想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論 -6ページ目

想いつくまま雑論  (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性)第三の文化論

何でも書こう
 (日本の歴史が培う文化思想原理の特殊性、)(哲学思想)(政治経済)などなど、

第一、数千年このかた、上下本末を自覚する社会を維持して来た我々日本人が、衰滅もせずに、現に祖先の血と汗の染み入るこの山河大地におるのは、一体どうゆう事なのでしょうか。

それは、我が国民が、目下の者が目上の者に仕えるだけの全体主義ではなく、目上の者を含めて、各々が上下本末を自覚し、時処位即応に振る舞うことを是として来たからに外ならないのであります。

あるいはまた、『上下本末の自覚は封建的な身分・階級の固定に繋がる』と言う者もおります。しかし考えて見てください。家族に於いて、子や孫はいつか成人し、その家で家族を設ける事もあれば独立した家を設けることもあるのであり、子が成長することを親が止められましょうか。

また会社に於いて新入社員が、『別に出世する気はないが、定年までがんばるぞ』とおもうこともあれば、『よし、俺もいつか会社を興してやる。それまではこの会社にいて経営のノウハウを学んでやるぞ』と野心に燃えることもあるのであり、上司がこの新入社員の人生計画を止められるのでしょうか。

このように、我が国の『和』の哲理に於ける上下本末の自覚とは、誰が上で誰が下か、誰が本で誰が末かということの自覚であって、『我無くして彼無し、彼無くして我無し』の真実相に最もよく即応した様相なのであります。

さて、そう致しますと、上下本末が力に於ける上下本末ではないなら、一体何を以て上下と云うのでしょうか。

また特に、最も上の者は何が故に『最も上』なのでしょうか。それは、第一に目標の明確化、第二に人心の掌握、第三に責任の所在に関わるのであります。


共通の目標     続く
例えば、江戸時代に於いては敵討ちが認められておりました。 武士なれば親や主君の敵を討ち、見事本懐を遂げねば子や家臣としての面目が立ちません。
ところが現代に於いては、国内では敵討ちはおろか一切の暴力は許されません。
このように、人を殺めた者と殺められた者の遺族という、同じ事実関係の下にあっても、そのによって前者は善で、後者は悪なのです。

また、人間の身体はそれ自体善でも悪でもありませんが、もし人前で裸になりますと、これは軽犯罪法に触れます。しかし、だからと言って風呂場で裸にならないと、今度は皆が大変迷惑を致します。

このように、同じ行動がそのによって前者は悪で後者は善となるのあります。

さらに、会社に於いて末端社員が、『あの社長の言うことはどうしても当てにならん』等と言うたとしても、その立場上単なる愚痴で済まされもしましょうが、当の部長が同僚や他の部下に、『あの社長の言うことはどうしても当てにならん』と言えば、その影響は図りしれません。部課長、社長であるが故に言ってはいけない事があるのです。

同じ発言であっても、そのによって、前者は悪とまで言われないが、後者は悪と言うことになりかねません。

こうしたごく日常的な例でも明らかなように、東洋に於いては、時処位即応の行為が善であり、時処位不即応の行為が悪であって、時処位を超越した善悪など存在しないのであります。

そして東洋では、この時処位に即応すること、いつ如何なる場に於いても己を失わないことを、個人個人に於いては自由(自律)と云い、社会的には秩序と云うのであります。

しかし、こう申しますと、『それじゃあ、結果として全体主義社会と同じではないか』とおうような反論が出てまいります。確かに、個我に埋没したる者供の社会であれば、一部の個我が多数の個我を力で抑圧しか まとまる術がないのですから、それは明らかに力による序列、全体主義であります。

また一方、個我を個我のままに放置しておるのが自由主義、民主主義であります。
これらは共に、生命発展衰減の法則から言えば、典型的な衰滅への途なのであります。

第一、数千年このかた、上下本末を自覚する社会を維持して来た我々日本人が、、、、続く
しかしながら、家族に於いても、父と母と子といった立場の違いがあります。また会社に於いても、社長、部課長、末端社員といった立場の違いがあります。このような、互いの子となる者が、集まるなれば、当然それぞれの立場からの意見や考えというものがあるのであります。

従って『異なりを認めながら一つを自覚する』という事は、まず第一に『上下本末を自覚する』ことであります。父は父らしく、母は母らしく、子は子らしく振る舞うことであります。

そして第二は、各々が自分の立場を自覚し、『時処位に即して全力をつくす』ことであります。

もちろん、この時処位に即するということが、実際にはなかなか難しいのでありますが、ここでは誰にでも分かりやすい例をいくつか挙げるにとどめておきます。

例えば、、、、  続く
例えば、男と女は異なっているから、夫婦という事が成るのであります。もし、男と女が同じであったら、夫婦は成立しないのであります。従ってこの原理からは、男が女に対して優越しているという考えは全く出てまいりません。

