第12回期日での、代理人陳述を公開いたします。
裁判では「陳述」と言って、法廷で口頭で、原告や代理人がその時の主張を整理したり自身の気持ちを訴えたりすることがあります。2025年10月2日に行われた、現役自衛官セクハラ国賠訴訟 第12回期日で、弁護士武井由起子が、その時、原告が提出した準備書面11について述べたことを以下紹介します(皆様にわかりやすいように若干修正しています)。
1 前々回、原告は、ハラスメントによる心身不調の状態についての蟻塚医師の意見書を提出し、前回、被告である国がそれに対して航空幕僚幹部主席衛生官の医官丸田眞由子の意見書に基いて否定していて、今回の書面は、その主張に対する反論です。
その前提となる原告の心身の状態ですが、平成25年1月28日の加害隊員からのハラスメント行為(以下、「電話事件」)により、強い不眠やフラッシュバック、その後、防犯ビデオで撮られたような映像が繰り返し頭に浮かぶようになる、加害隊員とすれ違うたびに動悸や吐き気、過度にビクビクしたり集中力が低下したりし、その後、周囲や組織の二次加害により、将来の不安を強く感じたり、2024年頃から施設にいた不幸な男の子を保護する夢を繰り返し見る、自分の命を終わらせたいと感じる、その他、動脈硬化などの身体症状が発生しています。これに対し、蟻塚医師は、急性ストレス障害とPTSD、解離性障害、交感神経興奮状態による過覚醒、複雑性PTSD、そしてこれら精神症状による慢性的な心身不調と診断しました。そして、蟻塚医師は、平成25年の加害隊員から電話によるハラスメントの直後から解離性障害や過覚醒の症状が出ている、その後、この間の周囲や組織の不作為や二次加害のような作為を通じ更に重くなっている、現在も様々な症状に苦しみPTSDや解離性障害についても重症のレベルにあるとしています。
電話事件の概要は、「平成25年1月28日午後 2時頃、被告は、美保基地に届けるはずの物品が届いておらず、需品班の対応に遅れがあると考え、需品班の原告の内線番号に電話をかけ、原告が電話に出るや、「美保行きの荷物はどうなっているんだ、馬鹿野郎。」などと強い口調で叱責し、その電話とその後の2回目の電話の中で、「◯◯(当時の交際相手・隊員)とばっかりやってんじゃねえよ。」「やりまくってるからって業務おろそかにするんじゃねえよ。」などと、直接業務に関係のない、性的内容とわかる発言をした。」というものです(原告がこの裁判の前に加害隊員を訴えた民事訴訟において認定された判決からの引用)。
まず、被告の反論は、(1)電話事件に起因してPTSDを発症したとは認定できない(発症の否定)、(2)原告が現在もPTSD等が重症の状況にあるとは思われない(症状の否定)、(3)仮にそうであったとしても被告の対応との間に因果関係がない(因果関係の否定)ということです。3つの否定です。
その理論的な柱となる丸田医師の意見書は、電話事件がPTSD診断基準にあるストレス性の出来事と言うのは困難であり、このようなことで解離性症状となっているなら個別的要因の関与が大きい、つまり原告の生育歴などで特に容易に精神疾患になりやすい要素があると考えられるというものでした。
2 原告は、まず、次の理由から丸田医師の意見書の信用性がないと考えます。
丸田医師は、今回提出した証拠(乙80)によれば、これは日本セラプレイ協会(子どもの心理教育療法)のニュースレターですが、専門が児童精神科と周産期メンタルヘルスだと挨拶しています。このことからは丸田医師は外傷性精神疾患を専門としているわけではありません。また、丸田医師は、意見書で現在までに数例のPTSDの症例を治療していると言っていますが、蟻塚医師は、何十年も青森、沖縄、福島などでPTSDをはじめとした豊富な臨床経験を持っており、その経験値は比べものになりません。
そして、そもそも、丸田医師は、航空幕僚幹部主席衛生官ですから、本来、原告を含めた航空自衛隊員の精神保健に関して責任を負っている立場のはずです。しかし、丸田医師は、原告とは何ら接点がなく、診察もしたこともなく、この裁判になって急にこのような意見書を出してきたのです。
3 次に、3つの否定に反論します。
被告は、そもそも、電話事件は加害隊員に対する懲戒の調査において認定されておらず、そもそも客観的に明らかでないとしていますが、先ほどの判決の引用で述べたように、事後に、第三者である裁判所が認定できるようなことが、また、裁判所が認定してもなお、そして今だに、組織において、その事実がなかったものとして扱っていることは恐るべきことです。
そして、丸田医師は、電話事件のようなことはPTSD診断基準のストレス性の出来事とするのは困難だと言い、被告もそう主張しています。のみならず、被告は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達にしたがって考えても、電話事件は「業務による強い心理的負荷が認められる」という基準に該当しないとしています。この通達での強い負荷の例は「人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃」などがあり、電話事件は明らかにそれに該当すると思われるのですが、自衛隊では電話事件程度のことでは、PTSDや心理的負荷が強いとは扱われないということになります。
