今月も母の見舞いに神戸に帰りました。
病院に行っている時間を利用して昔懐かしい繁華街の新開地に行ってきました。
震災前、神戸には昔からある繁華街が3箇所ありました。
  東の繁華街:元町・三宮……ハイカラな神戸を代表する繁華街です。
   中央の繁華街:新開地……子供にも『ええとこ、ええとこ、聚楽館(しゅうらっかん)』と
                     歌われた封切館のあった繁華街。
西の繁華街:六間道・大正筋……庶民的な繁華街

震災後、元町・三宮は完全に復興し、六間道・大正筋はかなり規模が縮小されたようです。
で、新開地がどうなったのか見ていなかったのに気付いてさっそく出かけました。

ハーバーランド(地下鉄の神戸駅)で下車し、高架沿いに歩くとこんな場所がありました。

写真右端の建物は簡易宿泊所です。この様子ではもう営業はしていないと思いますが…
神戸の中心地であるべき神戸駅から徒歩2?3分の風景とは思えない場所です。
もう少し歩くと、新開地の入口に到着。大きな街路樹の後ろはマンションが連なる場所に
なっていました。震災前とあまりの様変わりに危うく見逃して行き過ぎるところでした。

昔はパチンコ屋が並び、軍艦マーチとチンジャラジャラの音が騒々しく交差し、
店の前では腹巻に雪駄というスタイルの方々も散見される、独特な一角でした。
その近辺を過ぎると、昔は映画館がたくさんありました。
今もこんな場所がありましたが、建物の感じと興行内容がミスマッチ!

新開地の通りをどんどん進んでいくと、やっとパチンコ屋が出現し、10時の開店を待って
長蛇の列ができていました。その付近の横丁です。

新開地のはずれ、湊川の坂道に昔のままのこんな看板がありました。
そういえばこのあたりにかつては湊川温泉というのがあり、温泉と映画を同時に楽しめる
庶民の娯楽の殿堂でした。(私は行ったことがありませんが・・・)
それに、神戸タワーというコンクリートのタワーがそびえ立ち、神戸のどこからでも
見えましたが、老朽化して廃墟になった不気味なタワーでした。

今回は昔の新開地を思い出しながら楽しく徘徊できましたが、あの『聚楽館』跡が
どうなっているのか確かめるのを忘れて通り過ぎていました。
次回来たときは必ず確認しよう。それに六間道・大正筋にも行ってみよう。
先週日曜日は神田祭でしたが、今週は浅草の三社祭に行ってきました。
(写真は一杯撮りましたが、祭りが続くので貼り付けは控えめにします)

御神輿を担いでいるのを見ていると関東と関西の祭の違いを感じます。
岸和田のだんじり祭は、危険な時には全員の気持ちが最高潮に高揚します。
逆にそれ以外のところでは引くのもつらいという風情で、掛け声も地面の底から
湧きあがるような『オ?レ』という低い声です。つまり陰と陽が交互に来る感じです。

それに対し、東京の御神輿に陰の部分はまったくありません。
いつでも、誰の顔も底抜けに明るく、老若男女が揃って楽しんでおり
見ているだけでパワーがもらえる気がします。

時々バックをしたりして、みんなでどうしたら楽しいかだけを考えているようです。

お昼には天婦羅屋さんで天婦羅盛り合わせとビールを注文。味に満足。
腹ごしらえも終わり、再度祭の人ごみに参加。



周りにはデジタルカメラを抱えたオヤジの群れ。
ほとんどの人がキヤノンかニコンです。

ところがひょいと横を見ると、なんと
私とカメラもレンズも同じ人がいました。
(オリンパス E-3)
嬉しくなって声をかけて二人で何故か大笑い。


その方の写真です。


三社祭を満喫し、ぼつぼつ家路に。
通称「煮込み通り」には人が溢れ、道路にまで車座に座り込んでいました。
私も連れがいれば参加したいところでしたが、残念…



教室が休みの金曜日、天気も良かったのでとりあえず渋谷に出かけた。
線路沿いに歩きだすと『のんべい横丁』の看板を見つけました。
横丁には焼き鳥屋をはじめ、夜はきっと賑わうだろうな…という店がズラリ。

ここを通り抜けると宮下公園で、『手作りホーム』があり、ちょっと怖い。ベンチでも
その住人と思しき方々がまだお休み中。邪魔をしないように足早に通り抜ける。
足にまかせて歩いて行くとこんな街角がありました。