また女は、男が寂しかったので、肋骨を一本取って出来たものだという発想も出て来ないのであります。

これは『異に於ける同、同に於ける異』の様相であって、それは丁度、紙の表と裏のように、表があってこそ裏があり、裏があってこそ、表がある。そして表と裏で紙があるというごく当たり前の事なのであります。

このような、異なるが故に 事成る、男と女が異なるが故に夫婦は成り、夫は夫として、妻は妻として家庭のために無我愛の献身をするのが真の和合、家族たる無条件的結合なのであります。

両者は完全相違を持ちながら、自分がどうあれば、相手のためになるかと腐心するのであります。

では、この家族は果たして個人主義でしょうか。全体主義でしょうか。それは、個人主義でもあり、全体主義でもあり、また個人主義でもなく、全体主義でもありません。これは人為的にあらず、東洋的なる自然態、八不中道の実現態なのであります。

東洋的自然態としての家族に於いては、血縁による無償の情愛がありますから、『異なるが故に異成る』を道理に於いて理解する必要はあまりないと言えましょう。則ち、家族とは人間が最も自然に、人為的な戒律を必要とせずに、情理に於いて生命結合大系化を実現し得る最小単位なのであります。

そして我が国に於いては、この家族を基盤として、教育の場である学校は言うに及ばず、利潤追求を旨とする会社においてさえも、社員同士が、異なるが故に補い合う関係にあることを認め合って家族的協力関係を築き上げて来たのであります。

さらにまた、他国なら分裂の機会を阻止すべく『力による統一』を行ってきた国家社会に於いても、我が国は、民族的、社会的結合の契機として、この家族的協力関係を今日まで拡大・発展せしめて来たのであります。

従って、唯一神教の文化圏に見られるような、家族や社会に於ける人間関係を規定した事細かな戒律を、我が国は歴史伝統的に必要としなかったのであります。

次回 上下本末の自覚と時所位即応  について、
て、唯一神教の文化圏に見られるような、家族や社会に於ける人間関係を規定した事細かな戒律を、我が国は歴史伝統的に必要としなかったのであります。

次回 上下本末の自覚と時所位即応  について、
『和』の哲理は、『異なりを認めながら一つを自覚すること』であります。

東洋の哲理は『和』の一字に尽きておるのであります。

これは、小は一握り葦の中にも凝縮すると同時に、大は宇宙にまで拡大する、大変深みのある原理であります。また、同時にそれは、良識のある者なら誰でも納得のいく単純明快な原理なのです。

これをいいかえますと、それは、『一つではないが離れてはあり得ない、二つにはなり得ない、共同運命の下にある』と言うことであります。

ところが、西欧では層は言わんのであります。デカルトを初めとする西欧近代の哲学は、人間が独り世界の中に存在すると言う仮説の上に始まりました。それはまさに、エデンの園のアダム宜しく、人間は始めから他者の手を借りずに人として生きていたと言うのと同じであります。

そこでは、自分以外の存在は全て自分にとっての手段として対峙し、時には対立する存在だということになってまいります。

こうした自己中心的、人間中心的な仮定に基づいて論を展開するなれば、異なる存在を矛盾と捉えることになってまいります。そこでこの矛盾を解決せんがためには、どこまでも相手に対して同質化を要求することになるのであります。では、この同質化の要求に従わぬとどうなるのでしょうか。

詰まるところ、自然に対しては征服・加工、他民族・他国民に対しては戦争による征服・掠奪しかないのであります。しかし、一体、世の中に於いて、人間が生まれながら独りで人間となった例があるのでしょうか。現実には、始めから親がいて子がおり、世の中には他の人間もいるのであります。

即ち、人は自らを人間として意識し始めた段階から、現に他の人間と共にあり、自分がいるから他人が成り立ち、他人がいるから自分が成り立つという関係の中におったのであります。

従って、たとえ『俺は俺独りで生きてきた』と豪語してみても、所詮は個体小我に於ける幻想に過ぎまいのであります。 

そこで東洋の哲学は、この厳粛なる事実に即してこう言うのであります。即ち、『世の中は異なっているから事が成る』のであると。

例えば、男と女は異なっているから、     続く
俺独りで生きてきた』と豪語してみても、所詮は個体小我に於ける幻想に過ぎまいのであります。 

そこで東洋の哲学は、この厳粛なる事実に即してこう言うのであります。即ち、『世の中は異なっているから事が成る』のであると。

例えば、男と女は異なっているから、     続く
このように、『和』 の哲理は、これは宇宙自然の法則にして、小は一個の小さな生命体にも凝縮し、大は宇宙にも展開・拡大する法則であります。

従ってこの原理は、当然、人間社会のあらゆる局面、たとえば、夫婦、家庭、学校、会社、そして国家の全領域にわたって通有する原理なのであります。

考えてみますと、『和』の原理は、決して理解しがたいことを述べているのではなく、己にとらわれず客観的に世の中を見ることができる者なら、誰にでもすぐに納得のいく原理に過ぎないのです。