加えて、丸田医師は、原告がそのような発症をしたのであれば原告の個別的要因が大きいと言っていますが、そもそも自衛隊は、実力組織であって、殺傷能力のある武器を取り扱うこともあれば、隊員同士で極めて危険な訓練を行うこともあります。そのような自衛隊の採用に当たっては、容易に精神疾患になるような個別的要因がある応募者は排除されているはずであり、原告について、そのような個別的要因がなかったことは、原告を採用した航空自衛隊が一番よくわかっているはずです。そして、丸田医師は、主席衛生官として、航空自衛隊において心身健康な隊員を採用するという方針に関与していると思われますが、原告について何の躊躇もなく個別的要因の関与が大きいとするのは、自身の職責の否定でもあります。
4 次に否定の2つ目の症状の否定について述べます。
被告は、PTSDなどの症状は、適切な治療を続けていれば徐々に回復していくと主張しますが、電話事件のような明らかなハラスメントであっても、組織は、懲戒の調査で認定できず、仮にそう認定されたとしても、PTSDの基準や心理的負荷が強いとは扱わないということなのですから、それならどうやって治療につながるのでしょうか。更に、被告、自衛隊には、精神疾患を患うと昇進できないといったような文化があり、さらに治療自体を遠ざけてしまっています。実際に、原告もそう思って長らく病院に行けなかったわけです。
被告は、蟻塚医師の意見書について、電話事件から初診まで10年間、原告の状況を直接把握していない等と言いますが、職場においてハラスメントに遭って心身の不調に至ってしまった原告を適切に医療につなげるといった被害者対応をするのは本来被告の役割のはずで、その役割を放棄し、被告に代わって原告をケアしている蟻塚医師に対して、どうしてそのようなことが言えるのでしょうか。
また、被告は、原告がそのような心身の状態にない根拠として、今年2等空曹に昇任しており、勤務に支障をきたすような健康状態にないとしていますが、原告には不調を悟られないよう必死で働かなければならない理由があります。
5 否定の3つ目の因果関係の否定について述べます。
被告は、原告と加害隊員とを分離したり加害隊員を懲戒処分にするなど都度適切な対応を取っており、原告が主張するような「構造的暴力」による慢性的で反復的にトラウマとなるようなストレスを長時間かけられるといったようなことはなかったと言っています。
しかし、分離措置と言っても、主たる担い手のはずの加害隊員の上司であった○○班長、原告に代わって加害隊員の部署に行く業務を担った○○隊員と○○隊員、この3人が、3人とも、原告が加害隊員を訴えた前の訴訟において加害隊員からのセクハラはなかったとする内容の陳述書を作成して提出しています。セクハラを認めないような人たちが担った分離措置に何か意味はあったのでしょうか。分離措置と言えるようなものだったのでしょうか。
そして、加害隊員の懲戒処分も、電話事件の平成25年1月から丸6年が経過した平成31年1月のことで、処分の中で一番軽い戒告処分でした。被告は、今なお電話事件を否定していることからも明らかですが、その懲戒処分の対象となる事実には電話事件は含まれていません。
このように、ハラスメント被害の際に最も大事な迅速対応が全く取られず、かくも長期間、加害者が処分されず、被害者ケアがなされなかったことにより、原告は様々な嫌がらせを受け、そして、原告は現在に至っても被害者としてケアの対象とはなっていないわけですが、このことも含め、慢性的かつ反復的にトラウマとなるような出来事に暴露され続けてきたというのが、本件事案の実情です。
6 被告国の、そして自衛隊の本件の訴訟における主張には驚かされることが多々ありましたが、昨今、自衛隊のハラスメント問題が社会を揺るがす事態に発展し、特別防衛監察が実施され有識者提言もなされてなお、裁判所で認定された電話事件をなかったこととして認めないとか、仮に電話事件があったとしても、これはPTSDに値しないとか強い心理的負荷に当たらないとか、それも一構成員が言うならともかく、主席衛生官の医師の意見書や、このように国からの主張として出てくるというのは驚愕すべき事態だと思います。
自衛隊がそんな組織である以上、今、この瞬間も、酷いハラスメントに遭って、真っ暗なトンネルを歩いているような隊員がたくさんいるのであろう、その苦しみを思います。
原告のように、最近、そのような方々がこのように国を相手どって裁判をすることが増えていますが、司法は、そういう方々を照らす光であるべきです。裁判所におかれては、その期待を裏切ることのないような審理、判断をお願いいたします。
以 上