規制緩和の歪み | PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

大阪府吹田市での大型観光バスの衝突事故は、競争だけを煽った規制緩和の結果だろうか。

医療問題ではクズ記事ばかり書いているくせに、他社の捏造問題は執拗に批判している毎日新聞にしては比較的まともな記事なので引用する。


 『 <バス事故>過重労働にあえぐ運転手 規制緩和のひずみ


2月24日12時21分配信 毎日新聞


大阪府吹田市の府道で、スキー客を乗せた「・・・観光バス」(長野県)の大型観光バスがコンクリート柱に激突し、27人が死傷した事故から、25日で1週間。・・・ 家族経営の小規模業者。過重労働にあえぐ夜行バスの運転手たち。その際どい実態には、00年の貸しバス事業の規制緩和によるひずみが凝縮されていた。【小林祥晃、藤原章博、牧野宏美】
 ■昼夜逆転、疲労蓄積
 ・・・ 府警の事情聴取に「長野と大阪間の運転が連日続き、疲労していた」と話した。・・・
 夜行バスの運転手は昼夜逆転生活だ。・・・ 睡眠時間は5時間ぐらいだったという。・・・ 「激務がつらくて辞める運転手がいても、景気が悪いから運転手を募集したらすぐに集まる。代わりはいくらでもいるという感覚で、運転手は人間じゃなくナットやタイヤと同じバスの部品のように扱われている」・・・ 
 ■規制緩和の陰で
 国土交通省によると、貸し切りバス事業者は99年度は2336業者だったのが、翌年の規制緩和で免許制から許可制になり、04年度は3743業者に増えた。その約7割がバス10台以下の小規模事業者。事業者増加で競争が激化し、運賃はピーク時の半額に下落。業者は「働いてももうからない」状態にある。
 長野県のバス会社に勤務する50代の運転手は「運賃は95年ごろがピーク。今はバス1台につき、長野と大阪の往復で20万円以下。運転手の年収は400万円を切っている人が多い」と話す。事故を起こした「・・・観光バス」から今月、仕事を下請けした同県内のバス会社は「白馬と大阪往復を16万円で請け負った。燃料費と人件費を引いたら、2万円も残らなかった。今のバス料金はおかしい。夜間に雪道を走る悪条件の運行なのに、安すぎて割に合わない」と明かした。
 ■便利で楽だが
 JR新大阪駅前のスキーバスツアーの集合場所。金曜の夜は大勢のスキー客でにぎわう。これから乗務する運転手らは「眠くなると中央分離帯が人間に見えたりする」「眠気覚ましのタバコも吸えず、コーヒーでも客から『飲みながら運転している』とクレームがつく」と窮状を訴えた。
 ・・・ 
 ある捜査員は「悪質な経営というより、家族経営の零細企業が追い詰められ、むちゃをしたという印象だ」とつぶやいた。
 ■国の監査追いつかず
 規制緩和には「事後チェック」の強化が不可欠だが、増える一方の貸し切りバス事業者への国の監査は追いついていないのが現状だ。「・・・観光バス」についても、00年の設立以来、長野労働局の通報に基づいて今月5日に監査に入るまで一度も監査は行われなかった。
 国土交通省の担当者は「特に零細業者への監査をどうすれば良いのかという問題意識は持っている」と話す。昨年2月には、新規事業者の参入ラッシュに対応するため、設立許可後、半年をめどに監査に入ることや5年程度監査を受けていない事業者には優先的に入るよう方針を転換。02年7月に108人だった全国の監査人員は、今年1月の増員で166人に増えた。それでも、貸し切りバス事業者に監査に入る平均頻度は、5・3年に1回だけだ。
 冬柴鉄三国交相は、「規制緩和の中で今回の事故が起きたのは大きなマイナスがあった。規制緩和は安全・安心という点で行き過ぎがあるのではという声があるのは事実」と認めたうえで、「監査を強化するとともに業界団体を通じて(安全に不備がないか)指導していきたい」と強調している。    (以下略)』


<引用終わり。なお、今回の運転手とバス会社は一種の被害者と考え、公人(=プライバシーは存在しない)を除く個人名・会社名は削除しました。>


下の本を読んでいただければ、もはや自分が言う事はない。が、とりあえず言っておく。

米国の航空業界での規制緩和、貨物運輸業界での規制緩和の事例を見れば、規制緩和がどのような結果をもたらすのか、予想できたはずだ。

安全面についての疑問に対する規制緩和を進める側の言い分は、「安全面で問題のある業者は淘汰されるから問題ない」というものだ。コスト削減だけに集中して、安全面を疎かにした会社は、事故を起こして利用者の減少を招き、倒産するか他社に合併されるから、という論理だ。その過程で起こる事故の犠牲者のことは何とも思っていないのだ。

今回の大阪府での事故の犠牲者は一人だが、米国の航空業界では二百人規模の事故が起こっている。

そして、規制緩和を推進する市場原理主義者のお得意のもう一つの論理、それが有名な「自己責任」である。危険な航空会社、あるいはバス会社(の元請けの旅行会社)を選んだのも消費者の責任、というわけである。ここでは、情報の非対称性という問題は完全に無視されている。

免許制から許可制にすれば、事業者が増加するのは分かりきっていた。監査などの対策は後手後手に回る。競争が激化すれば運賃は下げざるを得ない。得するのは格安ツアーを組める旅行業者と消費者、のように見える。しかし、運転手の低賃金と過重労働に支えられているバスの運行が安全である保証はない。そして、今回の事故が起こった。

一部に、運転手の安全に対する自覚の欠如を指摘する向きがあるが、連日長時間、途中の仮眠もできずに運転を続けさせられていればどのような結果になるかは、自家用車であっても長距離を運転したことのある人なら容易に想像できるだろう。安易な精神論では解決しない。いくら安全運転を心に誓っても、過労には勝てないのだ。

バス会社の実態は、捜査員の一人が言うように「家族経営の零細企業が追い詰められ、むちゃをした」ということなのだろう。結果的に、無理に観光バス事業に参入したことを責められるかもしれないが、あくまで結果論である。「規制緩和はチャンスだ」と煽った側の責任はどうなる。また、観光バス事業にでも参入しなければ、「食っていけない」という事情があったのかもしれない(その社長がベンツに乗っていたりしたら怒るが、そんなことはあるまい)。

規制緩和は消費者の利益になるというのは、単に安い物が買える、安く旅行できる、ということであって、安全性に関しては「自己責任」だった。結局、安く下請けを酷使できるようになった大企業と、それに寄生する連中だけの利益にしかならない。既存の業者の利益を「既得権」として収奪し、代わって自らが都合の良い新たな「既得権」を獲得するためのもの、それが市場原理主義における「規制緩和」の正体である。

なお、こうした「改革」は小泉内閣の「成果」でも何でもない。「病める大国」アメリカ合衆国 の外圧とそれに乗っかる日本のハイエナとの間で決められていたことである。

この本は、小泉内閣成立の前に書かれたものだが、今でも充分に通用する。その先見の明には感服する。

批判に一切耳を傾けることなく推進されている新自由主義「改革」のその後は。。。


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不安倍増に対する「身びいき」批判が今さらのように出ているらしいが、インナーサークルのぼろ儲けのためだけの「憎いし苦痛美しい国」内閣なのだから、全く何を今さら、である。