西欧近代の哲学は、その一部を除き、一個の人間を独立した存在としてとらえようとするあまり、ついにこの 『和』の原理を見いだすことが出来ず、当然、全一に到達することも出来ませんでした。

ところが、逆に、神道、仏教、そして広く東洋の哲学は、既に数千年もこの大宇宙の原理を看破しておったのであります。

もちろん、人間社会に理想の実現態などあり得ません。我が国とて、歴史上つねに『和』を実現していた訳ではないのです。

にも拘わらず、いや、だからこそ、我が国がこの原理を社会正義、即ち『建国の理想』として保持して来れたことに、私は我が国の文化の特異性を見いだすのであります。

則ち、いつも申しますように、『日本民族の歩み来たりし大道は、古きがゆえに尊きにあらず、伝統なるがゆえに守るにあらず、理想的なる人間結合の原理に当てはまっているが故に尊い』のであります。

ところが、このように申しますと、欧米文化を信奉する者達は、そのような考えは西欧が世界に先駆けて克服した封建的、全体主義的な考え方である。我が国も早くこのような旧態然たる我が国も早くこのような旧態然たる考えを捨てねば精神的近代化が果たせないともうします。しかし、このような反論は欧米が我が国や東洋の文化を見たときに陥ってきた歴史的偏見や誤解と、全く乹を一にする間違いであります。

このような偏見を持つ者に限って、実は東洋の哲学を体系的に学んだことがないのが現実であります。
いや困ったことに、わが国民に於いてすら、いまだに『和』を全体主義だと誤解している者がおるのであります。そこで、一体『和』に於いては如何なる人間関係、社会関係が形成されるのか、さらに詳しく述べておくことにいたします。


東洋的自然態  家族的協力関係      続く
第一の『和』について説明します。

宗教が元来、あらゆる文化の指導原理であると私はいつも申します。

自由主義と社会主義はキリスト教によって其の宇宙観、自然観、人間観を規定される民族・国家の下で生まれ、今日世界に普及しておることは紛れもない事実であります。

しかしながら、そもそも欧米文化を推し進めてきたものは、経済的物質的幸福の飽くなき追求であり、生活体系優先、生命体系軽視の態度なのです。従ってそれは、豊かな文化を築くための手段としての利便性や合理性に於いて優れている点があるに過ぎないのです。

翻って、我が国の文化の指導原理は『和』の哲理であります。
では『和』を一言でもうしてみよと問われるなれば、それは、「異なりを認めながら一つを自覚すること」であります。

言い換えれば、前に申しましたとおり、「我なくして、彼なし、彼無くして、我無し」の真実相に即して生きることであります。神道ではこれを、『全一』と申します。

たとえば、人間の身体は四百兆もの細胞によって出来ております。それらの細胞が自由に、存分に己を生き、他の何ものも代わることのできない各々の役割を果たしながらも、同時に一個の人間を生きておるのであります。

然からば、人間もまた、この『一即多、多即一』の大義大道、宇宙自然の大義大道を生きようではないか。自由に己を生き、自分に役割を果たし、なおかつ他の支えの下にそれが可能となることを自覚して、一つを生きようではないかということであります。

このように『和』の哲理は、、、  続く
日本国民は 30歳以上なら、誰でも、立候補出来る。

それで 良いけども

議員になって 何をどのようにしたいのか はっきり説明して欲しいですね。


1,日本国を どのような国にしたいのか。

2,天皇制についての見解 日本の歴史文化の認識

3.靖国神社に対する見解。

4、外交、国防体制

5.経済 福祉政策

6、教育政策


最低これらの質問受けたら、即答出来るように 私の理念として、メモにまとめて、持ち歩く程度は
必要ですよね。

今の国会議員に 質問したら、 みんな それなりに 答えてくれそうですよね。

では、一体天皇とは 何なのでしょうか。

天皇は何故、権力を持たずして民族、国家の求心力たり得たのでしょうか。

また何故、我が国民は権力を持たぬ者を天皇と仰ぎ、その血統の絶えぬことを願って来たのでしょうか。

これには 三つの理由があるのです。

それはまず第一に、我が国には、生命結合体系化たる 『和』の基が 「共通の基盤」として古来よりそこにあったと言うことであります。

またこれを、少なくとも戦前までは、国民的、国家的な人倫秩序の師表として、また社会正義として保持して来たと言うことであります。

我々は、これを「道統」又は 「道統生」と読んでいます。一言で言えば、「人らしく生きる」 国造りの一貫した歴史であります。

第二に、此の一貫した道統を保持するには、必然的に結合中心としての天皇が一体不可分のものとしてそこにあったと言うことであります。

言い換えれば、天皇は 『和』の具現化に不可欠の『中心人格』だったのです。

そして、第三に、天皇が『和』の中心人格の使命として、古来より、勅語、憲法、誓文等により、その時々に於いて、『建国の理念』を具体化すると同時に、自らの率先的言動によって国民をこの建国の理想へと帰一せしめて来たと言うことであります。


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