原宿ではジャニーズショップを目指す行列の横を通り、竹下通りを抜けどんどん歩いて行く。
小田急線(?)の踏切を渡る頃には人通りが増え、すぐ新宿に到着。

まず都庁の展望台に上り、次は歌舞伎町を目指しましたが
新宿駅のそばでも、線路沿いにこんな横丁を見つけました。
横丁はなぜか中年以降の男性の郷愁を誘います。


歌舞伎町は若い頃よく飲みに行った店があって懐かしいところです。
その店はもうないとは思ったのですが、一応試しに探してみました。

もう40年も前のことですから当然その店は見つからず、黒い背広の客引きに
何度か声をかけられるので、歌舞伎町から脱出することにしました。
ところが脱出途中に名前だけは聞いたことのある、こんな場所に行き着きました。

さらにその横に、3つの横丁を発見。


新宿駅裏赤とんぼ♪  ちあきなおみの歌の世界ですが、ここには昔マリーという娘が
住んでいたという歌もありましたね。

パリの下町の壁を描いた佐伯祐三の絵のような風景。ちょっと良く言い過ぎか…

今日は予期せぬ『横丁シリーズ』に遭遇し、大収穫の楽しい徘徊でした。
好天に恵まれた日曜日、生まれて初めて神田祭を見に行ってきました。
最終日だったので、80基の御神輿がどんどん神田明神に入ってきて、お祓いを受けて
各町内に出ていきます。まずは神田明神でその様子を見ましたが、みんな楽しそう。

午後は場所を秋葉原に移動し、歩行者天国を練り歩く御神輿を撮影しました。

担ぎ手も三々五々一休みの様子。子供はお昼寝の時間。
この日ばかりは秋葉原名物コスプレ嬢も注目されません。おじさんの方が迫力があります








いよいよ再開、神輿の上に乗る人も出てきました。

特に、下の写真の左のおじさんにはみんなやんやの喝采。
担ぎ手も気を使って担いでいるのがほほえましい。


今回は特に祭に参加している人の に注目しました。
鋭い中にも色気を秘めた目
右端の人の真剣な目

前後二人の目の対比

渋い男の目

若者の色気のある目

半日ゆっくり楽しましていただいた神田祭でした。
今週の土曜日は浅草の三社祭に行ってきます。
横浜市営バスを観音2丁目で降りて川崎大師に向かう。
バスで来たのは初めてだったので方向が分からなかったけれど、前に降りた親子連れが
いかにも川崎大師に行きそうな雰囲気だったのと、道の両側に『観音通り商店街』の
看板があったので、何の疑いもなくずんずん歩いて行った。
(あとから考えると、川崎大師←→観音通り、こりゃ違うよね)
こんなお寺がありましたが、川崎大師らしい影も見えない。

このあたりには古い家が多い。古さだけなら昨日行った東向島にも引けをとらない。

それにも目を奪われていたが、さすがに変だな…という気になった。
おばあさんに尋ねると、バスを降りた場所で正反対に向かってしまったらしい。
長い道のりを引き返し、やっと川崎大師にたどりついた。

京浜急行で来たときとは違う門から入ることになる。
それにしてもどのお寺もそうだけど、門の所に貼ってあるたくさんのお札は何だろう?
そのうち調べてみよう。

参拝を終えて、来た道とは反対方向に歩く。またいつもの徘徊癖がでた。
歩きながら、さっきの古い家のことを考える。
古いとつい写真を撮る癖がついているらしいが何か違う気がしてきた。
つかこうへい原作の『小説熱海殺人事件』風にいうなら、ただ古いだけではなく
そこに『サムシング・エルス』がなければならないのではないか。
『昔、森鴎外が住んでいた壊れかけた家』のような、過去の栄光の残滓が必要だ。
そこでサムシング・エルスを求めてまた歩きだす。サムシン、サムシン、……
と、見つけました! 昭和の香りのする商店街。

気がついたらかなりの空腹。ところがこのあたりにはラーメン屋しかありません。
一日乗車券のメリットを生かして川崎駅の近くまでバスで戻り、立ち飲み屋を見つけた。
いよいよ立ち飲み屋デビューか!  その途端、店から怖そうなお兄さんがヌッと出てきた。
出鼻をくじかれ立ち飲み屋デビューは果たせず、空腹を抱えたまま帰路につきました。