチョッと驚きました。


元町側から中華街に入ります。朝早いので店は閉まっており客もいません。
通勤の人がときどき行きかうのみです。横浜の中華街に比べると規模は小さいのですが、
休日は結構にぎわいます。大丸近くの門から中華街を出ましたが、まだドンクは開店前。

元町?三宮付近をうろうろして、やっと客の第一号でモーニングにありつきました。
スパイスの利いたハムなどをはさんだ焼きたてのフランスパンは待った甲斐あり。

満腹と満足を同時に味わって店を出ましたが。実家に行くにはまだ時間があります。
久しぶりに北野町の異人館に行ってみることにしました。
元町から山の方に向って20分程度坂を上ると、もうそこが北野町。

この一帯は大学時代によくスケッチに来たところで、その頃はほとんど人はいませんでした。

記憶をたどり歩いていくと、好きだったポイントに来ました。昔は右側の塀は古びていました。

テレビのドラマで有名になった風見鶏の館とうろこの家。平日なのに観光客で長蛇の列。

私は和洋折衷のこちらの家が好きです。坂を上ったり下ったり、結構いい運動になりました。

途中、観光客のおば(あ)さんによく道を聞かれたり、見学の順序を相談されたりしました。
関東に40年住んでいても、今だにこの場所に詳しそうな顔をして歩いていたのかな。
それとも、昔からよく言われた 『人畜無害』 的雰囲気がいまだにあるのかしら・・・。

いい時間になったので、今横浜から着いたばかりという顔をして実家に行きました。
通天閣からジャンジャン横丁を通り過ぎ、JRの下を抜けた薄暗く細い商店街。
こんな喫茶店がありましたが、昭和を通り越して大正ロマンの雰囲気。

通りには女性の姿はなく、労務者風の人ばかり。店を潰したと思われる金網の前に数人が
ほとんど動かず、ただじっと中を見ている。私も覗き込むと野良猫が数匹。
この人たちは他にすることがないので、ず?っと猫を眺めているのだ。変な街。
横丁を覗きながら進んでいくと、左の写真の緑の看板を見て『あっ!』とひらめいた。

確かに宝山という看板に見覚えがある。4年前初めて岸和田のだんじり祭りを見に行ったとき
ホテルの予約が取れず、新今宮駅近くで一泊1,800円で泊まったのがこの宝山だった。
駅からホテルまでの道に労務者がたくさんいて、少し怖くて外出を控えたのを覚えている。
そこがかの有名なあいりん地区、通称釜ケ崎だと後で知り納得したものでした。
ちなみに現在の宝山の宿泊料金と道の向いにあるホテルの宿泊料金の比較です。

そうとわかれば写真を撮るのを極力控え、人は絶対撮らないようにしました。
延々と続く商店街にちらほらと買い物の女性の姿が現れ始め、もうひと安心かなと思って
商店街の写真を撮っていたら、自転車に乗ったにいちゃんに怖い顔で睨まれました。
まだヤバそう。止めとこ…。 
店のシャッターにこんなポスターが貼ってありました。昼間中学に通えない子がいるのだ。

商店街の横丁に『鈴成座』という芝居小屋があり、お婆さんたちがどんどん入っていきます。
下北沢の芝居小屋『ザ・スズナリ』と名前が似ているのがおかしかった。

商店街を少し離れると、電車の線路が道を横切り、そばに道路からわずかに高くなった駅。

こんなさびれた線路のそばの横丁にも旅館の看板が見えました。

広い道の向い側に、上方落語で聞いたことのある『飛田新地』の看板。

飛田という土地は昔遊郭のあった場所です。私は遊郭のあった場所の風情が好きです。
東京の吉原・品川、玉ノ井(現在の東向島)、独身時代に住んでいたのが洲崎(木場)、
それに神戸は比較的近くに福原(平清盛が都にしたところ)と、遊郭の場所に縁があります。
角のスーパーの店先に、大勢の人が酒を飲みながらたむろしている異様な風景に遭遇。
カメラを持って通るのはヤバいのでバッグにしまい、道路の人たちを避けてスーパーに入る。
さすがに酒を飲みながら歩くのは気が引けるので、魚肉ソーセージを買って食べながら歩く。
郷に入っては郷に従えで、保護色のようにおじさんたちと一体化し、その一角を無事通過。

そんなわけで大阪の下町をあてどもなく徘徊し、怖かったけど面白い経験ができました。